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作品名:銀色に燃える月 作者:光石七

第10回   (四)白の偽りA

 一週間後、ヤンはパーシー警部に呼び出された。
「イザベル・シャドーの死体がみつかった。北のはずれのシアンの山の中だ。崖から落ちたようだが……。少し気になることがあってな」
 イザベルが死んだということだけでもヤンにとっては衝撃だったが、パーシー警部はさらに一枚の写真を取り出してヤンに見せた。
「君がまじない師と勘違いしたというのは、このばあさんか?」
 モーヴで出会ったラウの写真だった。
「はい、そうです」
「イザベル・シャドーの捜索の手がかりを得るため、彼女にまじない師を紹介したという知人にも接触したんだ。そしてそのまじない師の所に連れて行ってもらった。それがこのばあさんの家だったんだ」
「……どういうことですか?」
 ヤンは理解できなかった。
「このラウというばあさんが、イザベル・シャドーからニナ・コーエンの殺害の依頼を受けたということだ」
「そんな……」
 親切だったラウがニナを殺したというのだろうか。
「もっとも、まじない師の真似事をしたことは認めたが、実際に手を下したことはないと主張している。若い頃、生活のためにインチキまじない師になって稼いだことがあるらしい。店の客や知人に相談を受けることが多く、少しでも安心させようと昔の経験を取り入れてアドバイスすることもあるそうだ。その評判がいつのまにかこっそり広まってしまったと言っていた。あくまで形式だけのまじないで人を呪う力は持っていないし、金を請求したことはないと本人は言っている。心付けを客のほうが押し付けてくるのだと。確かにそれなら法には触れない」
 ヤンの両親の店でも、裕福な客が代金以上の金を払うことがまれにあった。品物が良ければ十分にあり得ることだ。それがまじないで、自分に隠していたことが引っかかるが。
「……レイさんは?」
「赤ん坊の時に捨てられていたのをラウばあさんが拾って育てたのだそうだ。恩義が強いのか、ラウばあさんに盲目的に従っている感じだな」
 ヤンはいきなり彼女にみぞおちを蹴られた理由がわかった。育ての親に仇なす者は許せないのだろう。
「でも……。ラウさんはどうして僕に嘘を?」
「まじないは法律で禁じられていることを知っているからな。人形屋もそれなりに繁盛しているし、表立って噂が立ち、客足が離れるのが怖かったんだろう。だが……」
 パーシー警部は険しい顔つきになった。
「君はこのばあさんがいい人だと言ったが、俺はそう思わなかった。確かに人当たりはいいし、親切だ。こちらが事情を話すと、素直に応じていろいろ話してくれた。けれども心の底から信用してはいけない、そんな印象を受けた。刑事の勘だ」
 警部の言葉がヤンの心に鈍く突き刺さった。
「信用してはいけない……?」
「少なくとも、君は関わりにならないほうがいいと思う。ニナの呪いを承諾したと聞いて気になるとは思うが。一筋縄ではいかない相手だと俺は考えている」
 ヤンは釈然としなかった。
「イザベル・シャドーの死にも本当に関係ないのか疑わしい。君を混乱させてすまないが、忠告しておこうと思って呼んだんだ。何かわかれば伝えると約束したしな」
 パーシー警部はじっとヤンの目を見た。
「必ず俺たちが犯人を捕まえる。事件の真実を暴いてみせる。だから、信じて待っていてほしい。むやみに行動しないでくれ」
 ヤンは警部の目をみつめ返そうとした。
「……わかりました」
 口ではそう言ったが、ヤンはどうしてもパーシー警部の瞳をまっすぐ見ることができなかった。


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