(一)亜麻色の髪と空色の夢
十歳のヤンは妹のニナを連れて急いでいた。歩みに合わせて父親似の赤毛が揺れる。目指すは両親が夫婦で営むパン屋。あまり店には顔を出さないよう言われているが、今日は事情がある。友達のトムの母親が働くレストランで、ヤンの両親の店からパンを卸してもらおうという話が持ち上がっていると聞いたのだ。ヤンは両親が焼くパンが世界で一番おいしいと思っているが、金に困っている人には売り物のパンを与えるような夫婦だったので、経営は火の車だった。レストランと契約すれば、継続的な大きな利益になる。近くレストランの経営者が直接交渉に来るということだったが、喜びを早く伝えたくて、ヤンは店に急いでいた。 店から銀髪の子供が出ていくのが見えた。銀色の髪なんて珍しい。きっとお遣いを頼まれたのだろう。エメラルドのような瞳をキラキラさせながら、ヤンは店に足を踏み入れた。 「父さん、母さん! あのね……」 両親は死んでいた。父は胸から血を流し、壁にもたれて座っている。母はうつぶせに倒れており、背中に血が滲み、床にも血だまりができていた。客は誰もいなかった。 「お兄ちゃん、父さんも母さんもどうしたの?」 五歳のニナが不思議そうに聞いてくる。ヤンは呆然と立ち尽くしていた――。
ヤンは目が覚めた。 「またあの夢か……」 十年経っても、両親の遺体を目にした時の記憶は鮮明だ。悲しみが消えることもない。 次の客が店の中の光景に驚いて声を上げ、人が集まってきた。隣の仕立て屋の主人が警察への連絡や様々な手続きを行ってくれた。銃声を聞いた者はいなかったが、明らかに二人とも心臓を撃ち抜かれており、銃による殺人事件ということで捜査がなされた。しかし、貫通したはずの銃弾はみつからなかった。両親はお人よしそのもので、恨みを買うような心当たりもなかった。ヤンが見かけた子供が何か見ていないかとも考えられたが、隣町にも銀髪の子は住んでおらず、その子の素性も行方もわからなかった。結局犯人は未だにわからないままだ。 「お兄ちゃん、朝ご飯できたよ」 ニナが声をかけてくれた。
「母さんの味に似てきたな」 朝食を口にしたヤンの言葉に、ニナは顔をほころばせた。母親譲りの亜麻色の髪と青い瞳。我が妹ながらきれいになったとヤンは思う。 「お兄ちゃん、今日も昨日と同じ所?」 「ああ」 ヤンは庭師の見習いだ。先日ある富豪が自宅の庭の手入れを師匠に依頼してきた。広いので三日がかりで仕上げることになり、今日がその最終日だった。 「この仕事で結構金が入る。何か欲しい物あるか?」 「お兄ちゃんばかり苦労しなくても、私も働くのに」 「お前は頭がいいんだから、ちゃんと学校に行くんだ。先生になりたいんだろ?」 「うん、いつか私たちみたいに親がいない子供たちの学校を作るの」 両親を亡くしてから、お互いが唯一の肉親だった。ヤンが十五歳になると施設を出て、安いアパートで二人暮らしを始めた。ニナを学校に通わせるため、ヤンはいくつも仕事を掛け持ちした。二年前、仕事先の一つだった居酒屋で庭師の老人に気に入られ、仕事を手伝わないか持ちかけられた。将来のためにも手に職をつけることを勧められ、ヤンは弟子入りを決意した。仕事を覚えるのが楽しく、いつしか立派な庭師になることがヤンの目標になっていた。 「ニナならできる。その時は、庭のデザインは僕に任せてくれ」 「どうかなあ。お兄ちゃん、有名な庭師になってて忙しかったりして」 「もちろん世界一の庭師になってるさ。でも、ニナの頼みを優先させる」 「期待してる」 二人で夢を語り合う。両親がいなくても笑顔で前を向いて歩めるのは、一人ではないからだ。 「本当に欲しい物はないのか?」 「お兄ちゃんこそ、もうすぐ誕生日じゃない。自分の好きな物買ったら?」 優しい妹だ。だが、たまにはもっとわがままを言ってほしいと思う時もある。 「そろそろ行くよ」 食事を終え、ヤンは立ち上がった。 「お皿置いてていいよ。洗っとくから」 「お前も学校だろ。僕が帰ってから洗うよ。ニナも準備して」 「私はまだ大丈夫だもん」 ずっと兄妹で助け合って生きてきた。この絆だけは大切にしたい。 結局、ヤンが出かけた後にニナは食器を洗い、それから学校に行った。
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