(六)星たちの歌
「どうして私がそんな面倒臭いことに付き合わなきゃいけないの?」 予想はしてたけど、姉様は不機嫌にそう言った。 「僕も姉様の手を煩わせたくなかったんですけど……。ピアノの助っ人をお願いできるのは、姉様しかいないんです」 「そもそも決闘って男同士がするものでしょ? なんで女を巻き込むのよ」 「ごめんなさい。……でも、普通の決闘と違って音楽で勝負するし……」 「一対一の真剣勝負でしょ? アル、それでも男なの?」 姉様の言葉が胸に突き刺さる。 「……でも、僕……ピアノはちょっとだけしか……」 「練習すればいいでしょ」 「相手はプロの音楽家ですよ?」 「技術でかなわなければ、ハートで勝負しなさいよ」 姉様はつれなかった。仕方ない。負けを覚悟で演奏しよう。 姉様とは違い、僕はピアノが苦手だった。姉様より先にさっさとやめた。簡単な曲を姉様に教わって遊び半分に弾いたくらいで、専ら聴く側だ。まだ剣の勝負のほうが勝てる希望がある。嫌々受けた決闘とはいえ、できればやはり勝ちたい。グレイヴィル家の名誉もある。だから姉様に助っ人を頼んだのだが……。 優劣の判定は、レッドフォードのお祖父様とお祖母様、ミランダ伯母様、お祖父様、母様にお願いすることにした。当日はミシェルがレジーをうちに連れてくる。レオニードも参席したがったが、近衛隊の訓練があるということだった。 僕は久しぶりにピアノに向かい、練習を始めた。
決闘前日。お祖父様も両親もにこにこして夕食の席に着いた。 「明日は楽しみですね」 「ああ。決闘といっても誰も傷つかないし、風情があっていいね」 「俺も休んで見物したいくらいです」 みんな暢気なものだ。人の気も知らないで……。 「アルは何を弾くんですか?」 「『星たちの歌』です」 母様の質問に答えたが、姉様が厳しい目を向けた。 「小っちゃい子の練習曲じゃない。それで勝つつもりなの?」 「……でも……それしか弾けないし……」 「呆れた。初めから受けなきゃよかったのに」 そう言われても……。断ろうにも断れなかったのだ。 「そもそもレジーが姉様を侮辱しなかったら、こんなことにはならなかったんです」 「聞き流すくらいの度量を持ちなさいよ」 ……ごもっとも。でも、姉様を悪く言われるのは我慢できない。 「ユリア、アルを責めてはいけません。これも一つの経験です。アルが大きく成長するチャンスですよ」 母様が笑顔でとりなしてくれた。 「そうだね。留学帰りの若者がどんな演奏をするかも楽しみだし」 お祖父様も微笑んでいる。 「専門はバイオリンなんだろ? そっちも聴いてみたいな」 「トーマは仕事じゃないですか」 「明日をきっかけに友達になればいいじゃないか。最初にけんかした奴ほど、後の結びつきは強いからな。俺もそうだった」 「セイラなんか妻になってるしね」 大人三人で盛り上がっている。 「お祖父様もお父様も、よくこんな馬鹿馬鹿しい決闘を許したわね」 姉様が呆れ顔で言った。 「まあ、名前を笑われたくらいで、アルみたいな子供に本気で決闘を申し込む男も馬鹿だと思うけど」 「……ですよね」 「一応私も見届けてあげるわ。恥ずかしい演奏はしないでね」 姉様に釘を刺されてしまった。 「……全力で頑張ります」 こう答えるのが精一杯だった。
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