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作品名:アルフレッドの憂鬱 作者:光石七

第8回   (五)僕にもちゃんと友達がいますA

 翌朝三人で食堂に行くと、見慣れない男性が座っていた。
「レジー兄様!」
 ミシェルが飛びついた。
「朝から元気だな」
 男性がミシェルにハグを返す。
「いつ来たの?」
「さっきだ。叔母様に用があって」
 僕とレオニードが呆然としていると、ミシェルが紹介してくれた。
「従妹のレジー兄様。兄様、友達のレオニードとアルフレッドです」
「レジーだ。よろしく」
 レジーが手を差し出した。
「レオニード・グランツェです」
「アルフレッド・グレイヴィルです」
 僕たちは握手を交わした。僕はレジーの顔を見た。どこかで見たような……。
「ああっ! あの時の……」
「どこかで会ったっけ?」
 ミランダ伯母様の個展でユリア姉様にぶつかった男だ。
「会ったっけ、じゃないです! ユリア姉様は転ぶところだったんですよ!」
「誰だ、それ?」
「僕の大事な姉様です! ミランダ・レッドフォードの個展で会ったじゃないですか。ぶつかったのに謝りもしないで……」
「ぶつかったくらいでいちいち覚えてられるかよ」
 その面倒臭そうな顔、間違いない。
「ええっ、レジー兄様がユリアさんに無礼を働いたの?」
 ミシェルが驚く。
「俺らのブルーローズによくも……」
 レオニードは僕と同様、怒りに火が付いたようだ。
「ちょっと待て。俺、何かしたか?」
「自覚がないところが余計許せない! ユリアさんを覚えていないなんて男じゃない!」
「覚えてないんだからしょうがないだろ」
「あの美貌を!? レジー兄様、気は確かですか?」
「俺を変人扱いするな!」
「変人ですよ。姉様はこの国で一番の美女ですから。怪我でもさせたらどう責任を取るつもりだったんですか?」
 僕たちに責められて、レジーは渋い顔になった。
「……美人だから、謝らないといけないのか?」
「その前に、人として当然ですよ」
「それなら謝る。絵に夢中になってたから……。悪かった」
 意外にあっさり謝罪されて、拍子抜けした。


 朝食が用意され、僕らはレジーと一緒に食べた。レジーは二十一歳。バイオリンの勉強で長く外国にいたらしい。最近帰ってきたばかりのため、ブルーローズの噂も知らなかった。これから宮廷の楽団に入って活動するのだと話してくれた。大きな会場でリサイタルを開くのが夢だという。
「アルフレッドの姉さんって、そんなに美人なのか?」
 レジーが僕に尋ねた。
「覚えてないのが不思議ですよ。僕は姉様よりきれいな女性を見たことがありません」
「ふーん。お高く留まってるんじゃないか?」
「姉様に釣り合う男がいないから、そう見えるだけです」
「どうだか。美人だから何でも許されると思ったら、大間違いだぞ」
「姉様を侮辱するんですか? 決闘を申し込みますよ」
「俺もアルに加勢する」
 レオニードが僕に同調してくれた。
「……子供相手に決闘する気はない」
 僕はカチンときた。
「僕の両親は宮廷でも指折りの剣の使い手ですから。甘く見ないでください」
「親がすごいからって、子供もすごいとは限らない」
「――正式に決闘を申し込みます! レジー……えーっと……。名前は何ですか?」
 レジーとしか聞いてない。決闘を申し込むには、正確な名前が必要だ。レジーの顔色が変わった。
「……言いたくない」
「逃げるんですか?」
「違う。名前を言いたくないだけだ」
 ミシェルが笑いをかみ殺している。こいつ、何か隠してるな。
「ミシェル、レジーの名前を教えて」
「言うな!」
 レジーがミシェルを押さえようとしたが、ミシェルは口を開いた。
「レジーナ・エンドルフィ」
「……え?」
 僕はぽかんとした。
「……女みたいな名前だな」
 レオニードも怒りを忘れてしまったようだ。
「……だから言いたくなかったんだ」
 レジーは赤くなった。
「レジー兄様はエンドルフィ伯爵家の長男なんだ。昔の風習にあやかった名前を付けられて、いつも気にしてる」
 ミシェルの説明で合点がいった。昔は長子の健やかな成長を願って、男子に女性の名前を付け、女子として扱う風習があったのだ。
「ということは……。三歳までスカートはいてたんですか?」
「……そうだ」
 僕たちは笑い出してしまった。目の前のレジーのドレス姿を想像したのだ。
「お前ら……。別に俺が望んだわけじゃないぞ」
 ふてくされているが、レジーの顔は赤いままだ。
「でも……その顔で……レジーナって……」
 どうやっても女性に化けることは不可能な男らしい顔立ちだ。美丈夫ではあるけれど。
「だから『レジー』って呼んでもらってる」
「……確かに……レジーナは……合わない」
 笑いが止まらない。レジーはますます不機嫌になる。
「笑い過ぎだぞ、お前ら」
「……リサイタル……開いても……名前で……女性だって、みんな……勘違いしそう……」
「本当だよな」
「……ドレス着て……演奏とか……」
 ミシェルはレジーを見て、慌てて僕とレオニードに言った。
「もうやめてあげようよ。レジー兄様がかわいそうだ」
 そう言われても、簡単には収まらない。急にレジーがテーブルを叩いて立ち上がった。
「――アルフレッド・グレイヴィル! 決闘を申し込む!」
 叩いた音と剣幕に驚き、やっと笑うのを止めた。まずい、レジーの目が……。これは本気で怒っている。
「……子供相手に決闘はしないんじゃ……」
「剣や銃は使わない。音楽で勝負だ。何か楽器弾けるか?」
「昔ピアノを少し……」
「じゃあ、それでいい。五人に俺たちの演奏を聴いてもらって、どちらがよかったか決めてもらう」
「そんな! レジーは本格的に勉強して来たんでしょう?」
「お前にハンデをやる。五人はお前が選べ。一人でもお前に票を入れたらお前の勝ちだ」
「そうは言っても……。長いこと弾いてないし……」
「お前が慣れているピアノでいい。助っ人を頼んでも構わないぞ。俺が勝つけどな」
 すごい自信だ。
「俺が勝ったら、金輪際本名で呼ぶな。名前のことに触れるな。お前が勝ったら、土下座させるなり一生からかうなり、好きにしろ」
 気迫に押される。謝ろうとしたが、ミシェルが小声で僕にささやいた。
「こうなったら誰もレジー兄様を止められない。諦めて受けるしかないよ」
 ……とんでもないことになってしまった。


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