(五)僕にもちゃんと友達がいます
数日後、僕はレオニードと一緒にミシェルの屋敷に泊まった。ミシェルとは同い年で、レオニードは二つ上だ。二人の父君が父様の仕事仲間だったのが縁で、僕らは小さい頃から一緒に遊んでいる。しょっちゅう屋敷を行き来していたが、レオニードが近衛隊に仮入隊したのをきっかけに、三人で集まる機会が減った。それでも二か月に一度、誰かの屋敷に泊まる習わしは続いている。 夕食を頂き、カードゲームで遊んだ。ミシェルの部屋にベッドを用意してもらった。 「アルはいいよな。美人に囲まれて暮らしてさ」 レオニードが言った。レオニードは男兄弟ばかりだ。 「そうそう。母君もきれいでかわいいし、ユリアさんに至っては言葉がない。僕もあんな姉様がほしかった」 ミシェルも同意する。ミシェルは一人っ子で、少し甘えん坊なところがある。 「今度はアルの番だからな。楽しみにしてるぞ」 「あのブルーローズと同じ館で過ごせるなんて、アルと友達でよかった」 ブルーローズとは姉様のあだ名だ。姉様に相手にされない男たちが陰でそう呼んでいる。存在自体が奇跡、決して誰の手にも触れない青いバラ。その身をトゲで守っているのも姉様と重なるらしい。 「言っておくけど、姉様に変な真似をしたら絶交だからな」 僕は忠告した。 「わかってるって。でも、あの美しさに心を奪われない男はいないよ。ひと目見たら目を離せなくなるって」 「そうだよ。緊張のあまり固まるか、顔が緩みっぱなしになるか、どちらかだな」 「……そうじゃない奴がいたよ」 僕はふと思い出して苦々しい気持ちになった。 「誰?」 「そいつ、本当に男?」 二人が身を乗り出してくる。 「名前は知らないけど……。この間、ミランダ伯母様の個展で姉様にぶつかった奴。面倒臭そうに『どうも』って言っただけで立ち去りやがった」 「ユリアさんによくも……」 「無礼な奴だな」 ミシェルもレオニードも憤った。 「どこのどいつだ。みつけたらただじゃおかない」 「……君ら顔も知らないだろ」 友達の高揚が、逆に僕を冷静にしていく。 「でも、ユリアさんに何かあったら……」 「そうだ。いくら両親が腕が立つといっても、いつもユリアさんを守れるわけじゃない」 「だから僕が強くなって守るって」 僕はあの誓いを忘れていない。 僕が三歳の時、屋敷に二人組の強盗が入った。お祖父様も父様も領地に出かけて留守だった。強盗はそれを知って日にちを選んだのだ。夜中にナイフと銃で僕たちを脅して一か所に集め、金品を物色した。でも、強盗たちには一つ誤算があった。母様を普通のか弱い女性だと思い込んでいたことだ。母様はこっそり姉様と僕をハンナに託し、隠し持っていた短剣と拳銃を手に強盗に立ち向かった。優秀な護衛だった母様だ。あっという間に見張りの強盗に手錠をかけ、もう一人も拳銃で威嚇して捕まえてしまった。 ……あれ? どうして母様は手錠なんか持っていたのだろう? 短剣と拳銃はわかる。護衛時代の名残でいつも持ち歩いてるし、休む時も手の届くところに置いている。でも手錠は? 昔は使っていたかもしれないけれど……。父様の物だとしても、寝室に置いておくものじゃない。夜に使う? ……まさか……愛を確かめ合う時の……? ――話を元に戻そう。母様の活躍でみんな無事だったけれど、僕は怖くてずっと震えていた。そんな僕を姉様はぎゅっと抱きしめてくれていた。強盗たちが警察に引き渡された時、姉様は母様にしがみついて泣きじゃくった。姉様も本当は怖かったのだ。それなのに僕を……。その時僕は誓った。大きくなったら絶対姉様を守ろうと。 「決意は立派だけど、実力が伴ってないじゃん」 レオニードは遠慮がない。それがいいところでもあるけれど。 「レオニードよりは強いつもりだけど?」 「言ったな、チビのくせに」 「僕らはこれから伸びるんだもんな、ミシェル」 「そうそう。レオはもう成長期は終わりだろ?」 「まだ終わってない!」 他愛無い会話が楽しい。眠るまで僕たちは話し続けた。
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