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作品名:アルフレッドの憂鬱 作者:光石七

第6回   (四)伯母様の個展にて
(四)伯母様の個展にて


 翌週、母様と姉様と一緒にミランダ伯母様の個展に出かけた。思ったより人が多い。会場で父方の祖父、レッドフォード侯爵に出会った。この人も絵が好きなのだ。嫁の初めての個展ということもあり、初日に来たらしい。
「久しぶりだな。アル、少しは背が伸びたか?」
 僕の頭を撫でてくれた。
「お義父様、ご無沙汰してすみません。お変わりありませんか?」
 母様の言葉にレッドフォードのお祖父様は笑みを浮かべて答えた。
「この通り元気だ。家内がまた一緒に買い物に行きたいと言っていたぞ」
「近いうちに伺いますので」
 ユリア姉様も優雅に挨拶した。
「お祖父様、お久しぶりです」
「ユリア、ますますきれいになっていくな。お前の花嫁姿を早く見たいものだ」
 姉様の顔が少しこわばった気がした。
「姉様、一緒に観て回りましょう。母様、いいですよね?」
 母様の許可をもらい、僕は姉様の手を引っ張って歩き出した。
 伯母様の絵は家族を題材にしたものが多い。どれもどこか優しさを感じさせる。観ているだけで心が癒されるような絵だ。姉様の表情も緩み、僕たちは絵の世界に引き込まれた。
 突然、背中に衝撃を受けた。振り返ると、同い年くらいの女の子がそこにいた。僕の顔をじっとみつめている。
「大丈夫?」
 人に押されてのことだろうし、女の子を責めることはできない。
「……大丈夫です」
 女の子はくるっと方向を変えて行ってしまった。
「アル、どうしたの?」
 姉様が聞いてきた。
「女の子がぶつかったんです。結構人が多いから……」
「絵に気を取られて転ばないようにしなきゃね」
 そう言ったそばから、今度は姉様に誰かがぶつかり、姉様が転びそうになった。
「姉様、大丈夫ですか?」
 僕は慌てた。特に怪我をした様子もなかったので、すぐに安心したが。ぶつかった男は何も言わずに歩いていく。
「待ってください。人にぶつかっておいて、謝りもしないのですか?」
 僕の言葉に男が振り返った。意外に若くそれなりの顔だが、少し面倒臭そうな表情だ。
「姉様に謝ってください」
 男は姉様を見たが、表情に変化はない。
「……どうも」
 たった一言呟いて、男は去ってしまった。僕は憤った。
「あれで謝ったつもりだなんて。姉様に無礼です!」
「別に何ともないからいいわよ。それより絵を楽しみましょ」
 姉様に言われて、再び絵の世界に入り込んだ。


 ひととおり観て出口のほうに行くと、母様がオズワルド公爵夫人ルチア様と話していた。姉様とともに挨拶をする。
「ルチア様、お久しぶりです」
「ユリア、アル。元気だったかしら?」
「はい」
 ルチア様は少しお腹が膨らんでいる。
「人が多いのに、大丈夫でしたか?」
 姉様が心配する。
「セイラにもさっき言われたわ。思ったよりも混雑してて驚いたけれど、大丈夫よ。ミランダは『夕暮れの恋人たち』の挿絵を描いてたから、どうしても来たかったの」
「まだ恋物語を読まれてるのですか?」
 母様が苦笑した。
「今でも好きよ。その割にはお見合いで結婚したけど」
 ルチア様も笑った。
「オズワルド公爵がいい方でよかったですね」
「ええ。私を王女としてではなく、ルチアとして見てくれるの。やっと彼の子供を授かれてうれしいわ」
 ルチア様は幸せそうにお腹を撫でた。僕は伯母様の絵を思い出した。
「元気に生まれてくるといいですね」
「ありがとう、アル」
「よかったらお送りしましょうか?」
 母様が申し出た。
「気持ちはうれしいけど、遠慮しておくわ。ちゃんと信頼できる供がいるし。またセイラに怪我でもさせたら、トーマに殺されそうだもの」
 ルチア様は丁重に断った。
 母様の肩と足には護衛時代の傷跡がある。賊からルチア様を逃がす際に撃たれたと聞いた。三日も生死の境を彷徨い、それを機に護衛を辞めている。
「そうですか。お気を付けて」
「またお話ししましょう」
 ルチア様は供の者と一緒に帰って行った。
 ミランダ伯母様は来客の対応に忙しそうだ。僕たちは盛況ぶりに満足して家路に着いた。


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