(四)伯母様の個展にて
翌週、母様と姉様と一緒にミランダ伯母様の個展に出かけた。思ったより人が多い。会場で父方の祖父、レッドフォード侯爵に出会った。この人も絵が好きなのだ。嫁の初めての個展ということもあり、初日に来たらしい。 「久しぶりだな。アル、少しは背が伸びたか?」 僕の頭を撫でてくれた。 「お義父様、ご無沙汰してすみません。お変わりありませんか?」 母様の言葉にレッドフォードのお祖父様は笑みを浮かべて答えた。 「この通り元気だ。家内がまた一緒に買い物に行きたいと言っていたぞ」 「近いうちに伺いますので」 ユリア姉様も優雅に挨拶した。 「お祖父様、お久しぶりです」 「ユリア、ますますきれいになっていくな。お前の花嫁姿を早く見たいものだ」 姉様の顔が少しこわばった気がした。 「姉様、一緒に観て回りましょう。母様、いいですよね?」 母様の許可をもらい、僕は姉様の手を引っ張って歩き出した。 伯母様の絵は家族を題材にしたものが多い。どれもどこか優しさを感じさせる。観ているだけで心が癒されるような絵だ。姉様の表情も緩み、僕たちは絵の世界に引き込まれた。 突然、背中に衝撃を受けた。振り返ると、同い年くらいの女の子がそこにいた。僕の顔をじっとみつめている。 「大丈夫?」 人に押されてのことだろうし、女の子を責めることはできない。 「……大丈夫です」 女の子はくるっと方向を変えて行ってしまった。 「アル、どうしたの?」 姉様が聞いてきた。 「女の子がぶつかったんです。結構人が多いから……」 「絵に気を取られて転ばないようにしなきゃね」 そう言ったそばから、今度は姉様に誰かがぶつかり、姉様が転びそうになった。 「姉様、大丈夫ですか?」 僕は慌てた。特に怪我をした様子もなかったので、すぐに安心したが。ぶつかった男は何も言わずに歩いていく。 「待ってください。人にぶつかっておいて、謝りもしないのですか?」 僕の言葉に男が振り返った。意外に若くそれなりの顔だが、少し面倒臭そうな表情だ。 「姉様に謝ってください」 男は姉様を見たが、表情に変化はない。 「……どうも」 たった一言呟いて、男は去ってしまった。僕は憤った。 「あれで謝ったつもりだなんて。姉様に無礼です!」 「別に何ともないからいいわよ。それより絵を楽しみましょ」 姉様に言われて、再び絵の世界に入り込んだ。
ひととおり観て出口のほうに行くと、母様がオズワルド公爵夫人ルチア様と話していた。姉様とともに挨拶をする。 「ルチア様、お久しぶりです」 「ユリア、アル。元気だったかしら?」 「はい」 ルチア様は少しお腹が膨らんでいる。 「人が多いのに、大丈夫でしたか?」 姉様が心配する。 「セイラにもさっき言われたわ。思ったよりも混雑してて驚いたけれど、大丈夫よ。ミランダは『夕暮れの恋人たち』の挿絵を描いてたから、どうしても来たかったの」 「まだ恋物語を読まれてるのですか?」 母様が苦笑した。 「今でも好きよ。その割にはお見合いで結婚したけど」 ルチア様も笑った。 「オズワルド公爵がいい方でよかったですね」 「ええ。私を王女としてではなく、ルチアとして見てくれるの。やっと彼の子供を授かれてうれしいわ」 ルチア様は幸せそうにお腹を撫でた。僕は伯母様の絵を思い出した。 「元気に生まれてくるといいですね」 「ありがとう、アル」 「よかったらお送りしましょうか?」 母様が申し出た。 「気持ちはうれしいけど、遠慮しておくわ。ちゃんと信頼できる供がいるし。またセイラに怪我でもさせたら、トーマに殺されそうだもの」 ルチア様は丁重に断った。 母様の肩と足には護衛時代の傷跡がある。賊からルチア様を逃がす際に撃たれたと聞いた。三日も生死の境を彷徨い、それを機に護衛を辞めている。 「そうですか。お気を付けて」 「またお話ししましょう」 ルチア様は供の者と一緒に帰って行った。 ミランダ伯母様は来客の対応に忙しそうだ。僕たちは盛況ぶりに満足して家路に着いた。
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