父様と母様は少し遅くに帰宅した。 「先に帰るなら、ちゃんと言ってくれ。年頃の娘が夜出歩くなんて危ない」 父様が小言を言った。 「アルが一緒なんですから、大丈夫ですよ」 母様がとりなしてくれる。 「私も夜一人で帰ってましたし」 「最初だけだろ? 俺が送ってやってた」 「え、私を守るためだったんですか?」 「当然だ」 「てっきり、一緒にいたかったんだと思ってました」 「それもあるけど、お前に何かあったら困るだろ」 「……やっぱりトーマはナイトですね」 「お前専属のな」 「……!」 ――またですか、この夫婦は。 「いちゃつくのは自分たちの部屋でやってよ」 姉様は自室にこもってしまった。僕は父様に話があると言った。それを聞いて、母様も寝室へ向かった。
僕は父様に今夜の姉様の様子を報告した。僕自身もそうだが、父様も姉様に変な虫がつかないか心配している。誰も相手にしていなかったと聞き、父様はほっとしたようだった。 「小さい頃からかわいかったからな。年頃になったら大変だと案じていたけど、案の定だ」 「母様ももてたんですか?」 「ああ。ユリアは自覚があるからまだいい。セイラは全く自覚なかったからな。どれだけ無防備で、俺をハラハラさせたか……」 「父様は本当に母様一筋ですね。浮気なんて考えられない」 「……」 あれ? 何故ここで父様が黙るんだ? あれだけ仲がいいのに。不思議に思ったが、今は姉様のことだ。 「ユリア姉様には、最高の幸せを用意して差し上げたいですね」 「その通りだ」 「そこいらの男じゃ駄目です」 「もちろん。俺が認めた男じゃないと任せられない」 「どこかで聞いた台詞だね」 いつのまにか、お祖父様がいた。 「私からセイラを奪っておいて、それはないんじゃないかい?」 「……義父上、いつからそこに?」 「ついさっきだよ。『最高の幸せを……』あたりからかな」 父様は妙にほっとした感じだった。 「でも、お祖父様もユリア姉様の幸せを願ってますよね?」 「それは当然だよ。でも、ユリアの気持ちが第一だしね。セイラは色恋に疎くて異性を意識してなかったけれど、ユリアはちょっと違う気がする。どうしてあそこまでツンケンするのかな?」 「姉様に釣り合う男はいませんから、姉様の態度は正しいんです。だから僕が姉様を守るんです」 お祖父様は苦笑した。 「変な虫から守るのはいいけど……。ユリアの幸せを邪魔するのは本末転倒だからね」 「ご自分の経験から、ですか?」 父様が意味ありげな視線をお祖父様に送る。お祖父様が咳払いした。 「私もさすがに年だからね。生きているうちに孫の結婚式を見たいんだ」 「結婚が必ずしも幸せとは限りません」 僕は声を張り上げた。 「それも一理あるけど……。アルもいつかは素敵な女性と結婚するんだろう?」 お祖父様が僕に尋ねたが、僕は断言した。 「姉様より素敵な女性なんていません」 お祖父様と父様が顔を見合わせる。 「……かわいい女の子は宮廷にいっぱいいるじゃないか」 「姉様には負けます」 「気になる子はいないのかい?」 「いません。ユリア姉様に比べたら、みんなカボチャです」 「でも、自分の姉とは結婚できないよ?」 「わかってます。だから僕は結婚するにしても、最低条件として、姉様を大事にしてくれる人を選びます」 「……」 お祖父様も父様も黙ってしまった。 「姉様を幸せにできる男がいない以上、僕が姉様を幸せにします」 「……美しすぎる姉を持つのも考え物だね」 お祖父様が声を絞り出した。 「僕はユリア姉様の弟で幸せです。姉様を守って幸せにできれば、僕は満足です」 「……兄弟の仲がいいのは結構だが。アルも姉離れしないとな」 「父様が僕に姉様を頼むとおっしゃったんじゃないですか。僕は長男で跡取りです。家族を守り、幸せにする責任があります」 「間違ってはいないんだけれど……。どこかずれてるね」 お祖父様も父様も渋い顔だ。 「姉を大切にして何が悪いんですか? 僕はまだ子供で力もないから、一生懸命努力してるんです! お祖父様も父様も母様が大事で、母様を守るために努力したんでしょう?」 二人のウィークポイントを突いてやった。 「それはそうだけど……」 「俺とセイラの関係とはなんか違うような……」 そこへメイドのハンナが顔を出した。 「アルフレッド様、もうお休みの時刻でございます。旦那様も若旦那様もお疲れではございませんか?」 「じゃあ、僕は休みます。お祖父様、父様、お休みなさい。父様、母様が待ってますよ?」 僕は二人を残してさっさと自室に引き上げた。
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