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作品名:アルフレッドの憂鬱 作者:光石七

第30回   (十)新しいブルーローズB

 姉様とレジーのダンスをみつめていたら、目のくりっとした女の子が僕に声をかけてきた。
「あの、アルフレッド様。私と踊ってください」
「……え?」
 女の子から誘われたのは初めてだ。
「お手紙を出したんですけど、覚えてませんか? モートン男爵の娘で、ジャクリーヌ・モートンといいます」
「えーっと……」
 手紙は何通か来ていた気がするけれど、姉様のことで頭がいっぱいだったから……。
「アルフレッド様は覚えてないかもしれませんが、ミランダ・レッドフォードの個展で出会った時からあなたのことが忘れられなくて……」
「ミランダ伯母様の個展で?」
「はい。ぶつかりましたよね?」
 ――レジーの前に僕にぶつかった女の子か。
「それだけで僕を?」
「アルフレッド様のお顔を見て、運命だと思ったんです。この人が私の王子様だって」
「お、王子様って……。ジャクリーヌ……だっけ?」
「ジャクリーヌ・モートンです。ジャッキーと呼んでください」
「……ジャッキー。僕は王子様なんかじゃない。ぶつかったくらいで運命と言われても……」
「私がそう思ったのだから、運命ですわ」
「……」
 どう返答したらいいのかわからない。ミシェルもレオニードも呆気にとられている。
「女の子から勇気を出してるんですよ? 断らないでくださいね」
「……そう言われても。君のことよく知らないし……」
「これから知っていけばいいじゃないですか。まずはダンスの相手をお願いします」
 強引に腕を取られ、僕はジャッキーと一曲踊る羽目になった。
「やっぱりアルフレッド様はかわいいですね。母性本能をくすぐられます」
 褒められているのかけなされているのか、よくわからない。
「アルフレッド様、これからよろしくお願いしますね」
 ようやく解放された。
「結構かわいいじゃん」
「そう言うならレオが相手しろよ」
「アルをご指名だったからね。僕らの出る幕じゃないよ。でも、ユリアさんにちょっと似てるかも」
「どこが?」
 話していると、二人の男性がつかつかと歩いてきた。背の低いほうが忌々しそうに僕に尋ねた。
「貴様がアルフレッド・グレイヴィルか」
「ジェフ・モートン中尉にジョニー・モートン少尉……」
 レオニードが声を上げた。
「俺は貴様のような軟弱な奴が弟とは認めない」
「……は?」
「ジョニー、落ち着け。ジャッキーの気持ちを大事にしろ。――突然すまない。僕たちはジャッキーの兄だ。僕がジェフで、こいつがジョニー。妹を思う気持ちは誰にも負けないつもりだ」
「兄さん、だからジャッキーにはもっと頼りがいのあるやつを……」
「ジャッキーが選んだんだ。僕はジャッキーの選択を信じる。でも、ジャッキーを泣かせたら許さない」
 ――二人してシスコン? それも微妙にタイプが違う……。
「泣かせるも何も……。僕はまだ彼女のことを全然知らないんですよ?」
「さっき一緒に踊ってたじゃないか」
「女の子に恥をかかせるわけにはいかないから、相手をしただけで……」
「ジャッキーのどこが気に入らないんだ? あんなにかわいい子はいないぞ?」
「他にも強い男はいるのに、わざわざジャッキーが軟弱な貴様に声をかけたんだ。何様のつもりだ?」
 ――どう答えればいいんだ? 僕は助けを求めてミシェルとレオニードのほうを見た。
「近衛隊で会ったけど、二人ともかなりの剣の使い手だ。怒らせると怖いし、敵に回すと厄介だぞ」
 レオニードが耳打ちしてくれた。
「……確かにかわいいですね」
 仕方なくそう言った。まあ、意志の強そうなところとか、姉様に通じるものがあるかな。
「そうだろう? ジャッキーを頼むぞ」
「やっぱりそういう目で見てたんじゃないか。よこしまな奴にはジャッキーは渡せない」
「ジョニー、そう言うなって」
「兄さんは甘すぎる」
 ――シスコンって面倒臭い。どう転んでも締め上げられそうだ。
 ミシェルとレオニードは少しずつ僕から離れ始めた。自分たちだけ逃げる気だな。
「この二人も、ジャッキーをかわいいって言ってましたよ」
 二人を指さしてやった。
「ち、違います。確かにきれいだけど、アルに譲ります」
「僕もアルとジャクリーヌ嬢を応援しますから」
 慌てるレオニードとミシェル。
「貴様らもジャッキーをよこしまな目で見てたのか!」
「頼もしい仲間じゃないか。ぜひ二人の仲を取り持ってくれ」
「ミシェル! レオ! 僕を裏切らないで!」
 ――僕に平穏な日が訪れるのはいつだろう……。
 姉様は僕の様子など全く気付かないまま、幸せそうにレジーと踊っていた。


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