(十)新しいブルーローズ
ダグロフの事件は内密に処理された。同様の事件の発生を防ぐためだ。 姉様は長く外国でピアノを教えていた先生に師事することに決めた。屋敷を出ていかずにすんで、僕はほっとした。 レジーとはよく会っているが、まだ告白できていないようだ。傍から見ると、結構いい雰囲気なんだけど。レジーの音楽馬鹿が仇になっている気がする。 「姉様、レジーに告白したら?」 姉様は真っ赤になった。 「はっきり言わないと伝わらないと思いますよ」 「アル、姉をからかわないでよ」 「姉様の気持ち、バレバレですよ? 気付いてないのはレジーくらいだと思います」 少なくとも、屋敷の者とレオニードとミシェルはわかっている。 「……前は私に男性が近づくだけで大げさに騒いでたじゃない」 「……僕じゃ姉様を守りきれないから」 「そんなことないわ。ちゃんとアルは私を守ってくれた。それにアルがいるから、私はわがままを言えるのよ」 姉様が最高の言葉をくれた。 「……僕は姉様の味方です。それだけは約束します」 僕は姉様の頬にキスをした。 「レジーも姉様のこと、嫌いじゃないから大丈夫だと思いますよ」 「だから、姉をからかうのはやめてよ」 顔を赤くして懸命に否定する姉様は、とてもかわいらしかった。
今度はレオニードの屋敷にミシェルと泊まった。 「結局、レジーへの思いを見守ることにしたのか?」 レオニードが僕に尋ねた。 「うん……。ダグロフみたいな奴よりずっといいよ。姉様を誰かに任せるとしたら、レジーが一番いいと思う」 「でも、レジー兄様はユリアさんの気持ちに気付いてないみたいだね」 「そこなんだよなあ……。天然は母様だけで十分なんだけど」 僕はため息をついた。 「ブルーローズに慕われるなんてすごいことなのに。やっぱ、ぶっ飛ばしとくべきだったか?」 「……レオ、過激だね」 「アルが変わったんじゃん。お前が真っ先に口にしそうな台詞なのに」 「姉様の幸せを一番に考えることにしたんだ」 僕だけでは姉様を守れないし、姉様を本当の笑顔にすることはできないのだ。姉様が一番そばにいてほしい人がレジーなら、それで姉様が幸せなら、僕は応援してあげたい。 「また僕たちで作戦を考える? 『ブルーローズの幸せを守る会』って名前を変えてさ」 ミシェルが言った。 「余計なおせっかいは話がこじれるだけだよ。もう懲りただろ? 姉様が頼んでくるなら別だけど。でも、その会の名前は悪くないかも」 「でしょ?」 「俺、さっそく入会する!」 レオニードの変わり身の早さに、三人で笑い合った。
その日は朝から姉様の様子がおかしかった。いつもに増してそわそわしている。余所行きの服を着て、髪を丹念にセットし、美貌にもさらに磨きをかけていた。 「何もしないで後悔しては駄目ですよ」 玄関で母様が姉様を励ます。――姉様、もしかして……。 「姉様、頑張ってください。僕で力になれることがあれば、何でも言ってください」 「アル……。ありがとう」 はにかんだ姉様はきれいだった。シドも応援しているのか、姉様の足にじゃれついていた。
姉様とレジーが寄り添う姿を見るようになったのは、それからすぐのことだ。
「セイラがトーマ君とデートしていた頃を思い出すよ」 勉強の休憩中、お祖父様が僕に話しかけてきた。 「娘の成長がうれしくもあり、寂しくもあり……。トーマ君も今そんな気分だろうね」 「僕も少し寂しいですけど……。でも、姉様が本当に幸せそうに笑うから」 「アルも姉離れできたようだね」 お祖父様が微笑んだ。 「これから大変そうですね。姉様の人気はすごいから、レジーがどんな目に遭うか……」 「初めから公表したらいいんだよ。セイラたちもそうだった。反応は大きいが、収拾も早い。レジー君は物怖じしないところがあるから、意外に大丈夫じゃないかな」 「そうだといいですね」 「来週の晩餐会なんか、いい機会じゃないかい?」 「……やっぱり怖いかも」 アレン様やテディ兄様、多くの貴族たちが出席する。 「私も久しぶりに顔を出そうかな」 「お祖父様が?」 「冗談だよ。さすがにもう踊れないし、招待されていないからね」 「でも、お祖父様がいらっしゃれば心強いです」 僕もできる限りサポートするつもりだけど、果たしてどうなるだろうか。
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