僕は椅子に縛り付けられた。足だけは自由だが、縄が体に食い込むくらいきつく縛られている。逃げようにも椅子が重くて動かせない。それに従者が見張っている。 ダグロフは古風な白いドレスとヴェールを姉様に渡した。 「わが家に代々伝わる花嫁衣裳です。私の母もこれを着たんですよ。着こなしが難しいのですが、あなたなら似合うはずだ。これに着替えてください」 「……」 姉様は唇をかみしめて、メイドと別室に向かった。ダグロフが僕に言った。 「君には本当に感謝するよ。君のおかげでユリア嬢を手に入れることができる」 「――僕はお前なんか認めない。こんな卑怯な奴に、姉様は渡せない」 「ユリア嬢の弟だから大目に見てるのに。君のような子供を一人始末するくらい、簡単なんだよ?」 「姉様を守れるなら、僕は命なんか惜しくない。姉様は僕が守る!」 「君に何ができる?」 ――悔しいけれど、言い返せない。僕のせいで姉様はここに連れて来られたんだから。 「身の程をわきまえて、大人しくしてるんだね」 「……父様が黙っていませんよ」 「結婚式を挙げて既成事実を作ればこっちのものだ。私の義理の父になるし、君は義理の弟になる」 「そんなこと許さない!」 「この状況で君にできることはない。ユリア嬢は私のものだ」 ダグロフはそう言い残して、部屋を出ていった。おそらく着替えてくるのだろう。そして姉様と結婚式を挙げるつもりだ。 外はもう暗い。姉様と僕が帰ってこないのでみんな心配してるだろう。探しているかもしれない。でも、ダグロフの屋敷にいるとは誰も気付かないに違いない。 あんな奴が姉様を……。なんとかここから逃がしてあげたい。しかし、僕が人質になっている限り姉様は自由に動けない。何かいい手はないだろうか。向こうは僕を子供だと甘く見ている。 僕は足で思いっきり床を蹴り始めた。 「そんなことをしても無駄ですよ」 従者が冷たく言い放つ。それでも僕はやめなかった。モールス信号だ。誰か気付いてくれるといいが。 そのうちダグロフが戻ってきた。やはり正装している。姉様も少し遅れて部屋に入ってきた。白いドレスとヴェールを身に纏い、美しい花嫁姿だ。でも、相手がダグロフでは駄目だ。 「この世のものとは思えない美しさですね」 ダグロフが満面の笑みで褒め称える。姉様は黙ったままだ。 「怒っている顔も美しい。でも、せっかくの結婚式ですから笑ってください」 「無理やり着せられてるのに、笑えるもんか!」 僕が姉様の代わりに文句を言ってやった。 「アルフレッド君も見守ってくれることだし、さっそく式を挙げましょう」 ダグロフが姉様の手を取る。 「汚い手で姉様に触れるな!」 僕はもう一度叫んだ。 「ザック、アルフレッド君を黙らせろ」 従者が長めの布を取り出した。僕の口の前でそれを広げる。――猿ぐつわをかませるつもりか。僕は首を振って抵抗した。
突然、部屋の扉が開いた。 「ユリア! アル!」 父様だ。 「無事ですか!?」 母様も来てくれた。 「うちの子たちによくも……!」 父様がダグロフに飛びかかった。 「レジー、ユリアを頼みます」 母様はそう言って、僕のほうに来た。母様の後ろにいたレジーが姉様をダグロフから引き離し、肩を抱いた。 「子供を返してください」 母様が剣を従者に突きつけた。 「私と勝負しますか? 相手になりますよ。それとも銃にしますか?」 従者が青ざめる。 「わ、私は命令に従っただけで……」 「それでも誘拐と監禁の現行犯ですよ。主人を諌めるのも従者の役目では?」 「し、しかし逆らったら自分の身が……」 「その程度の忠誠ですか。これ以上罪を重くしたくないなら、大人しくしてください」 母様はそう言うと、僕の縄を切ってくれた。 「怪我はありませんか?」 「はい、母様」 「どの部屋にいるのか、モールス信号のおかげで早くわかりました」 母様は僕を抱きしめてくれた。 「も、申し訳ありませんでした! 助けてください!」 背後から叫び声が聞こえた。見ると、ダグロフが父様に殴られていた。 「ユリアに何をした!」 「まだ何もしてません! 本当です!」 母様が仲裁に入った。 「トーマ、身柄を拘束して警察に引き渡しましょう。殺してしまったら罪を償わせられません」 母様の言葉に父様が手を止めた。 警察が来るまで、武器を取り上げてダグロフたちを床に座らせることにした。もう危険はないとわかって緊張が解けたのか、姉様がレジーに抱きついて泣き始めた。 「ユリア……」 レジーは困惑した様子だったが、こわごわと姉様の頭を撫でた。父様は顔をひきつらせた。 「トーマには私がいるじゃないですか」 母様が苦笑して父様に寄り添った。 警察が来ても、まだ姉様はレジーの胸で泣いていた。
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