(九)ブルーローズの危機
姉様は母様と一緒にピアノの道を模索し始めた。国内の先生の評判を調べたり、実際に留学した人に話を聞いたりしている。ミランダ伯母様も分野は違うけれど、留学時代の友人と連絡を取って情報を集めてくれている。レジーもいろいろ調べて教えてくれる。レジーに会うと姉様はうれしそうだ。二人きりで会ったりはしていないけれど、着実に距離が縮まっていることはわかる。姉様はまだ気持ちを伝えていないし、レジーも姉様の思いに気付いている様子はない。いつどうなるか、ハラハラしながらも僕は手の打ちようがなかった。『ブルーローズを守る会』もほとんど活動休止状態だ。落ち込む僕をシドが慰めてくれる。
姉様の変化に気付き、テディ兄様が訪ねてきた。姉様はテディ兄様を避けている。仕方なく僕が相手をした。 「ユリアは一体どうしたんだ? 何があった?」 「テディ兄様には関係ありません」 「関係あるよ! ユリアは従妹で未来の妻なんだから」 ――どこからその自信が湧いてくるんだろう? 「姉様はテディ兄様を嫌ってますよ?」 「そんなはずはない。ちゃんと婚約したんだ」 「いつ?」 「五歳の時」 それは婚約とは言わない。 「母上がしきりに留学のことを調べているけど……。ユリアは留学するの?」 「さあ? 姉様に聞いてください」 「教えてくれよ、未来の弟くん」 「……テディ兄様の弟にはなりたくないです」 「かわいい女の子を紹介するからさ」 「姉様より素敵な子はいませんから」 テディ兄様のような浮ついた男に姉様を任せたくはない。アレン様は地位が高く姉様一筋だけど、王子だから何でも手に入ると、妙な自信を持っているのが鼻につく。他の男たちも姉様を預けるには心もとない。 「……なんかさあ、最近ユリアがすごくきれいになった気がするんだよね。もともと美人だけどさ。纏う空気が柔らかくなったっていうか……。まさか、好きな人でもできた?」 さすがは女性に慣れているだけある。勘が冴えている。 「テディ兄様には教えません」 「ユリアに好きな人ができたら、アルも困るんじゃないか?」 ――それはそうだけど……。いや、すでに困っている。テディ兄様は僕の表情を読み取ったらしい。 「……マジで? 相手は誰?」 「……教えません」 「僕も協力するからさ。そいつをぶっ潰そうよ」 「無理ですよ」 「アレン様じゃないよね? しばらく会ってないはずだし。……あいつでもないよな、アルの友達の……レオニードだっけ? 年下は趣味じゃないはずだ。最近ユリアと親しくなった男っているか?」 「……ノーコメント」 助けがほしいのはやまやまだけれど、テディ兄様が間に入ると余計ややこしくなりそうだ。後で見返りを求められるのも目に見えている。姉様とテディ兄様の仲を取り持つなんて、死んでもできない。 何を聞かれても、僕はテディ兄様に情報を与えなかった。兄様は諦めて帰って行った。 「シド……。僕、どうしたらいい?」 僕はシドを抱きしめた。シドは僕の顔をペロペロ舐めるだけだった。
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