レオニードとミシェルは屋敷に泊まった。本当は祝杯を挙げるはずだったのに、ため息をついてばかりだ。僕の部屋に集まり話し合った。 「ユリア姉様のことだから、男のくせにだらしないって言うと思ったのに……」 「逆効果だったな」 「セッションもこの間より楽しそうじゃなかった?」 「母様のための曲まで披露して、株を上げちゃったな……」 「ユリアさんもうっとりしてたような……」 レジーは約束通り、母様の曲を仕上げていた。姉様とのセッションの後、みんなの前で演奏した。春の日差しとそよ風を思わせるような、清らかで優しい曲だった。 「セイラさんのイメージです」 「こんな素敵な曲、もったいないです」 母様は照れていた。父様は微妙な表情だ。曲は素晴らしいが、母様のために作ったというのが引っかかるのだろう。姉様は「作曲もできるんだ」とただ感心していた。 レジーは夕食まで一緒だった。使用人も席に着いたことに少し驚いたようだったが、家族だからというお祖父様の言葉に感服していた。 「この間はありがとう。ユリアも心のつかえが取れたようだ」 お祖父様が言うと、レジーは少し照れ臭そうだった。 「音楽に見かけや打算は不要です。才能があるなら、まっすぐ伸ばすべきだと思います」 「レジーのおかげで、もう一度きちんとピアノを勉強する決心がついたわ。本当にありがとう」 姉様もお礼を言った。 「それはよかった。留学するのか?」 「まだそこまでは決めてないわ。いろいろ調べて、ゆっくり考えるつもり」 「自分で納得がいくようにしたらいいさ」 ……いい雰囲気だと認めたくなかった。 「レジーは恋人はいないのか?」 父様がレジーに尋ねた。母様への思いを確かめたかったのだろう。 「ずっと音楽漬けでしたから。バイオリンが恋人のようなものです」 「好きな人は?」 「……いますけど、叶わぬ思いです」 レジーがはにかみながら答えた。姉様の顔色が変わった。――母様のことだろう。僕はそう思った。父様もそう察したようだ。 「相手に伝えないのか?」 「……その人にはすでに大事な人がいますから。幸せを邪魔する気はありません」 父様は相好を崩した。 「考え方はいろいろあるが、レジーがそう思うならそれでいいんじゃないか? そのうちいい人が現れるさ。俺とセイラみたいに相思相愛になれる人が」 母様が少し赤くなった。姉様は複雑そうだ。お祖父様は苦笑していた。 「今のところは音楽だけでいいです。早く楽団にも慣れたいし」 レジーはそう言った。お祖父様が話題を変えた。 「レジー君は長男なんだろう? 跡を継がなくてもいいのかい?」 「父が音楽家になりたかったのに認められなかったので、夢を俺に託したんです。俺も好きで選んだ道ですし、理解してもらってありがたいと思ってます」 「一昔前はみんな頭が固かったからね。いい時代になったと思うよ」 そんな話をしながら夕食は終わり、レジーは帰って行った。
「レジー兄様、母君を無理に自分のものにする気はないみたいだね。その点がはっきりしたのはよかったんじゃない?」 「でも、ユリアさんは結構本気っぽいよなあ……。これ以上俺たちに何ができるだろ?」 「……ミシェルもレオニードも何かしたっけ?」 作戦Dは僕しか働いていない 「僕が兄様の弱点を教えたじゃん」 「俺も作戦がうまくいくよう、毎日祈ってたぞ?」 「実行は僕じゃないか! レオ、祈りなら僕もやってたよ?」 いつものようなやりとりになっていく。でも、姉様の思いが確実に育っていくのをどうすればいいのか。 二人のベッドも僕の部屋に用意されたが、僕たちはなかなか寝付けなかった。
眠れずにいると、突然扉が乱暴に開く音がした。廊下を走る足音がする。 「セイラ、待て!」 父様の声だ。 「触らないでください、この変態!」 ……母様? 「二人も子供がいるのに、今更恥ずかしがるなよ」 「嫌なものは嫌です!」 「たまには変わった趣向もいいんじゃないかと……」 「変態には付き合えません! 実家に帰ります!」 「……お前の実家はここだろ」 「レッドフォード家に行きます! 探さないでください!」 「行先言ってるじゃん……。おい、待てって!」 二人の足音が遠ざかっていく。――夫婦喧嘩なんて珍しい。でも、父様は一体どんな愛し方をしようとしたんだ……。 「……新しい大人のおもちゃでも手に入れたかな」 レオニードがぼそっと呟いた。 「大人がおもちゃで遊ぶの?」 ミシェルはきょとんとしている。僕とレオニードは絶句した。 「なんで二人とも黙るの?」 「……ミシェルにはまだ早いかもな」 「そうだね……。そのうちわかるから、時が来るのを待ったらいいよ」 僕とレオニードは寝たふりをした。ミシェルは不思議そうだ。 そのうち、足音が戻ってきた。――一人だけ? いや、父様が母様を抱きかかえているんだ。 「……お前が一番大事だから……」 「……私もトーマが大切です」 結局仲がいいんだ。しかし、友達が泊まってる夜に、あの夫婦は何をしてるんだろう……。 僕はなんとか眠ろうと寝返りを打った。
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