翌日、お祖父様と一緒にシーズーの子犬をもらってきた。生後三か月のオス。白と茶色の模様が絶妙で、丸っこくてふわふわしていてとてもかわいい。姉様も頬が緩みっぱなしで、一度抱いたら手放そうとしない。僕が好きな冒険物語の主人公からシドと名付けた。 シドは人懐っこくて無駄吠えも少ない。大抵の人は骨抜きだ。僕もつい作戦を忘れて夢中になってしまう。お祖父様も両親もシドを見ると笑顔になる。使用人のみんなもそうだ。シドを怖がるのは小さい子ぐらいじゃないだろうか。瞬く間にシドはわが家の人気者になった。
シドがわが家に慣れた頃、レジーを屋敷に招待した。父様がレジーの演奏を聴きたがっているし、僕も友達として親交を深めたいと伝えた。『ブルーローズを守る会』特別集会ということで、ミシェルとレオニードも呼んだ。作戦Dがいよいよ始まる。 レジーを屋敷に迎え、みんなで改めて自己紹介をした。やはり姉様はレジーを見て頬を赤く染めているし、レジーは母様を眩しそうにもみつめている。使用人たちも一人一人挨拶した。 「そうだ、レジーに新しい家族も紹介します」 僕はシドを連れてきた。レジーが固まる。 「かわいいでしょ? シドっていうんだ」 僕はシドを抱いてレジーに差し出した。レジーが顔をこわばらせて後ずさりをする。 「とても人懐っこいんですよ。撫でてあげたら喜びますよ」 レジーの顔は真っ青だ。僕はレオニードとミシェルに目配せした。顔がにやけそうになるのを抑えながら二人が頷く。勝利目前だ。 「噛みついたりしないですよ。触ってみてください」 シドをレジーに押し付ける。 「うわあぁぁ!やめろ!」 レジーはしりもちをついた。 「頼む! こいつを部屋から出してくれ!」 「どうして? こんなにかわいいのに」 「俺、犬は駄目なんだよ!」 「子犬ですよ? 怖がらなくても」 「いいから、早く出せ!」 あまりに無様な怖がりように、僕も笑いをこらえるのが大変だ。 「変なレジー。シドは僕の弟なのに」 「犬を弟にするな! 頼むからこいつを外に!」 姉様が僕の横に歩いてきた。レジーに落胆して何か言うのかと思ったら、僕を睨んでいる。 「やめてあげなさいよ。嫌がってるじゃない」 「……」 僕は言葉が出なかった。姉様がシドを抱き上げる。 「誰か、シドを外に出して」 姉様の声にエリックが動いた。シドを受け取り、部屋を出ていく。 「レジー、大丈夫?」 「……ありがとう」 レジーがよろよろと立ち上がった。 「……情けないんだけど、本当に俺、犬だけは苦手でさ……」 「誰だって苦手なものはあるわ。それを見て笑うほど私も幼稚じゃないから」 ――姉様、それって僕が幼稚だって言いたいんですか? 「アル、ちゃんと謝りなさい」 「……僕はただ、レジーにもシドをかわいがってほしくて……」 「嫌がってたのはわかったはずじゃない。度が過ぎるわ」 「シドを怖がるなんて……」 「アルだって、実在しない吸血鬼がいまだに怖いじゃない」 ――姉様、ここでばらさなくても……。 「吸血鬼が実在しないとはまだ証明されていません。血を吸われたら自分も仲間になっちゃうんですよ? 怖いじゃないですか」 「いるとも証明されていないわ。存在が不確かなものに怯えるほうが滑稽よ。仮に吸血鬼がいるとしても、ばったり会ったらアルも逃げるでしょう?」 「逃げるけど、吸血鬼と子犬じゃ話の次元が……」 「人が怖がる姿を笑うなんて最低よ。レジーに謝って」 「別に笑ってないのに……」 懸命にこらえたのに、何だか理不尽だ。 「アル、ユリアの言う通りだ。レジー君に謝りなさい」 「お祖父様……」 父様も母様もそうだという顔をしている。 「……レジー、ごめんなさい」 仕方なく謝った。 「……いいよ。確かに子犬を怖がるなんて普通思わないよな。ガキの頃噛みつかれて、それから犬恐怖症なんだ」 「一つや二つ苦手なものがあったほうが、人間臭くていいじゃない」 ――作戦Dは失敗に終わってしまった。逆に姉様がますますレジーを気に入ったような……。ミシェルもレオニードも渋い顔だ。 「気持ちを切り替えたら、演奏を聴かせてくれないか? ユリアとのセッションでもいいぞ」 父様が場を仕切り直した。 しばらくして、屋敷にバイオリンとピアノの音色が響き渡った。
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