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作品名:アルフレッドの憂鬱 作者:光石七

第2回   (一)僕の家族を紹介しますA

 庭での剣の稽古。――僕は母様に剣を弾き飛ばされた。
「アル、また悪い癖が出ましたね?」
 いつもは優しい人だが、剣を手にしたときは違う。扱い方を間違えれば、恐ろしい事態になるからだ。
「無理に踏み込もうと焦るから、隙ができるんです。そこを突かれれば終わりですよ」
 わかってはいる。でも、一度ついた癖はなかなか直らない。
「早く克服して、私くらいには勝てるようになってください」
「……母様に勝てれば、大抵の人には勝てると思いますが」
 母様はめちゃくちゃ剣が強い。女性が剣を扱えること自体が驚きなのだが、騎士団長だったお祖父様に直接仕込まれ、並の男よりも実力は上だ。父様と初めて出会ったのも、剣の試合だったと聞いた。その時も母様が勝ったらしい。父様は今騎士団長だ。剣をたしなむ人なら誰でも入れる組織だが、騎士団長はいわばこの国で一番強いというお墨付きを頂いた人なのだ。昔の話とはいえ、母様がどれだけ腕が立つかわかるだろう。
「私は前線を退いてだいぶ経ってるんですよ?」
「……」
 言い訳ばかりするわけにはいかない。実力がすべてだ。僕にはどうしても強くなりたい理由がある。
「私はすっかり衰えたが、セイラはまだ大丈夫だよ。銃もいけるんじゃないかい?」
 見物していたお祖父様が言った。……母様は銃の腕もまた一級なのだ。その剣と銃の実力を買われ、結婚前は国王陛下の妹君、現オズワルド公爵夫人ルチア様の護衛を務めていた。期間は短かったらしいが、母様の活躍は今も宮廷の語り草になっている。
「そうですね。今度久しぶりに試してみます。まだ鈍ってなければいいのですけど」
 ……これ以上強くなって、母様はどうしたいのだろう。まあ、こういう方面に長けている分、手先の作業が苦手なのかもしれない。強い人に稽古をつけてもらえれば、僕の腕も上がるはずだ。
「母様、もう一度お願いします」
 僕は母様と再度剣を構え合った。


 夕方、父様が仕事から帰ってきた。
「お帰りなさいませ、若旦那様」
 執事のクロードが出迎える。父様は母様の頬にキスし、姉様と僕にも同様にする。お祖父様とは握手を交わす。
 やがて夕食が始まる。わが家では、手の空いた使用人も同じテーブルに着く。これが普通だと思っていたが、友達の屋敷に行って驚いた。お祖父様が始めたことらしい。
「最近、宮廷はどうだい?」
 お祖父様が父様に尋ねた。
「隣国の新しい大臣が近々挨拶に来るので、少し慌ただしいですね。アレン様も陛下にご同行するということで、その準備もありますし」
「アレン様も? ……そうか、もうそんなご年齢か」
「ユリアより二つ上でいらっしゃいますから。義父上、ルーファス陛下も同じくらいの年に王位継承の準備に入られたのをお忘れですか?」
「ちょうど私が田舎から都に戻る前後か。マリーの死とセイラの護衛の任務で頭がいっぱいだったからね」
 アレン様は国王陛下のご長男、つまり王子様だ。
「懐かしいですね」
 母様が微笑む。
「今日アルと剣の稽古をしたのですが、昔のトーマとそっくりですよ。悪い癖も」
「そこをお前に突かれて負けたんだよな。あの時はまさかお前と結婚するなんて思わなかった」
「私もです」
「男装して、女どもから黄色い声援を受けて……。でも、すぐに素直なかわいい奴だってわかったから」
 母様が顔を赤らめた。父様は目を細める。
「今も変わらずかわいいけどな」
「……トーマも変わってません。相変わらず……」
 母様が言葉に詰まった。
「相変わらず、何?」
「……言えません」
 ――始まった。まったくこの夫婦は……。
「言ってほしい」
「嫌です」
「言えって」
「嫌です」
「じゃあ、寝室で聞くから」
「……!」
 ――はいはい、ご勝手に。お祖父様は苦笑気味だが、僕も姉様も知らん顔だ。
「トーマ君、君は何か準備に携わっているのかい?」
 お祖父様が話を戻した。父様もお惚気モードから切り替える。
「特には。ただ、陛下とアレン様から、家族そろって晩餐会に出席するよう言われました」
 姉様の眉が動いた。
「……また?」
 うんざりした顔だ。男どもから言い寄られるのが面倒なのだ。
「私、嫌よ」
「でも、陛下のご指示だし」
「病気なら出る必要ないでしょ?」
「……ユリア、この間もそうやって欠席したじゃないか」
 父様が困った顔をしている。
「珍しい方もいらっしゃるのですか?」
 母様が助け舟を出した。
「そうだ、作曲家のムージアンが新曲を披露するそうだ」
「ムージアンが? ……なら、行くわ」
 姉様は音楽が好きだ。両親はほっとしたようだった。
「姉様、僕がついてますから安心してください」
 僕は姉様に請け合った。
「期待せずに頼りにしてる」
 ……姉様の評価は厳しい。僕が強くなりたいのは、姉様のためだ。
「アルも腕が上がったよ。信じてあげたらいい」
 お祖父様が口添えしてくれた。使用人たちはいつも僕たちのやりとりを微笑ましくみつめている。
 夕食が終わり、それぞれの部屋や持ち場に引き上げ始めた。
「じゃあ、さっきの続きを聞くから」
 お祖父様が消えたのを見計らって、父様が母様に言う。真っ赤になった母様を、父様は抱き上げて行ってしまった。これからきっと……いや、僕の口からは言えない。
 僕も姉様も自分の部屋に戻った。僕は眠くなるまで本を読みことにした。


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