姉様は口をきいてくれなかった。夕食の席でも、僕のほうを見ようとしない。 「あ、あの姉様……。今夜は姉様の好きな物ばかりですね」 会話のきっかけを作りたくて話しかけても、姉様は黙ったままだ。 「……本当にごめんなさい。何でもするから……」 ひたすら謝るけれど、姉様は僕を無視する。 「ユリア、アルを許してあげてください。ユリアのことを心配し過ぎただけですよ」 母様が姉様にとりなそうとしてくれる。 「ユリア様、私どもからもお願いします。アルフレッド様をお止めしなかった私どもの責任です」 ギャッツとエリックも僕をかばってくれた。 「アルに無理やり命令されたんでしょ? ギャッツたちは悪くないわ」 「アルも反省してる。こんなに謝ってるし、許してやったらどうだ?」 父様も姉様に言ってくれた。でも、姉様の表情は硬いままだ。 「ユリアはアルにどうしてほしいんだい?」 お祖父様が姉様に尋ねた。 「私の視界に入る所にいてほしくないわ」 ――そこまで姉様に嫌われたとは。僕は悲しくなった。 「じゃあ、アルをわが家から追放するか」 ――お祖父様、それはあんまりです。 「そうしてくれる?」 ――姉様、そんなに僕が嫌いですか? 「わかった。――アルフレッド、今すぐ屋敷を出なさい」 「え……? 本当に……?」 「すぐに出て行くんだ」 「……わかりました」 家長の命令は絶対だ。僕は涙をこらえて立ち上がった。 「お父様、やめてください!」 「旦那様!」 母様と使用人たちがお祖父様に命令を取り消させようとした。けれどもお祖父様は僕を促す。僕は扉に向かって歩き出した。 「――待って!」 姉様が叫んだ。 「お祖父様、アルは跡継ぎでしょ? いなくなったら困るじゃない」 「ユリアはいなくなってほしいんだろう?」 「それは……」 「アル、行きなさい。荷物は最低限で」 「……はい」 お祖父様に再度促され、僕は扉を開けようとした。 「待って、行かないで! アルがいなくなったら、私……」 「やっとユリアの本音が出たね。――アル、もういいよ」 振り返ると、お祖父様が笑っていた。 「お芝居だったんですか……」 母様がほっとした顔になった。みんなも安堵したようだ。 「アル、脅かして悪かったね。ユリアが素直じゃないから、少し揺さぶってみたんだ」 「お祖父様……」 「ひどいわ。こんな手で騙すなんて」 すねた言い方だが、姉様の照れ隠しなのは誰の目にも明らかだった。 「すまなかったね。でもユリア、相手が過ちを認めて謝ったのなら、ちゃんと受け止めてあげないと」 「……はい」 「わかったら、アルと仲直りしなさい」 姉様は一旦目を閉じて、僕を見た。 「アル……」 「僕が悪かったんです。姉様、ごめんなさい」 「……もういいわよ。これからはあんな真似しないでね」 姉様に許してもらい、ようやく僕は緊張が解けた。みんなの笑顔が温かい。父様がお祖父様に敬愛のまなざしを送った。 「さすがは義父上ですね」 「トーマ君は私の意図がわかっていたようだね」 「義父上がかわいい孫を追い出すはずはありませんから」 「じゃあ、この手はもう使えないな。次からはトーマ君が考えてくれ」 「俺ですか?」 「君ならできるさ」 「義父上にはかないませんよ」 お祖父様と父様は互いを褒め合い、それを使用人たちが見守っている。母様も柔らかい笑みを浮かべている。姉様は少しきまり悪そうだけど。 いつもの食卓の光景に戻ったようだ。僕はやっと夕食を心から味わうことができた。
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