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作品名:アルフレッドの憂鬱 作者:光石七

第17回   (七)その恋、認めませんD

 なんとかして二人がいる部屋に入りたいが、普通に行ってはつまみ出されてしまう。頭を悩ませていると、使用人のギャッツとエリックが大きな箱を運ぼうとしていた。
「それ何?」
 僕が尋ねると、ギャッツが答えた。
「ワインセラーです。仕切りが壊れて使えなくなったので」
 お祖父様も父様もワインが好きで、わが家では種類も数も豊富にそろえている。多くは地下室に保存しているが、入りきらない分やよく飲む銘柄はワインセラーに入れていた。
「結構大きいね。全部仕切りを取ったら、かくれんぼに使えそう」
「アルフレッド様なら中に入れますね」
 エリックが言った。
「それって僕がチビだってこと?」
「いいえ、そういうわけでは……」
 エリックは慌てて否定したが、自分でも背が低いことはわかっている。
 ――そうだ!僕はひらめいた。


「お話し中、失礼いたします」
 ギャッツが扉を開けた。
「ここに置くよう、指示を受けましたので」
 エリックが二人に話しかける。
「お邪魔して、申し訳ありませんでした」
 足音が遠ざかっていく。扉が閉まる音がした。
 僕はワインセラーの中に入っていた。僕は初めて自分がチビでよかったと思った。ギャッツとエリックに頼んで、姉様とレジーのいる部屋に運んでもらったのだ。二人の姿は見えないが、会話を聞くことはできる。
「ワインセラーか。結構ワインがあるのか?」
 レジーが姉様に尋ねた。
「お祖父様もお父様もワイン好きだから」
「そうなんだ。俺はたしなむ程度だけどな。――ところで、さっきの話だけど」
「……ごめんなさい。私、うまく伝えられなくて」
「そんなことはない。焦らなくていいから」
 ――なんだかいい雰囲気のような……。
「陛下の前で演奏するなんてすごいじゃないか」
 ――ああ、八年前の話だ。国王陛下が即位した時の……。
「私もうれしかったの。自分の実力が認められたんだって。……でも、違った」
「どうして? 上手いから選ばれたんだろ?」
「そう思ってた。けれど、後で言われたの。贔屓だ、かわいいから選ばれたんだって」
「はあ? 誰だよ、そんなこと言ったのは。見た目が良くても腕がなけりゃ選考外だろうが」
「言ったのはピアノを習ってる子たちよ。悔しかった。贔屓じゃなくて実力だって、思い知らせてやりたかった」
 ――姉様がそんな目に遭ってたなんて。知ってたら全員ぶん殴ってやったのに。
「だから必死に練習したわ。誰にも文句を言われないよう、先生が望む以上のレベルを目指したの。そしたら、一年後にまた公の場で演奏する機会に恵まれて……。指名された時、本当にうれしかった」
「努力が認められたんじゃないか」
「そう思ってたのに……。宮廷のピアノに慣れておきたくて練習に行ったら、先生が他の先生たちと話してたの。『ユリア・グレイヴィルはピアノの前に座っているだけで十分だ。絵になるし、生徒を増やすのにこれ以上の宣伝はない』って……。他の先生も『羨ましいですね。ぜひうちにほしかった』って……。ショックでそのまま帰ったわ」
「本当に音楽家か!? ひどすぎる」
 叫んだレジーと同様、僕も怒りに震えた。
「お母様に話して演奏を辞退したの。先生に習うのもやめたわ」
「それは当然だな」
「他の先生についても同じような気がして、自分で勉強することにしたの」
「そうだったのか」
「……ピアノだけじゃないの。昔からそうだった。会う人はみんな私の姿かたちを褒めてくれる。でも……私の中身を見てくれる人は……誰もいなかった……」
 ――姉様、泣いてるの? もしそうなら、涙を拭いてあげたい。……そうか。レジーは姉様にとって、身内以外で初めて、外見じゃなく実力と中身を認めてくれた人なんだ。だから姉様はレジーを……。
「……ユリア。ピアノを究めたいなら、留学したらいいと思う。顔で贔屓されるほど甘くはない。評価されるのは実力だけだ。ブルーローズなんて言って呆けている暇もない」
「……でも……宮廷で会った外国のピアニストも……似たようなものだったわ……」
「そいつは本物じゃないんだ。本当の音楽家ならうわべだけを見ない」
 ――ん? レジーの奴、どさくさに紛れて姉様を抱きしめたりしてないだろうな。僕はそれが気になった。様子を見たいが、出ていくわけにはいかない。
「……本当に……私の実力だけを……?」
「ああ」
 沈黙が流れる。
「……レジー……ありがとう……」
 ――姉様、待った! それ以上は許せない! 僕は思わず立ち上がろうとした。
「――何の音だ?」
 ……しまった。頭をぶつけてしまった。
「……中に何か入ってるのかしら?」
「確かめるか?」
 近づいてくる足音が聞こえた。――まずい。そう思ったが、動けない。足音が止まると同時に、戸を開けられてしまった。
「――アル。なんでここにいるんだ?」
 レジーは不思議そうだったが、姉様は涙で頬を濡らしたまま顔をこわばらせた。
「……ごめんなさい。どうしても気になって……」
 言い訳をしても無駄なので、素直に謝った。
「ユリアが心配だったのか。仲がいいな」
 レジーは気にしていないようだったけれど、姉様の美しい瞳には、静かな怒りの炎が燃えていた。


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