なんとかして二人がいる部屋に入りたいが、普通に行ってはつまみ出されてしまう。頭を悩ませていると、使用人のギャッツとエリックが大きな箱を運ぼうとしていた。 「それ何?」 僕が尋ねると、ギャッツが答えた。 「ワインセラーです。仕切りが壊れて使えなくなったので」 お祖父様も父様もワインが好きで、わが家では種類も数も豊富にそろえている。多くは地下室に保存しているが、入りきらない分やよく飲む銘柄はワインセラーに入れていた。 「結構大きいね。全部仕切りを取ったら、かくれんぼに使えそう」 「アルフレッド様なら中に入れますね」 エリックが言った。 「それって僕がチビだってこと?」 「いいえ、そういうわけでは……」 エリックは慌てて否定したが、自分でも背が低いことはわかっている。 ――そうだ!僕はひらめいた。
「お話し中、失礼いたします」 ギャッツが扉を開けた。 「ここに置くよう、指示を受けましたので」 エリックが二人に話しかける。 「お邪魔して、申し訳ありませんでした」 足音が遠ざかっていく。扉が閉まる音がした。 僕はワインセラーの中に入っていた。僕は初めて自分がチビでよかったと思った。ギャッツとエリックに頼んで、姉様とレジーのいる部屋に運んでもらったのだ。二人の姿は見えないが、会話を聞くことはできる。 「ワインセラーか。結構ワインがあるのか?」 レジーが姉様に尋ねた。 「お祖父様もお父様もワイン好きだから」 「そうなんだ。俺はたしなむ程度だけどな。――ところで、さっきの話だけど」 「……ごめんなさい。私、うまく伝えられなくて」 「そんなことはない。焦らなくていいから」 ――なんだかいい雰囲気のような……。 「陛下の前で演奏するなんてすごいじゃないか」 ――ああ、八年前の話だ。国王陛下が即位した時の……。 「私もうれしかったの。自分の実力が認められたんだって。……でも、違った」 「どうして? 上手いから選ばれたんだろ?」 「そう思ってた。けれど、後で言われたの。贔屓だ、かわいいから選ばれたんだって」 「はあ? 誰だよ、そんなこと言ったのは。見た目が良くても腕がなけりゃ選考外だろうが」 「言ったのはピアノを習ってる子たちよ。悔しかった。贔屓じゃなくて実力だって、思い知らせてやりたかった」 ――姉様がそんな目に遭ってたなんて。知ってたら全員ぶん殴ってやったのに。 「だから必死に練習したわ。誰にも文句を言われないよう、先生が望む以上のレベルを目指したの。そしたら、一年後にまた公の場で演奏する機会に恵まれて……。指名された時、本当にうれしかった」 「努力が認められたんじゃないか」 「そう思ってたのに……。宮廷のピアノに慣れておきたくて練習に行ったら、先生が他の先生たちと話してたの。『ユリア・グレイヴィルはピアノの前に座っているだけで十分だ。絵になるし、生徒を増やすのにこれ以上の宣伝はない』って……。他の先生も『羨ましいですね。ぜひうちにほしかった』って……。ショックでそのまま帰ったわ」 「本当に音楽家か!? ひどすぎる」 叫んだレジーと同様、僕も怒りに震えた。 「お母様に話して演奏を辞退したの。先生に習うのもやめたわ」 「それは当然だな」 「他の先生についても同じような気がして、自分で勉強することにしたの」 「そうだったのか」 「……ピアノだけじゃないの。昔からそうだった。会う人はみんな私の姿かたちを褒めてくれる。でも……私の中身を見てくれる人は……誰もいなかった……」 ――姉様、泣いてるの? もしそうなら、涙を拭いてあげたい。……そうか。レジーは姉様にとって、身内以外で初めて、外見じゃなく実力と中身を認めてくれた人なんだ。だから姉様はレジーを……。 「……ユリア。ピアノを究めたいなら、留学したらいいと思う。顔で贔屓されるほど甘くはない。評価されるのは実力だけだ。ブルーローズなんて言って呆けている暇もない」 「……でも……宮廷で会った外国のピアニストも……似たようなものだったわ……」 「そいつは本物じゃないんだ。本当の音楽家ならうわべだけを見ない」 ――ん? レジーの奴、どさくさに紛れて姉様を抱きしめたりしてないだろうな。僕はそれが気になった。様子を見たいが、出ていくわけにはいかない。 「……本当に……私の実力だけを……?」 「ああ」 沈黙が流れる。 「……レジー……ありがとう……」 ――姉様、待った! それ以上は許せない! 僕は思わず立ち上がろうとした。 「――何の音だ?」 ……しまった。頭をぶつけてしまった。 「……中に何か入ってるのかしら?」 「確かめるか?」 近づいてくる足音が聞こえた。――まずい。そう思ったが、動けない。足音が止まると同時に、戸を開けられてしまった。 「――アル。なんでここにいるんだ?」 レジーは不思議そうだったが、姉様は涙で頬を濡らしたまま顔をこわばらせた。 「……ごめんなさい。どうしても気になって……」 言い訳をしても無駄なので、素直に謝った。 「ユリアが心配だったのか。仲がいいな」 レジーは気にしていないようだったけれど、姉様の美しい瞳には、静かな怒りの炎が燃えていた。
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