ミシェルは今日まで旅行で不在だった。明日会おうと思っていたのに、夕食で思いがけない会話がなされた。 「ユリア、明日の午後はどの部屋を使いますか?」 「他にお客様がいないのなら、この間と同じ部屋がいいわ。ピアノを弾くかもしれないし」 「またレジー君とセッションするのかい?」 「時間があればね」 「夜までいてくれないかな。今度は俺も聴きたい」 僕以外の家族は明日レジーが来ることを知っていた。いつのまにか姉様がレジーと会う約束を取り付けていた。 「姉様、ミシェルがいないのにどうやってレジーと連絡を?」 「直接手紙を出したもの」 ――うかつだった。その手があった。 「……この間言ってた相談ですか?」 「そうよ」 「まさか……二人っきりで?」 「そうしたいけど」 「絶対駄目です!」 僕は叫んだが、姉様は僕の顔をちらっと見ただけだった。 「真剣な大切な話なの。邪魔はしないで」 「姉様が男と二人きりなんて、許せません!」 「……アル、いい加減に姉離れしろ」 父様が低い声で僕に言った。 「父様、いいんですか? 姉様がレジーに何かされたら…」 「話を聞く限り、そんな男じゃないと思う。もし変な真似をしたら、俺が殺す」 「トーマ君、あの頃の私の気持ちがわかるだろう?」 「そうですね、しみじみと」 「お祖父様も父様も、昔を懐かしんでる場合じゃないですよ!」 「アル、落ち着いてください」 母様が僕をなだめようとした。 「そうだ、母様が同席……」 言いかけて気付いた。母様が一緒でも、レジーの気持ちが本物なら別な意味で危険だ。 「お祖父様、姉様についていてくれませんか?」 頼めるのはこの人しかいない。 「ユリアが相談相手にレジー君を選んだんだ。他の人間がいたら話しづらいだろう」 「私もそう思います」 お祖父様も母様も物わかりがよすぎる。 「アル、本当に邪魔しないでね。弟でも許さないから」 ついに姉様に言われてしまった。 何か作戦を考えなくてはいけない。姉様を守るのは僕だ。二人きりになんかさせてたまるか。 僕は乱暴にナイフを動かし、肉の塊をフォークで口に放り込んだ。
名案が浮かばないまま、翌日の午後を迎えた。レジーが訪ねてきた。 「レジー様、ようこそおいでくださいました」 執事のクロードがレジーを中へ案内する。 「レジー、よく来てくれましたね」 出迎えた母様を見て、レジーは赤くなった。 「忙しいのではありませんか?」 「いいえ、大丈夫です。定期演奏会も終わったし、今は余裕があるので」 「ユリアのために、ありがとうございます」 「俺でお役に立てれば」 ――やっぱり怪しい。母様に対するレジーの態度は明らかに違う。 「レジー、姉様と話が終わったら僕の部屋に来ない?」 平静を装ってちょっと誘ってみた。 「時間が余れば行く。叔母様に呼ばれてるんだ。客のためにバイオリンを弾いてほしいって」 「ユリアと話してて大丈夫ですか?」 「叔母の家に行くのは夜だし、こっちが先約だったんで。……あの……」 レジーがうつむいた。それでも目は母様を見ている。 「何でしょうか?」 「伯爵夫人のお名前、セイラっていうんですね」 レジーが顔を上げた。 「アルから聞いたのですか?」 「はい。……今度セイラさんに曲をプレゼントしたいんですけど、いいですか? この間お会いしてから、セイラさんのイメージが旋律になってるんです。タイトルも『セイラ』にしようかと思って」 ――決定的だ……。テディ兄様も姉様のために自作の歌を歌ったことがある。姉様の評価は散々だったけれど。音楽で気持ちを告白するのも一つの手らしい。それに、身内でもないのに母様を名前で呼ぶなんて。 「なんだか恥ずかしいですね。どんな曲なんでしょう?」 ――母様、もっと警戒してください。恥じらっている場合じゃないと思うけど。 「かわいらしい、優しい感じの曲ですよ。まだ未完成なので、できたら一番に披露します」 「そんな、もったいないです」 ――だから、そういう少女みたいな仕草はやめてほしい。ますますかわいいと思われてしまう。父様の前だけにしてください。 「レジー様、お部屋にご案内いたします」 クロードがレジーを連れて行ってしまった。
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