――とうとう僕は剣で母様を負かした。 「強くなりましたね、アル」 自分が負けても母様はうれしそうだ。 「それでこそグレイヴィル家の跡取りだ」 お祖父様も褒めてくれた。 「ユリアを頼んだぞ」 父様が僕の肩を叩いた。 これで姉様を守れる。僕は姉様を探した。でも屋敷のどこにもいない。 ピアノの音が聞こえたので、その部屋の扉を開けた。やっぱり姉様が弾いていた。でも、隣にはレジーが……。 「姉様! 僕、母様に勝ちました。姉様を守ります!」 「悪いけど、アルに守ってもらう必要ないから」 姉様は立ち上がり、レジーに寄り添った。二人で光の道を歩いていく。 「待ってください! 姉様!」 二人の姿が光に包まれて消えた。 「姉様――」
目が覚めた。夢をみていたらしい。……夢でよかった。まだ夜明け前だ。でも、もう眠れそうにない。 ベッドに横になったまま思いを巡らせる。 相関図を作って母様と姉様を守ると決意したけれど、一晩明けてみると、まだ冷静になれていなかったことに気付いた。そもそも本当に姉様はレジーを、レジーは母様を好きになったのか? もしかしたら僕の思い過ごしかもしれない。できればそうであってほしい。まずそれを確かめなくては、何もできない。 そう思って、昨日姉様の部屋に行ったんだけれど……。
姉様は手紙を読んでいた。 「恋文ですか?」 「そう。『花より美しいあなたを思うと夜も眠れない』とか、『宝石よりまばゆくて直視できません』とか、『あなたは私の太陽だ』とか、くだらない文章ばかりよ」 恋文にうんざりしている姉様だけど、一応全部目を通している。他の手紙が紛れ込んでいる可能性もあるし、誠意には誠意で応えよ、という両親の教えがあるからだ。 「これなんかひどいわよ。『演奏会であなたを見かけて運命を感じた』ですって。音楽が好きな人なら誰でも行くでしょ。運命も何もないじゃない」 確かに同じ演奏会を鑑賞したくらいで運命と言われたら、たまったものじゃない。姉様はいらない手紙を一か所にまとめた。後で使用人の誰かが取りに来て処分してくれる。 「アル、何か用なの?」 「あ、はい……」 怖いけれど、勇気を出して確認しなくては。 「……姉様は、レジーのこと……す、好きなんですか?」 姉様の頬が赤く染まった。 「……嫌いじゃないけど」 わざと素っ気なく答える姉様。これは……間違いない。一縷の望みが打ち砕かれてしまった。 「そ、そうですか……」 「ちょ、ちょっと。勘違いしないでね。セッションが楽しかったし、ピアノやバイオリンの演奏に感心しただけよ」 強がりが逆に姉様の本音を語っている。ああ、僕だけの姉様だったのに……。でも、待てよ。レジーの気持ちを知ったら引くかもしれない。潔癖な姉様だ。年上の人妻に熱を上げてるなんて、許せないだろう。 「……レジーは母様が好きみたいですよ」 「それはそうでしょうね」 ――え? 姉様、いいんですか? 「お母様を嫌う人はいないと思うわ」 ――あ、そういう意味ですか……。姉様まで天然だったとは知らなかった。 「姉様、そうじゃなくて……。レジーは母様を素敵な女性だって言ったんです」 「私もそう思うもの。誰だってお母様に惹かれるわ」 「だから、世間一般的な意味じゃなくて……」 どう話したら姉様に伝わるだろう? 「――レジーは母様に恋をしてます」 思い切ってストレートに言った。姉様がきょとんとした。そして……笑い出した。 「それはないでしょ。人妻で二人の子持ちよ? 何歳離れてると思うの? 音楽にしか興味なさそうなレジーが、どうしてお母様に特別な思いを抱くわけ?」 「だって、レジー本人がそう言ったんですよ?」 「アルの考え過ぎよ。貴族の男性なら社交辞令の一つくらい言うでしょうし、実際お母様は誰からも好かれる人だもの」 母様の天然ぶりが姉様に受け継がれていることを確信したが、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
姉様がレジーに恋をしたことは確かだ。これを阻止しなくてはならない。その前にレジーの心も確認しないと、どんな手を打てばいいかわからない。姉様と両想いなんてことになるのは嫌だし、母様に恋慕されても困る。せいぜい友達、百歩譲って兄妹、家族みたいな関係でいてほしい。それが無理なら、一切関係を断つしかない。せっかく結んだ友情だけど、僕には姉様のほうが大事だ。ミシェルと連絡をとって、レジーと話す機会を作ろう。僕はそう思った。
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