どうにか姉様に追いついたけれど、姉様はどこか遠い目をして黙ったままだった。やっぱり心なしか頬が赤い。――姉様、本当にレジーのことを……? 尋ねるのが怖い。ミシェルを置いてきてしまったけれど、それどころじゃない。 屋敷に着くと姉様は自分の部屋に直行してしまい、出迎えようとした母様と入れ違いになった。 「アル。ユリアはレジーに謝れたのですか?」 「はい。……でも……」 「許してくれなかったんですか?」 「違います」 母様にどう言ったらいいのかわからない。 「演奏会で何かハプニングでも?」 「そういうわけでは……」 「……ユリアは素直になれないところがありますから、照れているのかもしれませんね」 ある意味正しい推測だけど……。 「あの、母様」 「何ですか?」 「……レジーが、母様を好きだって」 「それはうれしいですね」 ――母様のことだ。きっとレジーが自分に恋心を抱いているとは思わないだろう。 「また遊びに来てくれるといいですね」 「……そうですね」 母様に相談するのは難しそうだ。話すなら、お祖父様か父様のほうがいい。でも、僕もまだ混乱している。 とりあえず自室に戻って深呼吸する。一度落ち着いて頭の中を整理してみよう。 僕とレジーは友達になった。レジーは他の男とは違い、姉様を異性としては意識していない。ただ、姉様のピアノの才能は買っている。姉様はそんなレジーに好意を抱いたらしい。あんな姉様は初めて見た。でも、レジーは母様に好意を持った。もちろん母様には父様という立派な伴侶がいて、仲睦まじく過ごしている。レジーを恋愛対象として見る可能性は限りなくゼロに近い。父様は母様を熱愛してるし、ユリア姉様を預けられるのはそれなりの男だけだと考えている。僕も両親の仲は認めているし、姉様を簡単に任せられる男はいないと思っている。 ……何なんだ、この関係図。父様と母様以外はみんな一方通行じゃないか。あ、僕とレジーの友情も例外か。でも、十二歳の少年になんという現実を突きつけるんだろう。 僕はレジーが嫌いじゃない。いい人だと思う。でも、姉様の心を奪ったり、母様を異性として慕うとなると話は別だ。 今まで姉様を好きになる男性はいても、姉様が好きになる男性が現れるなんて考えたこともなかった。姉様の隣は僕の指定席だった。それを譲るつもりはない。 母様の隠れファンがいるらしいということは噂で聞いていた。けれども母様と父様の絆はとても強いし、万が一母様に手を出したら、その男性は父様に殺されるだろう。もしかしたら、お祖父様も父様と同じ思いかもしれない。レジーには死んでほしくないし、そもそも母様に横恋慕するのはやめてほしい。 ――結局、僕は姉様の思いもレジーの恋心も認めることはできない。友情や他の関係であってほしい。そうなると、僕が取るべき行動は……。 僕は長男で跡取りだ。家族を守り、幸せにする責任がある。必ず母様も姉様も守ってみせる。僕はそう決意した。
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