(七)その恋、認めません
決闘から五日経って、ミシェルが訪ねてきた。 「ユリアさん、どう? レオに話したら、元気か確かめてこいってうるさくて」 「うん……。最初ちょっと引きこもってたけど、今は普段通りだよ」 僕は正直に話した。 決闘の翌朝には、姉様はいつものように食堂に姿を見せた。生活もいつもと同じだった。おそるおそるレジーのことを怒ってないか尋ねると、感情的になって申し訳ないことをした、と反省していた。 「そっか。レジー兄様も気にしてたから……」 ミシェルが少し安心した顔になった。 「レジー兄様って音楽馬鹿だし、熱くなると周りが見えなくなるから……。アルにキレたのも、名前だけじゃなくて自分の夢まで笑われたみたいに感じたからだって」 「あれはやっぱり僕が悪かったよね。でも、もう和解したし。――それより、姉様がレジーにひどいことを言ったって気にしてるんだ。きちんと謝りたいって」 「楽団の練習で忙しいみたいだけど。……あ、定期演奏会に行けば会えるよ」 宮廷の楽団は公式行事に駆り出されることが多いけれど、施設慰問をすることもあるし、より多くの人に親しんでもらうために定期的に演奏会を開いたりもしている。ちょうど来週にその予定があった。 「じゃあその時、姉様と一緒に楽屋に行けばいいのか」 「そういうこと」 「音楽も聴けるし、レジーに謝ることもできるし、姉様にとっては一石二鳥だな」 「僕も一緒に行くよ。そのほうが会いやすいだろ?」 「ミシェル、いいの?」 「友達だろ? それに、ユリアさんのためなら何でも喜んでするよ」 持つべきものは友達だ。僕はさっそく姉様に知らせることにした。
定期演奏会はたくさんの人で賑わっていた。伝統があるし、演奏の質も高いのでファンが多いのだ。僕は姉様とミシェルと席に着いた。姉様の横に他の男が座らないよう、僕とミシェルで姉様を挟む形にした。ミシェルは姉様の横顔に見惚れている。姉様の目はずっと舞台に向けられていた。 目新しい曲はなく、どちらかというと馴染みがあるものばかりだったが、聴衆を魅了するには十分だった。レジーは前列でバイオリンを弾いていた。入ったばかりなのにソロのパートを少し担当していて、レジーの実力を改めて見直した。 演奏会が終わると、ミシェルに連れられて楽屋に行った。個室ではなく大部屋だ。姉様を見て驚いた男たちが何人もいた。 「レジー兄様、お疲れ様でした」 ミシェルの声に、バイオリンの手入れをしていたレジーが振り向いた。 「来てたのか。ユリアとアルも?」 「はい。演奏会、とてもよかったです」 「あの、これ……」 姉様がレジーに花束を渡した。 「……本当に素敵だったわ。ソロを任されるなんてすごい」 「ありがとう」 レジーは笑顔で花束を受け取った。 「……この間はごめんなさい」 姉様が頭を下げた。 「私、感情的になりすぎてた。ひどいこと言っちゃって……」 「俺のほうこそ、いきなり土足で踏み込むような真似をして悪かった」 「ううん、レジーは悪くないわ。私のために言ってくれたんでしょ? ――あんなこと言ってくれたの、レジーが初めて」 僕は姉様の顔が少し赤いことに気付いた。 「これはお詫びのしるし」 姉様がリボンをかけた箱を取り出した。 「よく手紙を書くって聞いたから。ミランダ・レッドフォードの個展に来てたでしょ? 会場で売ってたポストカードよ」 「こんなに? 売り切れもあったはずだけど」 「ミランダ・レッドフォードって伯母だもの。この間の決闘にも来てたのよ」 「知らなかった。言ってくれたらよかったのに」 「一人一人ちゃんと自己紹介しなかったから……」 ――気のせいだろうか。姉様が恥らっているように見える。 「……あの……。よかったら……今度相談に乗ってくれる?」 「何の?」 「……ピアノのこと。私が先生に習うのをやめた理由も、レジーならわかってくれる気がする」 「俺でよければ話してみて」 「……またちゃんと時間をとって話すわ」 ――何だろう、この空気は。まさか、姉様……。 「じゃあ、私はこれで」 姉様が出口に向かった。慌てて後を追いかけようとしたが、レジーに腕をつかまれた。 「アル、ちょっと待て」 「放してください、姉様を一人にできない」 「お前の母君、何て名前だ?」 「母様の名前? セイラですけど」 「セイラさんか。――あの人にぴったりだ」 「は?」 振り返るとレジーは遠くを見ていた。 「素敵な女性だよな。きれいで優しくてかわいらしくて……。すねてるアルに声をかけた時なんか、聖母みたいだった。俺にも笑顔を向けてくれて……」 ――何、この展開。 「レジー兄様、まさかアルの母君のこと……」 「……好きだなんて言わないですよね?」 ミシェルと二人でレジーに問いかけた。 「ああ、好きだよ」 レジーがはにかんでいる。――冗談だと言ってほしい。頭が混乱してくる。 「レジー、母様には父様がいるから。今も熱愛中だから。――ああ、姉様を追いかけなきゃ!」 僕はやっとレジーの手を振りほどいて駆け出した。
|
|