みんなが帰って夕食の時間になっても、ユリア姉様は顔を出さなかった。自室に閉じこもっているらしい。 「ユリアは大丈夫かな?」 お祖父様も心配している。 「後で食事を持って行って、様子を見てみますね」 母様が答えた。僕も姉様のことが気がかりだった。 父様が少し遅れて食堂に現れた。仕事が長引いたそうだ。決闘の様子と事の顛末を聞き、父様は複雑な表情を浮かべた。 「素晴らしい戦いだったのと、アルに新しい友達ができたのはよかったが……。レジーの言葉がユリアの心に刺さってしまったわけか」 「彼に悪気はなかったんだ」 「義父上、わかってます。ユリアも難しい年頃ですから」 「私にもあまり本音を話してくれませんし」 突然ピアノの音がした。テンポの速い、激しい曲だ。姿を見なくても、姉様が激しく鍵盤を叩きつけているのがわかる。 「……言葉の代わりでしょうか」 母様が寂しそうに微笑んだ。 姉様がこんな弾き方をするのは久しぶりだ。やりきれない思いをこうやって発散しているのだろう。しばらくすると、穏やかな優しい曲調に変わっていく。気持ちが落ち着いてきた証拠だ。 「ユリアが助けを求めてきたら、力になろう。今は信じて見守ろうか」 父様が母様の肩を抱いた。 「……そうですね」 母様が頷いた。 姉様のピアノの音色を聞きながら、僕たちは食事を再開した。
姉様が先生からピアノを学ぶのをやめたのは何故だろう。本当の理由を僕は知らない。 「先生のために練習するのが嫌になったから」 姉様はそう話した。当時は僕も小さかったから、そうなのかと納得した。でも、姉様は必ず毎日ピアノに触れる。新しい楽譜を欲しがったり、新曲が聴ける場所には顔を出したりする。そして自分なりに熱心に勉強する。ピアノ自体が嫌いというわけではないのはわかっている。けれども先生だけが理由というのは違う気がするのだ。先生と相性が合わないのなら、他の先生に頼めばすむ話だ。 どことなく気になりながらも、姉様を傷つけそうで、僕はこの件には触れずにきた。お祖父様や両親もそうだ。もしかしたら、お祖父様か母様は本当の理由を聞いているかもしれないけれど。 レジーがあんなことを言わなければよかったのかもしれない。そうすれば姉様の心も穏やかで、楽しいお茶会だったはずだ。でも、レジーを恨む気にはなれない。レジーとセッションしている姉様はとても楽しそうだった。僕の演奏を褒め、僕を対等な友と認めてくれたレジーだ。一見無愛想だけど、本当はいい人なんだと今日わかった。 姉様は今どんな気持ちなんだろう。チビの僕じゃ力になれないだろうか。子供の自分が恨めしい。 明日には元気になっていてほしい。流れ星でも見えれば願い事を唱えるのに。 自分の部屋の窓から、僕は星空を見上げた。
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