「バイオリンが専門と聞いたが、ピアノの腕も大したものだ」 レッドフォードのお祖父様が感心してレジーに話しかける。 「元々両方やってたんですけど、バイオリンのほうが面白かったので途中で一本に絞ったんです」 「留学でどんなことを学んだの?」 「音楽の基礎と音楽史、あとはひたすら練習と発表ですね」 ミランダ伯母様の質問にもレジーは素直に答える。 「俺からも聞きたいことがあるんですけど」 「どうぞ」 お祖父様に促されてレジーは姉様のほうを向いた。 「ユリア……だよね? 君はどこでピアノを学んでるんだ?」 「九歳まで先生についてたけど、あとは独学よ。趣味で弾いてるだけ」 姉様はこともなげに言った。 「それであれだけアレンジを弾けるのか? 即興だろ? もったいない、真面目に勉強すればプロのピアニストになれるのに」 「そんなつもりないわ。レジーこそ、超絶技法すごかった。情感もあふれてたし」 「ユリア姉様は音楽にはシビアだから、レジーは自信を持っていいですよ」 僕は口を挟んだ。 「どうせなら、バイオリンを褒めてほしいな」 「じゃあ、そろそろお願いできるかい?」 みんなの拍手に応えるように、レジーは立ち上がってバイオリンを構えた。 弦が音を奏で出す。『フェリシア讃歌』。名君ルドルフ・フェリシアの功績を称えて作られたこの曲は、この国の人間なら誰もが知っている。優雅に荘厳に、柔らかい音色がルドルフの人柄を語る。誰もが拍手を惜しまなかった。 「ユリア、セッションしないか?」 「面白そうね」 レジーの誘いに姉様も乗った。簡単な打ち合わせをしただけで、バイオリンとピアノで即興のハーモニーを奏でる。初めてとは思えないほど息がぴったり合っていた。ミシェルなんか溶けてしまいそうな顔をしている。 拍手と賛辞が終わらない。レジーが姉様に言った。 「本当はピアノが大好きで、もっとうまくなりたいんだろ?」 「そうじゃなきゃ弾かないわよ」 「だったら先生から離れたのは何故だ? 指導者がいないと正しく上達しないことはわかるはずだ」 「……レジーには関係ない」 「音を聴けばわかる。いい音をしてる。凛として、ひたむきで……。君は向上心が強い人だ。もっと上に行きたいって思ってるのに、自分でそれを阻んでる」 「今日会ったばかりの人に言われたくない!」 姉様は部屋を出て行ってしまった。気まずい空気が流れる。 「……ユリアもいろいろ悩んでるんです。今はそっとしておいてあげてください」 母様がみんなに言った。お祖父様がレジーに謝る。 「ユリアのために言ってくれたのに、申し訳ないね」 「いいえ。俺もちょっと立ち入りすぎました」 レジーは大きく息を吐いた。 「ねえ、アル。もう一度『星たちの歌』弾いてくれないかしら?」 レッドフォードのお祖母様に言われて、僕はもう一度ピアノの前に座った。 「俺が伴奏してやるよ」 レジーがバイオリンを構えた。 ミスなく弾けた『星たちの歌』だけど、少し切ない曲になった気がした。
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