翌日の午後、ミシェルとレジーがやってきた。レッドフォードの祖父母もミランダ伯母様も昼食から来ていて、聴衆はそろっている。 「初めまして。レジーナ・エンドルフィです。レジーと呼んでください」 レジーがにこやかに挨拶した。 「レジー君、わが家へようこそ。こんな風流な決闘なら大歓迎だよ」 お祖父様が笑顔で迎えた。 「ここにいるのはみんな家族や親戚だから、気楽にしていいよ」 僕とミシェル、レジーと姉様以外はみんな楽しそうだ。 母様がお茶を勧めたが、レジーは断った。さっそく決闘が幕を開ける。先に演奏したのはレジーだった。――『子ギツネのワルツ』。超絶技法で有名なこの曲を、素人の子供相手にぶつけますか? 大人げなさすぎる。それだけ怒りが大きいってことだけど。 全くミスがない上に、実際に子ギツネが駆け回っている様子が浮かんでくる。レジーの演奏が終わると、聴衆は大きな拍手を送った。姉様も感心した顔で拍手している。……この後に弾くのは非常にやりにくい。 僕は腹を決めてピアノの前に座った。大きく深呼吸して指を鍵盤に置く。姉様の言うとおり、ハートで勝負だ。繰り返し練習した『星たちの歌』を、心を込めて弾いた。母様が好きな曲で、僕たちの子守唄でもあった。優しい母様の歌声を思い出しながら指を動かした。 ところが、緊張で汗ばんでいたせいか、途中で指が滑った。不協和音が響く。僕は頭が真っ白になり、それ以上弾けなくなってしまった。 (どうしよう……) 沈黙が続く。みんな僕を見ている。焦る一方で何もできない。やがて姉様が寄ってきた。 「アル、代わって」 「え、でも……」 「助っ人がいてもいいんでしょ?」 姉様に促されるまま、僕は椅子から立ち上がった。姉様が僕を押しのけて座り、ピアノに手を伸ばした。美しい和音が奏でられた。 (え? これは……) 僕が弾いていた『星たちの歌』だった。でも、姉様は即興でアレンジして見事な変奏曲にしてしまった。本来の曲の優しさ、柔らかさが幾重もの旋律で表現される。 最後の和音が消えても、しばらく誰も動けなかった。レジーも口を開けて呆然としている。 「――素晴らしかった!」 お祖父様が拍手した。つられてみんなも姉様に拍手する。 「これは優劣つけがたいな。どっちも感動したよ」 「本当に。でもどちらか選ぶのなら、わしはレジーを支持する。ユリアも素晴らしかったが、レジーの演奏は本当に子ギツネが踊っているようだった」 お祖父様二人が意見を述べた。 「私はユリアのほうが馴染みのある曲でよかったわ」 お祖母様は姉様を選んだ。 「私はレジーの超絶技法に軍配を上げるわね」 これはミランダ伯母様の意見だ。 ――姉様のおかげで勝てそうだけど、僕は複雑だ。僕とレジーの決闘だったはずなのに、姉様とレジーの勝負になっている。情けなくて涙が出そうになった。 「アルの演奏もよかったですよ」 母様が僕の肩に手を置いた。 「私のために弾いてくれたでしょう? アルの気持ちが音にこもってました」 母様が微笑む。不覚にも涙がこぼれてしまった。母様は優しくそれを拭ってくれた。 「そうだね。苦手なピアノを一生懸命頑張ったね」 お祖父様も褒めてくれた。 「ええっ? お前、ピアノ苦手だったのか?」 レジーが驚いた顔をする。何をいまさら……。 「だったら悪いことをしたな。アルフレッドの得意な楽器に譲歩したつもりだったんだが」 一方的に決めたくせに。けれど僕にも落ち度がある。レジーが続けた。 「でも、この勝負お前の勝ちだ。途中でミスして止まったけれど、確かに心が伝わった。大人げないことをしてすまなかった。名前をからかわれるのは慣れてるはずだったのに」 「……僕も悪かったんです。人の名前を笑うなんて」 「決闘は決闘だ。アルフレッド、俺をどうする?」 「アルでいいです。僕もレジーって呼びますから。……そうですね。せっかく勝ったから、ここでバイオリンの演奏をお願いできますか?」 「お安い御用だ。ちゃんと持ってきてる」 レジーが手を差し出した。僕たちは今度こそ友情の握手を交わした。 「一息入れませんか?」 母様が笑顔で声をかける。大人数のお茶会が始まった。
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