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作品名:アルフレッドの憂鬱 作者:光石七

第1回   (一)僕の家族を紹介します
(一)僕の家族を紹介します


 僕の名前はアルフレッド・グレイヴィル。十二歳。みんなからは「アル」と呼ばれている。まだ子供だけれど、グレイヴィル伯爵家の長男で跡取り息子。グレイヴィル家といえば、この国では少しは名の知れた名家だ。代々軍人として宮廷で国王に仕えてきた。必ずしも軍人にならなくてもいい、と言われているが、僕はまだ自分の将来をはっきり決めていない。とりあえず屋敷で教養や武術等の教育を受けている。屋敷は宮廷からそう遠くはない。僕は祖父と両親と姉とともにそこで暮らしている。
 ここで、僕の家族を簡単に紹介する。
 祖父はアーサー・グレイヴィル。屋敷の家長だ。信頼の厚い近衛隊の幹部だったが、もう引退して、孫の教育係を引き受けている。いつも穏やかで柔和な人で、僕はお祖父様のことが大好きだ。
 父はトーマ・グレイヴィルという。国王であるルーファス陛下の片腕として知られている。要職ではないが、常に陛下の傍らでサポート役を務めている。凛々しくて頼りになり、家庭でもよき父、よき夫として僕たちを愛情で包んでくれる。
 母の名前はセイラ・グレイヴィル。優しくてきれいな自慢の母だ。常に笑顔で謙虚、誰に対しても態度を変えない。ちょっと変わった経歴を持っているが、それは追々説明することにして……。
 姉はユリア・グレイヴィル。僕より四歳年上で、芸術的感性が豊かな美しい姉だ。まだ相手は決まっていないが、目下花嫁修業中、というところだろうか。僕は姉様よりも美しい女性を見たことがない。その容姿のせいで恋文は後を絶たず、ダンスの相手を誰が務めるか、晩餐会や舞踏会のたびに争奪戦になっている。もっとも、姉様は全く相手にしていないが。冷たい瞳が逆に男性の心に火をつけるようだ。
 他に、執事のクロードやメイドのハンナを始め、十人ほどの使用人も一緒に住んでいる。みんな僕たちと屋敷のために喜んで働いてくれている。
 ざっと紹介すると、こんなところかな。


「――アスコット戦争が終わった後に即位したのが、ルドルフ・フェリシアだ。ルドルフは公共事業と福祉政策に力を入れた。交通網を整備したり、孤児院や病院を増設したり、国民のために尽くした偉大な王だ。その志は子供のフィリップや孫のレイモンドにも受け継がれ、この国の大きな土台になった」
「わかりました」
 お祖父様から歴史を教わっていた。
「アルフレッドはセイラに似て頭がいいね。教えやすい」
 お祖父様がにこにこしながら褒めてくれる。
 実は僕とお祖父様は血がつながっていない。母様がお祖父様の養女で、父様が婿養子だからだ。でも、血縁云々にかかわらず、僕たちを可愛がってくれる。お祖父様は母様が子供の頃にもこうやって教えていたらしい。
「お祖父様の教え方がいいんだと思います」
「うれしいことを言ってくれるね」
 お祖父様が窓から外を見た。
「アル、机での勉強はここまでにしようか。天気もいいし、外で体を動かそう」
 お祖父様と一緒に庭に出ることにした。
 廊下を歩いていると、扉が開いている部屋があった。中では母様と姉様が編み物をしている。
「違うわ。ここの目をこうやってすくって……」
 言葉だけ聞けば、母が娘に教えている微笑ましい図だと思うだろう。
「だから、そこじゃないの! 何度言ったらわかるの、お母様?」
 ……そう。教えているのは姉様で、教わっているのは母様のほうだった。
「……難しいですね」
 母様がため息をつく。お祖父様がにこやかに声をかけた。
「セイラは他のことはできるくせに、裁縫や編み物だけは昔から駄目だったね。マリーもいつも嘆いてた」
 マリーとはお祖母様の名前だ。母様が父様と出会う前に、病気で亡くなっている。
「よくお父様と結婚できたわね」
 姉様の言葉に母様がしょげてしまう。普通の貴族の女性なら、当然身につけているべきことではある。お祖父様が母様を慰めた。
「トーマ君が惚れたのは手先の器用さじゃないからね。不器用なところも含めて、とにかくセイラにぞっこんだった。まあ、今もそうだけど」
 確かに両親は仲睦まじい。いつまで新婚気分なんだと、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。一度こっそり二人の寝室を覗いたことがあるけど……。あまりの衝撃に、僕はあの時見た光景を誰にも言えないままだ。
「お祖父様もお父様もお母様に甘いのよ。娘に教わるなんて、恥ずかしいと思わなきゃ」
「恥ずかしいと思ってますよ。でも、何度練習してもこれだけはできなくて」
 母様はもう一度ため息をついた。
「今年こそトーマに手袋を編んであげたいのですが」
「基本もできないのに、いきなり手袋は無理でしょ」
 姉様の言うことはもっともだ。ますます母様は肩を落とした。わが母ながら、少女のようで愛らしい。
「アル、これから剣の稽古?」
 姉様が僕とお祖父様が剣を持っていることに気付いた。
「はい、ユリア姉様」
「私が相手をしましょうか?」
 落ち込んでいた母様がにっこり笑った。


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