(八)Kのエピローグ
「――結局、ケイ君も被害者だったんだよ。望んでああなったわけじゃない」 「最初は暗い寂しい人だと思ったけれど……。すごくいい子だった……」 愛川といづみがテーブルで話している。 「えるともよく遊んでくれて……。まさか、あんなことになるなんて」 いづみが手で顔を覆った。 「本当に……。まさかケイ君が……」 愛川も涙をこらえているようだ。 「――カット!」 えるが声をかけた。 「パパ、もっと真面目にやって!」 「真面目にやってるよ」 「ちゃんと泣くの!」 「俳優じゃないから無理だよ」 愛川がえるに抗議する。 「……俺の出番まだ? える監督」 ケイが横からうんざりした声を出す。 「ケイくんはちゃんとセリフ覚えて!」 いづみがくすくす笑っている。 小学生になったえるは、ドラマ好きが高じて脚本を自分で書くようになった。愛川といづみ、ケイにそれを演じさせることに喜びを見出していた。 「じゃあ、もう一回。シーン18からね」 「……数字なんか打ってないだろ」 ケイのツッコミを無視して、えるは「スタート!」と言った。愛川夫妻の演技に、ようやくOKを出す。 「次はケイくんね。シーン63!」 「……だから、なんで数字がめちゃくちゃなんだよ」 「いいから! 行くよ!」 えるにどやされ、ケイは渋々スタンバイした。スタートの掛け声がかかる。 「……俺、愛川さんたちに出会えてよかった。えるに出会えてよかった。人が……こんなに温かいなんて……」 ケイは拳を握りしめた。 「俺は……もう『K』じゃない。『風守ケイ』として生きていくんだ」 ケイは顔を天井に向けた。 「える……。ありがとう」 「――はい、OK!」 えるは満足げだ。 「あのさあ……。お前、カッコイイと思うセリフと、自分が言ってほしいこと書いてるだけだろ?」 「うん、そうだよ? 今度ケイくんにプロポーズしてもらうから」 えるはにこにこしている。隣の部屋のソファから、モモが薄目を開けて四人を見ていた。 「……断る」 「なんで?」 「なんででも!」 「だから、なんで?」 収拾がつかない。愛川が時計を見て、ケイに言った。 「ケイ君、そろそろだよ?」 「あ、本当だ。える、またな」 ケイは愛川家を出ていった。
ケイは自宅のパソコンを起動させた。――ケイは今、情報処理技術者の資格を取るため、インターネットで受講しているのだ。高卒認定試験には昨年秋に合格した。やはりインターネットで受講して試験に臨んだのだ。時間を決めて勉強したほうがいい、というのは愛川のアドバイスだった。 「――質問をメールして、と」 送信ボタンを押す。今日の学習は以上だ。 風吹の餌だけいつものサイトで注文し、ケイはパソコンの電源を落とした。もう『Kの遊び場』はない。 「何だよ、風吹? 何か言いたげだな」 風吹がケージの止まり木からケイを見ていた。 「あ、これか?」 机の端に、えるが書いた脚本を置いていた。 「……いつもながら、すげぇセリフばっか。あいつ鬼だぞ。そのうち、風吹まで出演させられたりしてな」 風吹が首を回した。 「お前も嫌か?」 風吹は肯定するかのようにまぶたを閉じた。 「俺もいい加減嫌なんだけど……。つきあわないとうるさくてさ」 そう言いながらも、どこかケイはうれしそうだった。 「今日の決めゼリフはこれだな」 ケイは脚本の中から一つのセリフを読み上げた。 「俺はもう『K』じゃない。『風守ケイ』として生きるんだ」 風吹は目を閉じたまま、ケイの声に耳を傾けていた。
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