(七)Kの涙
ケイは何もする気力がなかった。ずっと部屋に閉じこもったままだった。チャイムが何度か鳴った気もするが、出ようとしなかった。 風守新とは全く面識はないし、お互い存在も知らなかった。ケイが風使いであることも向こうは知らないだろう。風使いの存在自体を信じていないかもしれない。だが、一族の者だということは確かだ。言い伝えをもとに、本を書いたに違いない。 風吹の世話も忘れていた。ケージの掃除も餌やりもしていない。お腹がすいたのか、風吹が激しく鳴いている。 「うるさい!」 振り向いて怒鳴りつけた。風吹が大きな目でケイを見ている。ケイは我に返った。 パソコンを立ち上げ、日付を確認した。 「……二日も経ってたのか」 餌を準備して、風吹に与えた。ものすごい勢いで啄んでいく。ケイは自分の食事も用意した。いづみが作り置きしてくれた冷凍チャーハンを温め、ペットボトルのウーロン茶をコップに注いだ。 チャーハンを口に運びながら、涙がこみ上げてきた。一人は慣れているはずだった。両親が死んだ時でさえ、泣くことはなかった。悲しいと思わなかったのだ。 なんとかチャーハンを平らげ、ケイはソファにひっくり返った。また涙が出てくる。もう流れるに任せた。
玄関のチャイムが鳴った。インターホンの画面を覗く。――やはり愛川だった。涙を拭い、思い切って受話器を取った。 「ケイ君? 話したいんだけど、上がってもいい?」 ケイは玄関のドアを開けた。二人とも無言のまま部屋に入った。 「……パソコンをしてたのかい?」 日付を確認してそのままだった。 「……いえ。立ち上げただけです」 「――僕の同級生の風守とは知り合い?」 「違います。でも……遠い親戚だと思います」 またしばらく無言が続く。愛川がおもむろに口を開いた。 「――風守に聞いたよ。由緒ある一族だそうだね。古い言い伝えもあるとか」 「ええ」 「優秀な血筋なんだろうね。風守もケイ君も……」 「……ありがとうございます。お茶、淹れますね」 ケイは台所に立った。コップを二つ用意し、ウーロン茶を注いだ。 「どうぞ」 愛川の前にコップを一つ置き、自分の分も置いた。 「ケイ君、君は……あのページを作った意図は何だい?」 ケイは答えられなかった。 「……面白半分で、隠れコマンド的に作っただけだろう?」 ケイは黙ったままだ。 「殺人の依頼なんて……ただの遊びだよね?」 ケイは下を向いた。体が震えている。愛川の目も潤んでいた。 「……愛川さん。俺、逮捕されますか?」 ケイが口を開いた。 「ああいうサイトを作ったこと自体は……大丈夫だと思う。面白半分で依頼を書き込んだ人がいるかもしれないけど……。実際に人を殺したわけじゃないだろう?」 ケイはまた黙ってしまった。代わりに涙が床にぽとぽと落ちていく。 「君に人殺しなんて……できないだろ?」 愛川がティッシュを差し出してくれた。ケイは震える手でティッシュを一枚取り、鼻をかんだ。 「――できるんです。誰にもわからないように」 ケイは顔を上げた。 「うちの言い伝えを聞いたのなら……わかりませんか?」 「……ただの言い伝え、迷信だろう? 風守もそう言ってた」 「迷信ではなく、事実です。俺が……百年に一度の……」 ケイは声を詰まらせた。 「――『風使い』か」 愛川が言葉を引き継いだ。ケイが必死に言葉を紡ごうとする。 「……はい。俺……風を操れて……。その力で……」 「……まさか……『かまいたち』……?」 ケイは頷いた。愛川は驚きのあまり言葉を失った。 「俺……逮捕されますか?」 ケイはじっと愛川の顔を見た。風吹は満腹したのか、眠っていた。
『かまいたち事件』は、Q県の模倣犯以降起こらなかった。現代の奇病だったのか、誰かが意図的に仕組んだものだったのか。すべては未だ謎のままだ。
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