(六)本物のK
いつものようにインターネットを立ち上げた時、ケイはニュースの見出しに驚いた。 「Q県でNPO代表死亡、『かまいたち』か?」 ケイはまだ仕事の依頼を受けていない。記事をクリックして詳細を読む。被害者の名前と年齢、死亡日時と場所の他には、首の傷から出血して死んでいるのが発見された、ということしかわからなかった。 (どういうことだ?) 模倣犯ということになるのだろうが、今地上にいる風使いはケイだけのはずだ。 いづみとえるが公園に誘ってくれた。ブランコに乗るえるの背中を押してやりながら、ケイは心が晴れていくのを感じた。砂場にすべり台、ジャングルジム。えるはあちこちケイを連れ歩く。つきあうのに一苦労だが、心地よい疲れだった。 帰りにおんぶをせがまれ、ケイはえるを背中に乗せた。子供の体温が気持ちいい。いつのまにか、えるは眠っていた。 「愛川さん、忙しくなるんですかね?」 「どうして?」 ケイの問いかけに、いづみは不思議そうな顔をした。 「さっき、ネットのニュースで読んだんですよ。『かまいたち』が出たって」 「どこで?」 「Q県です」 「そう……。どこにどんな犯人がいるか、わからないものね」 いづみは眉をひそめた。 いづみとえるを愛川家に送り届け、ケイは自宅でテレビをつけた。ニュースをみたが、やはりQ県の『かまいたち事件』の詳細はまだわからないらしい。 「気にしても仕方ないよな……」 そうだ、と言うように、風吹が一声鳴いた。
三日後にQ県の『かまいたち』が逮捕された。被害者に恨みを持っていた知人が自首したのだ。目撃者がいなかっただけで、ナイフで首を切りつけたらしい。他の件には関与していない、と供述しているということだった。当然だ。だが、久しぶりに今までの『かまいたち事件』の特集がワイドショーで組まれた。 もともとワイドショーは好きではないが、『かまいたち』本人であるケイはテレビをつけるのが億劫になった。ニュースはネットでもチェックできる。数日経てば騒ぎも収まるはずだ。 そんな時、仕事の依頼が入った。報道に刺激されたのだろうか。おそるおそる依頼者とターゲットの情報を読む。――よりによって、県内だった。 ケイは依頼者と連絡をとるか迷った。別に放置してもいいのだ。まだ貯金は十分あるし、依頼者はケイのことを知らない。ちょっと過激な情報をネット上でやりとりしただけだ。――だが、今までこれで生活してきた。他の生き方なんてわからない。 結論が出ないまま、一週間が過ぎていった。
夜、玄関のチャイムが鳴った。インターホンの画面を見ると、えるがしょんぼりと立っている。ケイは玄関を開けてやった。 「どうした? 叱られたのか?」 えるは首を横に振った。 「パパが困ってるの。パソコンの前で動かない」 何かトラブルが発生したのだろうか。そういえば、新手のコンピュータウィルスのニュースも最近あった。 「俺が行ってみようか」 ケイはえると愛川家に向かった。 愛川はパソコンの前に座ったまま固まっていた。 「愛川さん、ウィルスですか?」 ケイが声をかけた。 「……ケイ君。……なんだい、これ……」 パソコンの画面に表示されていたのは、ケイの仕事のためのブラウザだった。 「掲示板に書き込もうとしたら……こんなのが……」 ――キーワードを入力したのか。依頼者の間で、口コミだけで伝わっているはずだった。一族以外の人間が思いつくはずのない言葉。 「……何て入力したんですか?」 ケイは尋ねた。 「――『沈む風神』」 ダムの底に沈んだ祠から決めたキーワードだった。 「どうしてその言葉を……」 「……高校の同級生が、本を出したんだ。少しでも宣伝してくれって頼まれて。そのタイトルさ」 「……その同級生の名前は?」 「――風守新」 恐ろしい偶然だった。ケイは黙って愛川家を後にした。
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