(五)Kの悩み
ケイへの仕事の依頼はまちまちだ。二〜三件立て続けに来ることもあれば、数か月全く来ないこともある。報酬が大きいので、そう頻繁に仕事を受ける必要はない。ここ三か月、依頼は途絶えていた。 「……真面目に仕事探すかな」 愛川家で夕食を頂きながら、ケイが呟いた。貯金はあるが、一生それで生活できるかは保障がない。高校中退者の自分が就ける職は限られている。それに、愛川家の人々と親しくなってから、ケイは自分の仕事を後ろめたく思うようになっていた。 「専門学校に通ったらどうかしら?」 いづみが提案してくれた。 「風守さん、パソコン得意でしょ? 本格的に勉強して、SEとかになったらどう?」 愛川がついにパソコンを購入し、今日ケイが接続と設定を行ったのだ。 「ケイ君に向いてそうだ」 愛川が賛同する。 「今更、勉強したくないなあ……」 気乗りしないケイに、いづみは笑って諭す。 「中学や進学校の授業とは違うでしょ。自分の好きなことなら続けられるんじゃない? それに、これからの人生も考えなきゃ」 「いづみの言うとおりだよ。まだ若いんだし、手に職をつけたらこれから安心じゃないか」 愛川も頷いた。 「ケイくん、ホストになったら?」 えるが会話に口を挟んだ。 「アオイみたいにナンバーワンになるの。『ボクに落ちない犯人(ホシ)はいない』」 決めゼリフとポーズを真似たらしい。 「……柊クンはどうした?」 「もう終わったもん。今は『ホストな刑事』だよ」 「……子供が観ていいんですか?」 ケイが愛川といづみに聞いた。 「ほとんどコメディだし、そんなどぎつい場面はないから」 「あまりにバカバカしくて、逆に楽しいよ」 どうやら一家そろって観ているようだ。幼稚園児がホストに関心を持つのはどうかと思うが。 「ケイくんも観たらいいのに」 「……別にいい」 そんなドラマに興味はない。隣の部屋を見ると、ソファで寝ていたモモが伸びをしていた。だが、またすぐ丸くなってしまった。 「パソコンも買ったし、これでケイ君の家で借りなくてもすむな」 「一応ウィルス対策ソフトも入れてますけど、なんか変なことがあったら言ってください」 ケイが食事を終えた。 「ごちそう様でした。いづみさん、今日もうまかったです」 いづみに頭を下げる。 「風守さんがよく食べてくれるから、作り甲斐があるわ。優さん、食が細いんだもの」 「家計には優しいだろう?」 「飲み代で使うから一緒よ」 「毎日ビール一本だけじゃないか」 「外で結構飲んでるじゃない」 愛川夫妻のやりとりを、ケイは羨ましく思いながら見ていた。 「俺、もう帰りますね」 ケイが腰を上げた。 「専門学校、調べてみたらいい。今すぐ決めなくてもいいから」 愛川がアドバイスしてくれた。 「ありがとうございます。じゃ、また」 ケイは自宅に戻った。
部屋に戻ったケイは、風吹の餌をネットで注文した。他のフクロウがどうかは知らないが、風吹はあまり多くは食べない。おかげで餌代が浮いている。 「お前、本当はグルメなのか? 今の餌は気に食わないとか」 風吹は知らん顔だ。 「一応いろいろ調べていいのを選んでるんだぞ?」 風吹は首をぐるりと回した。 「ま、最近俺もいい物食ってるけどな」 ケイはもう一度パソコンに向かった。『パソコン』『専門学校』と入力し、検索する。いくつか出てきた。 「……何だよ、結局高卒じゃないと駄目じゃん」 高校中退とは愛川たちに伝えていない。入学するには、定時制や通信制で学び直すか、高卒認定(旧大検)を受けるしかなさそうだ。 「あーあ、やっぱ難しいか」 ケイはパソコンをシャットダウンし、ベッドに寝転んだ。 しかし、本当にこれからどうしたらいいか。真面目に考えると頭が痛くなってくる。 「……寝るか」 ケイは思考を止めて目を瞑った。
なかなか次の仕事の依頼は来ない。だが、ケイはほっとしていた。依頼が来ても受ける自信がない。だからといって、すっぱり辞める決心もつかなかったが。 ある日の午後、いづみとえるがクッキーを持ってきてくれた。 「『Kの遊び場』みたわ」 いづみがいつもの笑顔で言った。 「くだらなかったでしょ?」 「そんなことないわ。優さんに負けた恨みや、えるのいたずらも書いてあったし」 「……恨みってほどではないですけど」 「そう? 優さん、『名誉棄損で訴える』って言ってたわよ」 「……刑事に言われるとびびります」 「冗談だけどね」 いづみの目は優しい。えるがケイにクッキーの袋を差し出した。 「ケイくん、えるが焼いたクッキー食べてね。ハートだから」 「サンキュ。……。いつももらってばっかですいません」 「いいのよ。喜んでもらえるとうれしいから。えるの彼氏だしね」 「……公認しないでください」 いづみがくすくす笑った。 「今月、幼稚園の発表会があるんだけど。優さんの代わりに来ない?」 「気持ちはうれしいんですけど、やめときます。なんか浮きそう……」 「若いお父さん、お母さんも多いのよ。親戚が来るところもあるんだから、大丈夫よ」 「える、ひつじさんなの。ケイくんも来て」 えるがじゃれつく。 「……考えとく」 「絶対来てね!」 二人は帰って行った。
ケイは発表会に行くつもりはなかった。いづみやえるには悪いが、独特な空気があるだろうし、やはり気遅れする。 「発表会か……」 客席でハンカチを握りしめていた母と、カメラを構えていた父を思い出した。両親はどんな思いで見守っていたのだろうか。 ケイは何年かぶりにアルバムを探した。
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