(四)Kの戸惑い
それからケイと愛川家は互いに行き来するようになった。もちろん、ケイの仕事のことは内緒だ。愛川夫妻はケイのことを、両親の遺産で生活している寂しい青年と考えていた。ケイを気遣って、詳しいことは聞いてこない。だが、差し入れをしたり、食事や外出に誘ったり、何かと気にかけていた。学生時代までゲーム狂だったという愛川が、テレビゲームでケイと対戦することもあった。えるが恋人気取りで遊びに来たりもする。ケイも、初めこそ嫌だったものの、愛川夫妻の優しさやえるの無邪気さに、だんだん心が和むのを感じていた。えるのために子供用のゲームをダウンロードしたり、調べ物をしたいと言う愛川にパソコンを使わせてやったりするようになった。
愛川が非番のある日、ケイの自宅に集まりゲーム対決をした。 「愛川さん、卑怯ですよ。ゴール前にバナナを投げるなんて」 「そういうゲームだろ? 負けたからって言い訳しない」 ケイが不平を言っても、愛川は涼しい顔だ。 「ケイくん、代わって」 えるがコントローラーを奪おうとする。 「俺のWii だ。親子対決なら、自分んちでやれ」 「パパ、寝ちゃうもん」 渡すまいとコントローラーを守るケイと、それを取ろうとするえる。愛川といづみは微笑ましく見守っていた。
ケイは自分の戸惑いを風吹にぶつける。 「なあ、風吹。……俺、一人のほうが楽だと思ってた。誰かと一緒にいることがしんどかった。でも、愛川さんたちは違うんだ」 風吹はケージ内の止まり木からケイを見ている。 「家族なんか信じてなかった。なのに……羨ましいって思ったりするんだ」 風吹は首をかしげた。 「愛川さんやいづみさんみたいな親だったら……えるが本当に妹だったら……って。今更どうしようもないけどさ」 風吹が目を細めて羽を広げた。 「……お前も違う場所に行きたいのか?」 ケイの問いかけに風吹は答えない。
ある日、『Kの遊び場』をチェックすると、久しぶりに仕事の依頼が入っていた。ターゲットの情報を確認していると、玄関のチャイムが鳴った。――えるだ。慌ててブラウザを閉じ、インターホンの受話器を取った。 「ケイくん、デートしよ?」 「……お前とつきあった覚えはない」 「動物園行きたい」 「……パパとママに連れて行ってもらえ」 「ケイくんも行くの!」 えるの中では決定事項らしい。こうなるとテコでも動かない。仕方なく玄関のドアを開けた。愛川といづみもちゃんといた。 「ケイ君、休んでた?」 「いえ、ちょっとネットをみてて……」 「今日は日曜よ。天気もいいし、たまには外に出たら?」 外出に誘われても、ケイは断っていた。 「ケイ君がコンビニ以外で出かけている姿は見たことないな」 「……仕事の時は出てますよ」 ふくれっ面でケイが答える。 「臨時の日雇いバイト? 頻繁に出てはいないよね?」 「え、ええ」 あまり深く追及されたくない。 「じゃあ、大丈夫よね? お弁当も多めに作ったし、一緒に行きましょう?」 「ケイくん、行こうよ」 いづみとえるに強く誘われ、断りづらくなった。 「……着替えてきます」 ケイは一旦部屋に戻った。
動物園なんて何年ぶりだっただろうか。小学校低学年が最後だった気がする。えるに振り回され、ケイは疲れて帰宅した。夕食まで誘われたが、あまりの疲労のため断った。愛川もいづみも強くは勧めなかった。 依頼を確認したのは次の日だった。依頼者と連絡をとり、日時と場所と報酬額を決める。県外だが近場だし、難しい仕事ではない。三日後には実行した。 いつものように風に命じて、頸動脈を切り裂いた。血が噴き出て倒れる様子を、ケイは不思議な気持ちで眺めていた。――こんなに血は赤かっただろうか? この人の家族はどんな人だろうか? この人が死んで、悲しむのだろうか? 帰宅しても、ニュースや報酬の入金を確認する気になれなかった。
翌週のある夜、パソコンを使わせてほしいと、愛川がケイを訪ねてきた。 「愛川さん、パソコンぐらい買ったら?」 パソコンの前に愛川を誘導しながら、ケイが言った。 「そう思ったりもするんだが。普段それほど使わないしね。それに、刑事って案外安月給なんだよ」 愛川が答える。 「そんなに高くないですって。手元にあれば、結構重宝しますよ。デジカメの写真もいじれるし」 「でも、接続とか設定とか、面倒くさいだろう?」 「必要な物がそろってれば、俺がやりますよ」 「ケイ君みたいに機械に強ければいいんだけどね」 愛川はインターネットを起動した。 「ケイ君は、バイトもネットで探してるんだっけ?」 「え、ええ」 「ブログもやってるとか?」 「なんで知ってるんですか?」 「えるが教えてくれた」 確かに、えるの前で更新作業をしたことが何度かある。愛川家との交流が始まってから、ブログに書けることが増えた。裏の画面さえ出さなければ、人が見ていても問題はない。 「特にそう書くこともないんで、気が向いた時だけですよ」 「僕は検索とWord、Excelくらいしかできないから、使いこなせる人は尊敬するよ」 「それができるなら、大丈夫ですって」 「何てブログだい? 一度覗いてみたい」 ケイは一瞬迷ったが、正直に答えた。 「『Kの遊び場』っていいます。ゲームや漫画のこととか、弁当の批評とか。しょうもない内容ですよ」 「もしかして、僕たちのことも書いてる?」 「多少。実名は出してません」 「それは気になるな。悪口でも書かれたら、名誉棄損だ」 「そんなこと書いてませんよ。あとで確認してみてください」 愛川はアニメのホームページを開いていた。女の子に人気の、変身物らしい。着ぐるみショーが近々県内であるということだった。 「えるを連れてくんですか?」 「そのつもりなんだけど。仕事がどうなるかなあ……」 「忙しいんですか?」 「刑事が暇なほうが、平和でいいんだけどね。この間の強盗未遂事件の仕事がまだ残ってる。知ってると思うけど、犯人に余罪があってね……」 愛川は県警の機動捜査隊に所属していた。 「一般人に情報漏らしちゃ、駄目なんじゃ?」 「このくらいは大丈夫さ。……うちの県じゃ最近大人しいけど、例の『かまいたち』もあるしね。奇病だって言う人もいるけど、僕は誰かが意図的に殺人を起こしてると思ってる。どんな手を使ってるのかわからないけれど……。もっと不審者に目を配らなくちゃいけない」 「……大変ですね」 「せめて家族や君といるときは、ゆったり過ごしたいよ」 愛川はブラウザを閉じた。 「ありがとう、助かったよ。じゃ、お休み」 愛川は自宅へ帰って行った。風吹がケージの中で鳴いた。ケイは餌を準備するため、台所に向かった。
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