(三)KとLと食卓と
翌日、ケイがパソコンに向かっていると、玄関のチャイムが鳴った。 (何かの勧誘か?) オートロックのマンションだが、たまにしつこいセールスマンなどが中まで入ってくる。インターホンの画面を見ると、えるが映っていた。 (……糞ガキ、何の用だ?) 居留守を使うことにした。ところが、えるが玄関のドアを激しく叩いた。 「ケイくーん! いるんでしょ?」 ――無視するに限る。 「ねえ、開けて」 ――無視だ、無視。 「開けてってば!」 ――開けてたまるか。 「開けて!」 ――絶対嫌だ。 「開けて! 開けて、開け……うわーん」 えるが大声で泣き出した。 ――騒ぐなよ。ケイは仕方なく玄関のドアを開けた。えるがすっと中に入ってくる。 「おい、こら」 慌ててえるをつかまえた。 「やっぱりいた」 えるはにこにこ笑っている。 「……嘘泣きだったのか」 「騙されるほうがバカなんだよ」 刑事の娘が言う言葉ではない。 「邪魔だ、出ていけ」 「ヨウジギャクタイだ」 「いいから出ていけ!」 「ギャクタイだって言いふらすよ?」 注目されるような事態は困る。 「ね、お部屋見せて?」 (こんなガキに……) 子供にあしらわれているのが情けない。 「……大人しくしてるか?」 「うん」 「……ちょっと待ってろ。フクロウを見てくる」 「フクロウがいるの? すごーい」 ケイは部屋に入り、風吹がケージの中で寝ているのを確認した。 「もういいぞ」 えるがスキップしながら部屋に入ってきた。すぐにケージに気が付く。 「ほんとだ! ……お昼寝中?」 「みたいだな」 「なんて名前?」 「……風吹」 えるは部屋をぐるっと見回した。 「ケイくん、カノジョいないでしょ?」 「……関係ないだろ」 「いたらお片付けしてるよね」 えるはソファの上の荷物を動かし、飛び乗った。 「おい……」 「えるがカノジョになろうか?」 「……お前、意味わかってんのか?」 「知ってるよ。ケイくん、カッコイイもん。柊クンみたい」 「柊クン?」 「知らないの? える、いつも観てるよ。『黒い嘘たち』に出てるの」 知るわけがない。ケイはドラマをほとんど観なかった。 「……気が済んだか? もう帰れ」 「えー、もっといたい」 「こっちは迷惑なんだよ」 えるはソファに寝そべった。 「フブキ、いつ起きる?」 「知るか」 「起きてるとこ見たい」 「……いい加減にしろ!」 ケイが怒鳴っても、えるはどこ吹く風だ。 「ギャクタイするの?」 「……!」 無理に追い出しても騒がれそうだ。 「……じゃあ、そこで大人しく座ってろ。俺はパソコンでやることがある」 「はーい」 ケイはパソコンの作業に戻った。ブログの更新だ。『Kの遊び場』のメインは裏のほうだから放っておいてもいいのだが、一応定期的に上書きしている。 えるが大人しくしているはずはなく、ちょこちょこケイのそばに来てはパソコンをいじろうとする。そのたびにケイは追い払った。そのうち静かになり、ケイは作業に集中した。 ふとソファのほうを見ると、えるは眠っていた。 「……マジかよ」 ケイはえるに近づいた。 「おい、起きろ」 ゆすっても、頬を叩いても、えるは起きない。熟睡しているようだ。 (……これ、連れてかなきゃいけないのか?) ケイはげんなりした。
愛川家の玄関のチャイムを鳴らすと、いづみが応対した。 「風守さん、どうもすいません」 えるを抱いたケイに、いづみは頭を下げた。 「えるが無理を言ったんじゃないかしら?」 「……ええ、まあ」 いづみがえるを受け取った。 「遊びに行って寝ちゃうなんて……。ごめんなさいね」 「俺はこれで」 ケイはさっさと帰ろうとしたが、いづみが呼び止めた。 「ちょっと待って。今日は夕飯どうするの?」 「……大丈夫です」 「今夜は主人もいるし、一緒にどう?」 「……大丈夫ですから」 関わりにならないほうがいい。ケイはそのまま自宅に戻った。
夕方、ネットバンキングにアクセスした。P県での仕事の報酬は無事振り込まれていた。 (Wii Uと新しいプレステと……。久しぶりに服でも買うか) ケイは大金を手にしながらも、使うあてがあまりなかった。 昨日のリンゴをかじり、ネットショップをいくつか検索した。品定めをしていると、突然玄関のチャイムが鳴った。 (誰だ?) インターホンの画面に映っていたのは、愛川だった。
(なんでこうなるんだ?) ケイは愛川家でともに食卓を囲んでいた。 「おかわりあるから、たくさん食べてね」 いづみがにこにこしながら勧める。メニューは肉じゃがとサラダだった。 「えるがきゅうり切ったんだよ」 「お手伝いして偉いね」 愛川に褒められ、えるはうれしそうだ。 「ケイ君、遠慮しないで。ビール飲むかい?」 「いえ、結構です」 「あれ、未成年だっけ?」 「違います。……アルコールは苦手で」 事実だった。 「そうか、残念だな。新しい飲み仲間が増えるかと思ったのに」 「優さん、ビールは一本だけよ」 いづみが愛川に釘を刺した。 「いつも厳しいんだよ。一緒に飲むお客がいれば、大目に見てもらえるんだけどね」 愚痴りながらも、愛川は笑顔だ。 「……すみません」 「風守さんが謝ることはないわ」 「パパ、ケイくんをいじめないで」 「いじめてないよ」 「えるのカレシなんだから」 えるの発言に、愛川夫妻は吹き出した。 「なんで笑うの?」 えるは不機嫌そうだ。 「ごめんごめん。えるはケイ君が好きなんだね」 「うん。今日お部屋に行ったの。フクロウがいたよ」 えるは自慢げに話した。 「あら珍しい。風守さん、飼ってるの?」 いづみが驚いて尋ねる。 「ええ、まあ」 「世話が大変じゃないか?」 愛川も驚いた様子だ。 「それほどでは」 「フブキっていうんだよ」 えるが口を挟んだ。 「いい名前だね。……ケイ君、冷めてしまうよ。食べて」 ケイがまだ一口も食べてないことに気付き、愛川が促した。 「ケイくん、食べて」 えるも勧める。 「……じっと見られると食べにくいんですが」 「それもそうだ。みんなで食べよう」 一旦話は打ち切り、皆食事に移った。ケイも箸を口に運んだ。 「……うまい」 思わず言葉が出た。 「よかった。どんどん食べてね」 いづみが微笑んだ。ケイは食べることに夢中になった。 「ケイくん、どうして泣いてるの?」 えるに言われて、ケイは初めて自分が涙を流していることに気付いた。 「……なんでだろうな」 愛川もいづみも何も言わなかった。昨日の会話で、ケイが両親を亡くしていることを知っていたからだ。 ケイは涙を拭い、再び箸を動かし始めた。モモがソファで欠伸をした。
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