(二)Kとある家族との出会い
『Kの遊び場』は一見つまらない若者のブログだ。だが、掲示板にあるキーワードを入力すると、ケイの仕事のためのブラウザが現れる仕組みになっている。もちろん、普通に感想や意見を書き込むこともできる。 「……大手広告代理店の社長か。P県って……飛行機かよ? 面倒くせぇなぁ……」 写真を見ると、白髪が混じったなかなかのロマンスグレーだった。 「……ちょっと親父に似てるかな」 ボソッと呟く。だが、ケイが私情を挟むことはないし、結局は赤の他人だ。情報を把握したら、依頼者と連絡を取る。携帯電話の番号も依頼の都度替えていた。 一週間以内にターゲットの自宅で決行することを約束した。交通手段と宿を調べなくてはならない。大抵のことはパソコンで事足りる。 「風吹、ちょっと出てくる」 調べが一段落し、ケイはいつものコンビニに向かった。 買い物をすませて帰る途中、 「あ、犯人だ!」 と子供の声がした。振り向くといきなり水鉄砲を浴びた。この間の女の子だった。 「どうもすみません」 やはりあの父親だ。この間と違うのは、女性が一緒にいたことだった。おそらく子供の母親だろう。 「あ、君は……」 父親がケイに気付いた。 「先日は失礼しました。大丈夫ですか? うちの娘がすいません」 「本当にすみません。クリーニング代を出しましょうか?」 母親が申し出る。 「いえ、安物ですし。うちも近いので」 ケイは即座に断り、そのまま歩き出した。だが、後ろの親子もついてくる。マンションのエントランスにまで入ってきてしまった。 「本当に結構ですので」 ケイが再度断ろうとすると、 「ここがうちなんです」 と父親が答えた。
「同じマンションに住んでたなんて、知りませんでした」 「はあ……」 ケイは強引に親子の自宅に連れて来られた。表札には『愛川』とあった。 「どうぞ」 夫人がお茶とカステラを差し出した。 「改めまして。僕は愛川優といいます。妻のいづみと娘のえるです」 愛川が自分と家族を紹介した。 「……風守ケイです」 「ケイ君か。学生さん?」 「いえ。……フリーターです」 さすがに殺し屋とは言えない。 「よかったら召し上がってください。月下堂のカステラです」 いづみが勧めた。 「いえ、お構いなく」 居心地が悪い。ケイは何となくソファで丸まっている猫を見た。このマンションはペットも許可されている。いづみがケイの視線に気付いた。 「モモっていうの。三歳の女の子よ」 「ほとんどじっとしてるんだ。動くのは食べる時くらい。あんまり太ってもらっても困るんだけどね」 「はあ……」 突然、えるがケイの手を引っ張った。 「警察ごっこしよ? ケイくん犯人ね」 「『ケイくん』って……。いや、俺はちょっと……」 えるはケイの手を放さない。いづみが助け舟を出す。 「える、お兄さん困ってるでしょ。放してあげなさい」 「えー、やだー」 (これだからガキは……) ケイは心の中で毒気づいた。 「ごめんなさいね。この子、刑事ドラマばかり観てるから……」 「パパみたいになるんだもん。悪い人を捕まえるの」 「え……?」 嫌な予感がした。 「うちの主人、刑事なの」 「そうは見えないってよく言われるけどね」 愛川夫妻が笑って話す。これは早めに引き上げたほうがよさそうだ。 「すみません、もう帰らないと」 ケイは腰を上げた。 「忙しいところ、無理に引き留めて悪かったね」 「また遊びに来てください。える、お兄さん帰るって」 「失礼します」 ケイは足早に玄関を出た。
P県での仕事は早く片が付き、一泊だけですんだ。夕方ケイが帰ってくると、玄関のドアの前にいづみとえるが立っていた。表札は出していないし、部屋番号までは教えなかったはずだ。ケイが戸惑っていると、えるが駆け寄ってきた。 「ケイくん! お帰りなさーい」 ケイに抱きつく。いづみもケイに近づいてきた。 「お仕事でした?」 「ええ、まあ……。どうしてうちがわかったんですか?」 「この階にお友達がいるから、風守さんのお宅を聞いたの」 近所づきあいはほとんどしていないが、引っ越しの挨拶ぐらいは交わしている。 「そうですか。……何かご用ですか?」 「主人の実家からリンゴが送られてきたから、おすそ分けに」 「……どうも」 ケイは渋々受け取った。 「ご家族で召し上がって。お留守のようだけど、皆さんお勤め?」 「いえ、一人です」 いづみは驚いた顔をした。このマンションは家族で住む者がほとんどだ。家賃から考えても、二十歳そこそこのケイが一人暮らしというのは奇妙に思われて当然だった。 「あ、あの、親の遺産があるので」 苦し紛れに言い訳をした。 「ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」 いづみは素直に謝った。 「ケイくんのおうち、見たい」 えるがねだった。 「……散らかってるから」 「える、ご迷惑よ。ご飯も作らなくちゃいけないから、帰りましょう」 「ママだけ帰って」 「える! ……ごめんなさい、風守さんのことが気に入ったみたい」 そう言われても困る。 「……本当に散らかってるし、子供が喜びそうなものは何も……」 「お部屋見たいだけだもん」 えるはますますしがみついてくる。ケイは弱ってしまった。 「今夜はえるの好きなハンバーグよ。帰って一緒に作ろう?」 いづみがえるの気を引く作戦に出た。 「いいな、ハンバーグか。えるちゃん、早く帰りなよ」 柄ではないが、えるを追い返すため、ケイも調子を合わせた。 「じゃあ、ケイくんもうちでご飯食べたら?」 えるが目をきらきらさせながら言った。 「いや、いいよ」 ケイは断ったが、いづみはえるの提案に乗った。 「そうね。人数が多いほうが楽しいし、よかったら一緒にいかが?」 「そんな、急に迷惑でしょう?」 「いつも多めに作っちゃうから、食べてもらったほうがありがたいくらいなの」 いづみはにこにこしている。 「ねえ、ケイくんも一緒に食べよう?」 「す、すいません。用事があるので、また今度」 ケイはえるの手を振りほどき、急いで玄関の鍵を開けて中に入った。
(何なんだ、あの家族は) ケイは呼吸を整えた。テレビのスイッチを入れる。しばらくつけていると、目当てのニュースをアナウンサーが読み上げた。 「……今日午前八時半ごろ、P県I市の広告代理店社長、広海太造さんが、自宅前で首から血を流して倒れたとの通報がありました」 顔写真が出る。今朝ケイが殺した人物だ。 「広海さんは病院に運ばれましたが、まもなく死亡が確認されました。現場は住宅街で、広海さんが倒れた時は、周りに多くの通勤者がいた模様です。広海さんは出勤のため家を出たところ、急に首から血を流して倒れたとのことです。なお、同様の現象が近年日本各地で続いており……」 ケイはテレビを消した。これで依頼者にも仕事が完了したとわかるはずだ。 「風吹、窮屈だったか? 出ていいぞ」 ケージを開けてやる。風吹はケージから飛び出した。 ケイはいづみからもらったリンゴを一つ手に取った。皮を剥くのが面倒なので、そのままかぶりつく。 「……甘い」 ケイはリンゴをあっという間に平らげた。風吹が戸棚の上からケイを見ていた。
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