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作品名:Kの遊び場 作者:光石七

第1回   (一)Kの影
(一)Kの影


 ケイが起きたのは昼過ぎだった。洗面をすませ、ケージの扉を開ける。次にパソコンを立ち上げた。『Kの遊び場』というサイトを開き、マウスとキーボードを操作する。――今日は仕事の依頼はないようだ。次に、ネットバンキングにアクセスする。
「やっと入金したか、あのケチ」
 支払いを渋っていた依頼者からようやく報酬が振り込まれた。脅しが効いたのだろう。
 ケイの仕事は殺し屋だ。組織に属することなく、一人で請け負っている。依頼者はケイが作ったサイトにアクセスし、自分の名前と連絡先、ターゲットの情報を入力し、顔写真をメールで送る。ケイはそれをみて依頼者と連絡をとる。ターゲットが確実にこの時ここにいるという日時と場所を確認し、報酬額を決める。依頼の遂行を確認した後、依頼者は報酬を振り込む。報酬は海外を経由して、ケイの口座に届くようになっていた。
 ケイがしくじったことは一度もない。ターゲットの家族や関係者に顔を見られたり、警察にマークされたりしたこともない。ターゲットには直接触れないし、凶器や足がつくようなものは何も残さないのだから。依頼者と顔を合わせるのも必要最低限にしている。
 たまに報酬を振り込もうとしない者がいる。「お前がやった証拠がない」と言って。そんな時は、同じように殺すと脅せば大抵震え上がる。ケイの手口は通称『かまいたち事件』と呼ばれ、巷で噂になっていた。被害者に接点はないが、急に頸動脈から血を噴き出し死んでいくのが共通していた。奇病だという説もあるが、ちゃんと切り傷があり、ほぼ殺人ではないかとの見方が一般的だった。脅しても依頼者が応じない場合は、実際に少し痛めつけて報酬を得る。
「今日はネトゲでもしますか」
 ケイは仕事以外の外出を好まなかった。買い物はネットショップか、マンションの近くのコンビニで極力すませる。食事もコンビニ弁当が常だった。
「何だよ、風吹? 邪魔だ」
 一羽のフクロウがケイの肩に止まった。風吹はケイの唯一の家族であり、信頼できる友だった。
「風吹、向こうに行ってろ」
 風吹がケイの肩を離れ、戸棚の上に止まった。ケイは再びパソコンの画面に向かった。


 翌日は仕事の実行日だった。隣県の大きな文化ホール。ある経営コンサルタントの講演会が行われていた。ケイは聴衆に紛れ込んだ。壇上をじっとみつめる。依頼されたターゲットだ。
 ケイは精神を集中させた。
(裂け!)
 念じた途端、壇上の男の首から血が噴き出した。男が倒れ、場内が騒然となる。ケイはそっとその場を離れた。


 ケイは仕事に何も道具を使わない。生まれ持った特殊な力で依頼を成し遂げる。
 ケイが生まれた風守家は、ある地方で代々風神を祀った祠を守っていた。一族にはある言い伝えがあった。――百年に一度、一族の中に風神に愛でられた者が現れる。その者を一族は『風使い』と呼んだ。風使いは風を自在に操る力を持つ。風使いの功績が、一族には口頭で伝承されていた。雨雲を呼んで田畑を潤した者や、敵陣を攪乱し戦に貢献した者。しかし、現代になるとその内容を信じる者はほとんどいなくなった。守っていた祠も土地開発でダムの底に沈み、一族は散り散りになった。
 だが、風使いは現れた。ケイだ。ケイの両親はわが子の力を恐れた。下手に刺激しては、自分に害が及ぶ。表面上は優しい両親だったが、ケイは彼らの本音を見抜いていた。力を隠すよう言われ、友達も作らなかった。中学卒業後、ケイは一人暮らしを始めた。仕送りはしてくれたが、両親がケイに会いに来ることはなかった。まもなく両親が事故で他界した。叔父の元に身を寄せたが、名目だけの保護者だった。叔父に遺産を食い潰されていることを知り、ケイは逆上した。気が付くと血だらけの叔父が目の前に倒れていた。その時、これを生業にしようとケイは思いついた。どうせ人を傷つけるだけの力だ。学校はケイにとって何の意味もなかった。何か特別な資格があるわけでもない。幼い頃から親しんできたパソコンを使えば、人との接触も最低限ですむ。――これが姿なき殺し屋、ケイの出発点となった。


 食事を調達するため、ケイはいつものコンビニに出かけた。カゴを持って弁当コーナーに立っていると、五歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。いきなり持っていたお菓子をケイのカゴに入れる。
「パパ! 万引きだよ! 逮捕して!」
 大声で叫ばれ、ケイは面食らった。すぐに父親らしい男がやってきた。三十歳くらいだろうか。
「すみません、警察ごっこにはまってて。える、駄目じゃないか」
 叱られても女の子は平然としていた。
「悪い人は捕まえるの!」
「悪いことをしてるのはえるだ。えるを捕まえる」
 父親はケイのカゴからお菓子を取り出し、女の子を抱きかかえた。
「どうもすいませんでした」
 頭を下げて父親は立ち去った。
(何だったんだ、今の……)
 ケイは唖然としたが、再び弁当を選び始めた。


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