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作品名:THE PLACE 作者:光石七

第6回   第6章 危険な場所
 グレイヴィル伯爵は、執務室で書類と格闘していた。昨日休んだ分が溜まっている。しかし、彼は笑顔だった。うれしそうに時計をみつめる。昨日セイラがプレゼントしてくれたものだ。正確には、セイラとトーマ二人からのプレゼントだった。昨日は伯爵の誕生日だった。レッドフォード家の人々も招待し、簡単なパーティーを開いたのだった。
「いつも使ってもらえる物を選びました」
 そう言ってセイラは箱を手渡してくれた。思い出すだけで笑みがこぼれる。トーマを認めて彼に託したとはいえ、やはりセイラは伯爵の最愛の娘だった。
「失礼いたします」
 部下のリカルド子爵が入ってきた。
「伯爵、昨日はお誕生日だったそうですね。昨日渡すつもりだったのですがいらっしゃらなかったので、今日お持ちしました。私からのプレゼントです」
「ありがとう。君が私の誕生日を知っていたとは驚きだな」
「先日、街でお嬢さんと会ったんですよ。レッドフォード大尉と一緒でした。宮廷で見かけるのとは違って、ワンピース姿でおきれいでしたね。伯爵の誕生日プレゼントを探しているということだったので、その時に聞いたんです。私もお世話になっていますし、日頃のお礼も兼ねて、と思いまして」
 リカルド子爵は三十歳を過ぎたばかりの独身貴族だった。いわゆるコネで近衛隊に入った人物で、軽薄で人を見下すようなところがあった。誕生日プレゼントなどするタイプではないが、一皮むけたのだろうか。
「そうだったのか。ありがたくいただくよ。下心があるにしてもやはりうれしいからね」
 伯爵は冗談で言ったつもりだった。
「実はそうなんです。お願いがございまして」
「……何だい?」
 見返りを期待してのプレゼントだったのか、と伯爵は内心がっかりしたが、表情には出さなかった。
「新しい中隊長に私を推薦していただきたいのです。忠臣と誉れ高い、信頼の厚いグレイヴィル伯爵のご推薦なら承認されるはずです」
 確かに、今までの中隊長が一人転属になり空席ができている。しかし、グレイヴィル伯爵も他の近衛隊の上役たちも、務められる者が今はいないという見解だった。非常時でもないし、今の体制で十分やっていける。昇進する場合、国王や上役の承認が必要だった。
「申し訳ないが、それはできない。君は技術は優れているが、もっと人としての器を磨いてほしいと思う。そもそも物で人を釣ろうというのは感心しないね。本当にふさわしい器があれば、自分から頼まずとも周りが認めてくれるはずだ」
「伯爵らしいお言葉ですね。しかし、今を逃したら次はいつチャンスがくるかわかりません。このままでは私を入隊させてくださったブロン伯爵にも面目が立ちません」
「それは君の都合だろう。認められるだけの内容を持つことだね」
「どうしてもお願いできませんか?」
「……あまり私を失望させないでくれ」
 さすがのグレイヴィル伯爵も、彼の言動にはうんざりした。コネとはいえ、なぜこのような人間が近衛隊にいられるのかと不思議に思った。
「……わかりました。プレゼントは受け取ってください。せっかくのお誕生日だったんですから。――お嬢さんからは何をもらったのですか?」
「この時計だよ。いつも使える物を選んでくれた」
 リカルド子爵は時計をしげしげと眺め、
「いいセンスですね。素晴らしいお嬢さんで羨ましい限りです。最近、お嬢さんは本当に美しくなられましたね。恋人がそばにいるとちがうのかもしれませんね」
と言った。
「お世辞を言っても何も出ないよ。セイラは確かに自慢の娘だが。あの子の幸せが私の一番の願いだ。――さあ、もう仕事に戻ろう。日頃の勤務態度も評価の対象だよ」
 さりげなく織り込まれた嫌味に気付いたのか、子爵は少しにらむような表情をした。しかし、すぐに「失礼いたしました」と言って退出した。伯爵も書類の処理にとりかかり、やがて子爵とのやりとりも忘れていった。


 その頃、控えの間ではトーマとセイラがいつものように話をしていた。
「昨日は皆さん来てくださってありがとうございました。久しぶりに賑やかだったと、お父様が喜んでいました」
「うちの両親も楽しかったって喜んでたよ。酒もうまかったしな」
 トーマの禁酒は、セイラと思いが通じた時点であっさり幕を閉じた。
「あの時計、気に入ってくださったか?」
「はい。さっそく今日から使うそうです」
「それはよかった」
 店を四件もはしごして探し回ったのだ。苦労した甲斐があった。もっともデートも兼ねていたから、苦労だけではなかったが。
「でも、伯爵はお前からだと勘違いしてないか?」
「二人で選んだってちゃんと伝えましたよ」
「そうだけど、伯爵の本性を知ってるだけにね……」
 娘を溺愛するが故の怖さをトーマは知っている。
「本性って……。お父様に失礼です。あんなに優しくて心が広いのに」
 セイラが口をとがらせる。
「伯爵の人柄はわかっているが、お前のことになると目の色が変わるからな」
「偏見ですよ。お父様を悪く言わないでください」
「……お前、本当に伯爵が好きなんだな」
「当たり前です」
「俺とどっちが好き?」
「……そんな、比べられません」
 セイラの顔が赤くなる。
「そういえば、お前のほうから『好き』とか言われたことはないな。この機会に言ってもらおうか」
「もう持ち場に戻ります」
「逃げるなって」
 立ち去ろうとするセイラの腕をトーマがつかんだ。
「ちゃんと言ってほしいな。俺のどこが好きか」
「まだ仕事があるのに、集中させない気ですか?」
「集中できないほど好きなのか?」
「公私のけじめをつけたいだけです!」
 セイラの声に周りの者が振り向く。
「……みんな見てるじゃないですか。もう行かせてください」
「わかった。じゃあ、この件は後ほど」
「絶対言いません!」
 控えの間を出ていくセイラを、トーマは笑いをかみ殺しながら見送った。


 数日後、公務の合間にルーファスが呟いた。
「近々見合いをすることになりそうだ」
「本当ですか? お相手は?」
 トーマは驚いて尋ねた。
「詳しいことは何も聞いていない。女性だということは確かだが。父上がえらく気乗りだ」
「国王陛下が勧められる方なら、それなりの女性なのでは? ルーファス様のお気持ちが第一ですが、ルーファス様には幸せになっていただきたいです」
「建前としてはそうだろうな」
「は? 本心ですが」
 ルーファスの言葉は心外だった。
「本音は、セイラに手を出さないよう、早く私に身を固めてほしいのだろう?」
「……まだ未練があるのですか?」
「大ありだ。お前が浮気でもしたら、かっさらってやろうと思っている」
「それはありえません」
「裸の美女が目の前に現れたらどうする?」
 ルーファスの目が笑っている。
「……からかわないでください」
「まあ、お前にその心配は無用か。ところで、最近セイラとはどうだ? あの特別任務以来、おおっぴらにデートもできるようになったのだろう? どこまでいった? まさか手もつなげないままか?」
「聞いてどうするのですか」
「私はお前にちゃんと話していたぞ。なのにお前は秘密主義か?」
 ルーファスに詰め寄られ、トーマは仕方なく話す。
「……口づけまでですよ」
「毎日のように会っているのに、まだそこか」
「聞かれたから正直に話したのに、その言い草はひどくありませんか? 何を期待したのです?」
「別に。まあ、頑張れ」
「ルーファス様!」
「さて、次の予定は何だったかな」
 トーマをからかうことで、ルーファスはつかの間の息抜きを楽しんでいるのだ。トーマもそのことはわかっている。
(でも、ルーファス様のお見合いはビッグニュースだな)
 トーマはセイラにも教えてやろうと思った。


 その日、一足先に仕事を終えたセイラは控えの間でトーマを待っていた。そこへ、誰かの従者らしい者が飛び込んできた。
「セイラ・グレイヴィル少尉はいらっしゃいますか?」
「私ですが……」
 従者がセイラに近づき、慌てた様子で小声で話し出した。
「リカルド子爵の従者でございます。グレイヴィル伯爵がお倒れになりました」
「父が?」
「今、子爵がそばについています。あまり大ごとにしたくないご様子でしたが、あなた様にはお伝えするべきだと子爵に言われて来ました。来られますか?」
「ありがとうございます。すぐ行きます」
 セイラは周りの者にトーマへの伝言を頼み、従者について控えの間を出た。
「父は今どちらに?」
「案内いたします」
 従者に案内されたのは、馬車の停車場だった。
「グレイヴィル少尉、来られたのですか」
 リカルド子爵が一台の馬車から顔を出した。
「ご連絡ありがとうございます。父はそちらですか?」
「ええ、中で休んでいただいています。乗ってください」
 セイラが馬車の扉を開けた時、子爵が彼女の鼻と口をハンカチで覆った。そして従者とともに、意識をなくしたセイラを馬車に乗せる。馬車に乗っていたのは子爵だけだった。
「ご苦労だった」
 子爵は従者に声をかけた。従者が御者台に乗り、馬車を出発させる。子爵は薄笑いを浮かべながらセイラをみつめていた。


 トーマは遅れて控えの間に来て、セイラがリカルド子爵の従者とともに出て行ったことを伝えられた。
「なぜリカルド子爵が?」
「さあ、詳しくは聞いてない。ただ、グレイヴィル伯爵のところに行ってる、と。慌てて出て行ったから、伯爵に何かあったんじゃないか? リカルド子爵はグレイヴィル伯爵の部下だし」
 トーマは街で会ったリカルド子爵の顔が浮かび、嫌悪感で身震いした。彼はなめまわすようにセイラをみつめていたのだ。
「わかった。俺も行ってくる」
 トーマは近衛隊のグレイヴィル伯爵の執務室を訪ねた。だが、グレイヴィル伯爵はすでに帰宅したという。特に体調を崩したわけでもないらしい。リカルド子爵もすでに帰宅したということだった。なぜ子爵の従者がセイラを呼びに来たのかわからないが、親子で屋敷に帰ったのだろうか。トーマはグレイヴィル家に行くことにした。
 トーマが一人で来たことにグレイヴィル伯爵は驚いた。
「セイラは? 一緒じゃなかったのかい?」
「伯爵がご一緒だったんじゃなかったんですか? リカルド子爵の従者がセイラを伯爵のところに連れて行ったって聞いたんですけれど。伯爵が頼んだのではないのですか?」
「いや、彼にそんなことは頼んでいない」
 お互いに話が見えない。
「じゃあ、セイラは? 子爵の従者と控えの間から出たことは確かなようですが」
「リカルド子爵の従者と?」
 グレイヴィル伯爵は先日の子爵との会話を思い出した。――最近、お嬢さんは美しくなられましたね。彼はそう言っていた。そしてにらむような目……。
「……やられたかもしれない」
「え?」
「リカルド子爵がセイラを拉致したんだ。私を脅すために」
「どういうことですか?」
 伯爵は先日の一件をトーマに説明し出した。


 意識が戻ってもセイラの目に映ったのは暗闇だった。目隠しをされ、手足を手錠で拘束されていた。感触からソファに横にされていることがわかった。
「気が付いたようですね」
「リカルド子爵?」
「あっさり引っかかってくれて助かりました。女性に手荒な真似はしたくなかったのですが、グレイヴィル伯爵にどうしても聞いていただきたいお願いがありまして」
「……このような真似をすること自体、まっとうなお願いとは思えませんが」
 セイラが訝しむ。
「まっとうなお願いですよ。ただ伯爵が聞き入れてくださらなかったので、強硬手段に出ただけです」
 子爵は微笑む。
「父が断ったのなら、それなりの理由があるはずです。ご自分で分析して研鑽に励まれてはいかがですか?」
「血はつながっていないはずなのに、親子で似たようなことを言いますね。あなたからもお願いしてもらえませんか? 娘のお願いなら、伯爵も聞くでしょう」
「何のお願いかは存じませんが、お断りします。私が口を挟むことではないでしょうし、こんな卑怯な手を使う方は信用できません」
 きっぱりと拒んだセイラに、子爵は脅しをかけた。
「あなたは自分の立場がわかっていないようだ。あなたを生かすも殺すも私次第なのですよ?」
「あいにく、仕事柄いつでも命を投げ出す覚悟はできています。もっとも、こんなつまらないことで命を捨てたくはありませんが」
「口の減らないお嬢さんだ」
 そこへ、執事に案内されてグレイヴィル伯爵が部屋に入ってきた。
「セイラ!」
「思ったよりも早かったですね。お一人ですか? てっきり彼も一緒だと思ったのですが」
「レッドフォード大尉のことかい? ついてくると言ったが、待機を頼んだ。君が用のあるのは私だし、下手に刺激してセイラに危害が及ぶと困るからね」
「賢明な判断です」
「娘を返してもらいたい」
 従者がセイラの体を押さえ、喉元に短剣を突きつけた。
「動かないでください。……無事にお返しできるかどうかは伯爵次第です」
「――君の要求は、中隊長への推薦か」
「ええ、その通りです」
 セイラが口を挟んだ。
「お父様、要求を呑むことはありません。こんな卑怯者に人の上に立つ資格はありません」
「あなたは大人しくしていてください。剣先が刺さりますよ」
 子爵がセイラを制する。
「大した度胸もないくせに、威張らないでください」
「……私をあまり怒らせないほうが身のためですよ。あなたに何かあったら、伯爵が悲しむはずです」
「セイラは黙っていなさい。私と子爵の問題だから」
「お父様……」
 セイラは口をつぐんだ。
「さて、どうされますか?」
「君は選択の余地を与えるつもりはないのだろう? ならば答えは決まっている」
「ご推薦いただけますか?」
「……ああ。だからセイラを放してくれ」
 伯爵は嘆願した。
「それはできません。口約束だけで終わってしまっては意味がありませんから。実際にご推薦くださるまで、お預かりさせていただきます」
「何だと?」
「明日お嬢さんは非番ですよね? お仕事に支障が出るようなことはしませんよ。大切なお客様ですから、丁重におもてなしさせていただきます」
「……」
「不服そうですね。お嫌なら、この場でお嬢さんの血が流れるだけです」
 子爵が従者に目配せした。短剣が振りかざされる。
「待て。……わかった、すぐに宮廷に行く」
 伯爵が了承した。
「お父様!」
「セイラは心配しなくていい。すぐに戻ってくるから」
「早いほうがいいですよ。うちは女っ気がないので、私もいつまで若い者たちを押さえられるか保証できませんから」
「セイラに手出しするな。――行ってくる」
 伯爵は執事と出て行った。


 伯爵を見送った後、従者がリカルド子爵に尋ねた。
「本当に何もせずに返すんですか?」
「そんなわけないだろう? こんなごちそうは滅多にありつけない。それに、私は中隊長くらいで満足はしない。この子と関係を持てば、後々までグレイヴィル伯爵を思い通りに動かせる」
「リカルド子爵!」
 セイラが叫んだ。
「舌を噛み切られたらやっかいだ」
 子爵はハンカチを丸めてセイラの口に入れた。
「レッドフォード大尉とはまだですかね? 私がいろいろ教えてあげましょう。怖がらなくてもいいですよ。きっとあなたも夢中になりますから。私から離れられなくなるくらい、ね」
 子爵は従者に短剣を収めさせ、セイラの頬に触れた。
「震えているのですか? かわいいですね」
 ゆっくり体の線をなぞっていく。
「そこまでだ!」
 トーマが執事に銃を突きつけていた。
「ナイトのお出ましですか。……ん?」
 子爵は背中に剣先が当たっていることに気付いた。
「グレイヴィル伯爵……」
「その子に触れるな。……本当に君には失望させられるね」
 宮廷に出かけたはずの伯爵がなぜここにいるのか。リカルド子爵は恐怖と混乱で動けなかった。
「君はその子が私の弱点だと思ったのだろう? 逆だよ。私はその子のためなら、悪魔に魂を売ることもできる」
 伯爵は淡々と語る。
「ゲルグ・ドーシェ男爵を知っているかい? 昔、多くの子どもたちを虐待した罪でつかまり、七年前に獄中で亡くなった男だ。セイラも彼の被害者だった。屋敷から死体までみつかったにも関わらず、彼は死刑を免れ短い禁固刑で済んだ。だから私は彼が出所する前に手を回したんだ。二度とセイラに手を出せないように」
 これには聞いていたトーマも驚いた。
「今更、君のような部下を一人消すことくらい、私は何の躊躇もない」
「……私に手を出したら、ブロン伯爵が黙ってはいませんよ」
「それが何か? 誰も私の言うことを疑わない。何せ、信頼の厚い忠臣だからね。私が事故だと言えば事故で通る」
 リカルド子爵は冷や汗が止まらなかった。温厚な人間だとみくびっていた。静かな口調が逆に危険を感じさせる。
「今すぐセイラを解放するなら、今回は見逃してやる。ただし、降格か左遷は覚悟しておくんだね」
 子爵はセイラを自由にするよう命じた。こうして、伯爵とトーマはセイラをグレイヴィル家に無事連れ帰ったのだった。


 グレイヴィル伯爵はもともとトーマを連れて来ていた。まず伯爵一人が状況を把握するためにリカルド子爵の屋敷に入り、宮廷に出かけると見せかけて一旦外に出た。その後すぐにトーマとともに子爵邸に入り、執事を脅して、セイラの身の安全を確認してから踏み込んだのだ。
「……あの話は本当ですか?」
 セイラの気持ちも落ち着いた頃、トーマが恐る恐る伯爵に尋ねた。
「何の話だい?」
「ドーシェ男爵に手を回したという……」
「ああ、あれか。あれは嘘だ」
「……ですよね」
 トーマは胸をなでおろした。
「ドーシェ男爵は病死だよ。私が手を下したわけではない。そもそも私は殺生が嫌いなんだ。ただ、ああやって脅せば効果があるだろうと思ってね」
「お父様に人殺しは無理ですね」
 セイラが頷く。トーマもそう思おうとした。だが――本当にそうだろうか? トーマの胸に不安がよぎる。あの脅しは妙に説得力があった。もしかしたら……。いや、考えるのはやめよう。危険すぎる。
「それなのに私のために悪役を演じてくださって……。ありがとうございます」
「セイラのためなら、これくらいどうってことはないよ。お前に何かあったら、私は生きていけない」
「トーマもありがとうございました」
「俺は何も……。今回は伯爵のおかげだ」
「でも、私のせいでセイラが拉致されたわけだから……」
 伯爵は申し訳なさそうな顔をした。
「お父様のせいではありません。悪いのはリカルド子爵です。努力もせずに出世しようとしたのですから」
「その通りだ」
 トーマが同意した。
「これで少しは子爵も反省して、自分を磨いてくれるといいが」
「そうですね」
「人を育てるというのは、本当に難しいと思うよ。技術は教えられても心まではなかなか……ね。セイラを育てたおかげで、多少は親の気持ちを理解したつもりだけれど……。こういうのは一生勉強かもしれないね」
「お父様は最高の自慢の親です。自信を持ってください」
 セイラの言葉に伯爵は笑顔になった。やはり互いを思いあっている親子だ。
「そういえば、あれをまだ聞いてなかったな」
「何ですか、トーマ?」
「伯爵と俺とどっちが好きか。それから俺のどこが好きか」
「私もぜひ聞きたいな」
 伯爵もトーマもにこにこしながらセイラを見ている。
「それは……。また次の機会にということで」
「また逃げる」
「そんな卑怯な子に育てた覚えはないよ」
「――二人とも嫌いです!」
 顔を赤くして叫ぶセイラに、伯爵もトーマも吹き出してしまった。


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