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作品名:互酬 作者:本条想子

最終回   1
         「 互酬 」  

                              本 条 想 子


 うっそうとした森にぽつんと佇んでいる。今まで、都会の真ん中に居たはずなのに、何が起こったのか茫然自失状態だった。
「ここは何処だ。飛行機からパラシュートで舞い降りたわけでもないし、瞬間移動したというのか。それとも、別次元か。タイムトンネルにでも迷い込んだのか。そうだ、何か分かるものを探そう。
 人間の足跡がある。しかし、裸足だ。むやみに近づいて良いものか。でも、明るい内に村を探し、様子をみよう」

 この男は、東京に住む30歳の吉田陽斗という。仕事は大学で人類学を研究していた。


 ここにも、立ち尽くす男がいた。この男は、横浜に住む35歳の井上颯太という。仕事は大工をしている。
「意味が分からない。今までいた場所とは明らかに違う。夜になる前に、寝床を探そう」


 また、見知らぬ土地で周りをおどろおどろし気に、見渡している男がいた。この男は、北海道に住む28歳の大場祐樹という。仕事は漁師だった。
「広い海原の中に居たはずなのに、ここは何処だ。釣り竿があるから川で魚を釣って、俺は生き残るぞ」


 そして、大学で部活中に突然、森にタイムスリップした男がいた。この男は、京都に住む22歳の渥美伊織という。理科大の学生で、弓道部に入っていた。
「弓があるので、狩りでもして生き残ろう」


 四人がこの地に、同時期にタイムスリップした。一人一人が、寂しい思いの中、周りを探索しだした。近くにいるらしいが、なかなか会えなかった。みんながみんな、おっかなびっくり進んでいるからだろう。5日目にみんなは、きれいな水を求めて川へやって来た。
 最初から祐樹は川の近くの木陰を住み家にしていた。祐樹が川で魚釣りをしている。それを見ていたのは、ほかの三人だった。同じような雰囲気に、三人は同時に飛び出した。四人は驚くというより、喜びに満ち溢れた様相で駆け寄り、顔を見合わせた。

「僕は吉田陽斗、東京から来ました。年齢は30歳です」
と、落ち着きなく陽斗は言った。

「僕は渥美伊織、京都からです。22歳理科大生です」
と、伊織が泣きそうな顔で言った。

「俺は大場祐樹、漁師で28歳、北海道からだ。」
と、祐樹が大声で言った。

「俺は井上颯太、大工で35歳、横浜から」
と、颯太が元気よく言った。

 みんなは、一先ず安堵でその場に膝から崩れ落ちた。しかし、この時代が分からないのが、一番の問題だった。

「僕は人類学を研究しています。この時代は、大型動物がいるところからして、最終氷期が終わった2万年前か。あるいは、人類も見かけたので、旧石器時代なのか。だとすると1万6千年前ぐらいにタイムスリップして来たのかもしれません」
と、陽斗は少し落ち着いて話した。

「俺は、大型の像や鹿、野牛を見た」
と、祐樹が言った。

「俺も、大型の熊を見た」
と、颯太が言った。

「像はナウマンゾウで、鹿はヤベオオツノジカ、牛はハナイズミモリウシ、熊はヒグマでしょう」
と、陽斗がスラスラと言った。

「じゃあ、マンモスもいるのかな」
と、颯太が楽しそうに言った。

「マンモスがいたら、ここは北海道でしょう」
と、陽斗が答えた。

「いや、ここは北海道ではない」
と、祐樹が自信ありげに言った。

「僕は、野ウサギを見たよ。この弓矢でも仕留めることができると思う」
と、伊織は嬉しそうに言った。

「ここは、東北地方かもしれません。たとえば、尻労安部洞窟遺跡があった青森とか、花泉遺跡のあった岩手とかです。ここの森は、針葉樹が多いですが、草原も広がっているので、もうそろそろ絶滅する大型動物が出るかもしれません。そうすると、時代的に海は凍り付いていないかもしれませんね」
と、陽斗が予想を話した。

「これからどうするか考えよう。まずは、魚を焼いて食べよう」
と、祐樹が言った。

「俺は、水を汲んでくる。さっき、湧き水を見付けた」
と、颯太が言った。

「じゃあ、この入れ物に入れて来て。瓢箪はないけど」
と、祐樹が言って、丸太をくり抜いた容器を渡した。

「僕は、薪を集めて来ます」
と、伊織が言った。

「僕は、さっき拾ったウサギを持ってきます。ウサギが切り株にぶつかって、転がったところを捕まえました」

「学者さんも面白い事いうね」
と、祐樹が言うとみんな笑い転げた。

「まちぼうけだな」
と、颯太が言った。

 みんなは、焚き火の周りを囲み、さかなを串に刺して焼き、ウサギの肉も焼いた。串は、鋭い石で木を削った。

「必要なのは、衣食住ですね。住居はまず洞窟が良いと思います。10人は入れるものを見付けてあります。でも、木の家が欲しいですね」

「俺は、小屋ぐらいならお茶の子さいさいさ」

「お茶の子さいさいってなぁに」
と、伊織が尋ねた。

「朝飯前ってことだよ」
と、颯太が言った。

「食料は狩りをするしかない。やはり、大型の動物を仕留める道具を作らないと駄目だな」
と、祐樹が言う。

「僕は弓道部でした。弓をみんなの分まで作ります。ほかに、槍も必要ですね。また大型の動物を仕留められる武器も作りますよ。陽斗さんがウサギを捕まえた仕掛けを教えてください」

「冬になるまでに、毛皮の衣服を作りましょう。ウサギの皮は、なめして日干にします。なめしに使う薬品はないので、植物の葉や実、樹皮、幹などを砕いたタンニンを使います。それに、陶器も作るつもりです」

「いつ、元の世界に戻れるか分からないので、みんなで協力するしかない。俺は、狩りで力になるぞ。エアガン競技をやっていたんだ。俺、酒が飲みたい。学者さん、何とか作ってくれ。一生恩に着るから」
と、颯太が言うと、みんなが大声で笑った。

「僕が人類学を学んで大事だと思った事は、狩猟採集民の間で普通に行われていた『互酬』という生活様式です。それは、再配分や交換を均衡にし、相互扶助を行うということです。
 今までの世界は、経済至上主義の考えが横行し、格差社会に悩まされていました。狩猟採集民の縄文時代は、農耕民の弥生時代と違って争いが少なかったと言われています。まだ、縄文時代には入っていないと思われますが、旧石器時代は『互酬』ということで、豊かさよりも平等が重んじられ、分け合う事が普通だったようです。争いを失くすには、それが大事だと思います。狩猟採集民の時代は600万年も続いたようです。人類にも、長い平和な時代がありました。農耕民は1万年です。産業革命からは300年足らずですが、あの有様です」

「僕も、ここで楽しく過ごすために働きます。でも、他の種族との協力も必要ですから、支配というものではなく、優位に立つための武器を作りたいと思います」

「俺も、力を貸すぞ。沢山、家を建ててやる」

「俺は、王様にでもなれると思ったが、本当に平等というか助け合いの世界ができるなら良い事だと思う」
と、颯太が言った。

「これから、多くのの種族と仲良くする事が大事ですね。でも、まだ近付くのは早いですか」
と、伊織が言った。

「他の種族から羨ましがられる暮らしぶりをしないと」
と、一番年上の颯太が言った。

 みんなは、陽斗の見付けた洞穴へ向かった。川からは、10分ぐらいのところにあった。3人は、広く頑丈で小綺麗な住み家に、満足した。当初、恐怖に満ちた出来事が、今や希望に満ちたものになった。新天地でどんな世界が始まるのか、人類学者の吉田陽斗は意気揚々と未来へ思いを馳せた。


 次の日、陽斗の仕掛けた罠を見に行くと、ウサギが3羽掛かっていた。それを、料理して食べた。その後、伊織を中心に武器作りを始めた。

「俺、この地に来る時、まるで消防の救助袋を滑るような感じがした。一瞬だったと思う」
と、祐樹が言った。

「俺は、忍者屋敷のどんでん返しの扉のような気がした。俺も、一瞬だったな」

「僕は、光の中を歩いているようでした。死んだのかと思いましたよ。でも、あれがタイムトンネルなのかなぁ」

「僕は、ブラックホールに引き込まれ、ホワイトホールに投げ出されたかと思いました」
と、伊織が言った。

 いろいろ試行錯誤して、強固な武器が出来上がった。狩りは日に日に、上手になり貯蔵も出来て、余暇を一人一人が楽しんだ。陽斗は、食料の保存方法を考えた。伊織は、電気が使えるようにしたいと考えていた。颯太は、頑丈な家を作ることに熱心だった。祐樹は、牛の胃袋をボールにして、サッカーやバスケット、野球をやれるようにと遊び道具を作っていた。





 今日も、みんなで大物を捕ろうと、狩りにやって来た。伊織の作った武器は最強だった。牛を見付けた。5頭が集まって、草をついばんでいる。

「一頭を離そう。5頭が一斉に向かって来たらまずい。まず、みんなで弓を放とう。ばらばらになったら最強の武器を使う」
と、祐樹が言った。

「俺が仕留める。エアガン競技の腕前を見せてやる」
と、颯太が言った。

「合図は、颯太さんが出してください」
と、陽斗が言った。

「木の間から、分かれて打ち込みましょう」
と、伊織が言った。

「分かれろ。構えて。打て」
と、颯太は合図を出した。颯太は、他の牛と反対方向に逃げた、一頭を仕留めた。

「やった、最高!」
と、言って喜んだ。丸太に縛り付けて4人で運んでいた。


 そこへ、木の実を採取している娘たちを見付けた。5人の若い娘にみんなは、驚くというよりも以前みんなを見付けた時と同じ感情だった。しかし、この時代の娘なので、躊躇した。

「どうする。話しかけるか」
と、祐樹が言った。

「言葉が通じない」
と、颯太が言った。

「今日のところは帰って、作戦を練りましょう。僕たち4人では心細いので、どう接触するか考えましょう」
と、陽斗が言うと、みんなも納得した。

 みんなは頷き、久しぶりの娘に顔がほころんでいた。重い牛も、心なしか軽く感じている。伊織は、好きな歌を口ずさんでいた。 

 みんなは、牛をさばき、半分を干し肉にした。半月分はあった。
「食べる時は、いただきますとご馳走様を言って、手を合わす方が良いですね」
と、陽斗が言った。

「そうだな。我々の命を長らえる大事なものだから。それに、昔は当たり前だったのに、有り難味を忘れたな」
と、颯太が言うと、みんなは手を合わして、頂きますと言って食べた。

「焼き肉は美味しいね」
と、伊織が言った。

「あの娘たちに干し肉を上げて、様子を見るのはどうでしょう」

「言葉が通じないので、それがいいかもしれない」
と、颯太が言った。

「まずは、あの場所に行って、男がいなければ、一人だけで近付いて、渡して帰ろう。それを、何度か続けて、心を許してくれるのを待とうぜ」
と、祐樹が言った。

「僕がその役をやります」
と、伊織は嬉しそうに言った。
 みんなは、優しそうな伊織が適任と賛成した。


 五人の娘たちがまたいた。伊織は一人みんなから離れた娘に近づき、やさしい笑顔で牛の干し肉を差し出した。娘は固まった様子で、逃げ出さなかった。伊織は、袋に入った干し肉を一つ取り出して、一口食べて見せた。

「あげるよ」
と言って、伊織は干し肉を娘の手に持たした。
 娘は笑顔の伊織に親しみを持って見つめて、受け取りやさしい目をして、お辞儀をした。伊織は、肉を食べながら、手を振ってその場を後にした。

「見知らぬ優しそうな若い男が、何かくれたよ」
と、アミが言った。

「何をもらったの」
と、エリが言った。

「美味しい。牛の干し肉ね」
と、言ってサトは手に取り食べた。
 みんなも食べて、喜んだ。

「私たち、ここ長いこと、牛なんて食べてないね。みんな年だから、無理は出来ないし、こんな大物を捕れないよね。怪我することが多く危険らしいからね」
と、トシが言った。

「それなら、仲間に入れてもらおうよ」
と、マイが言う。

 
 伊織はみんなの待つ所へ戻った。

「可愛い子に渡しました」
と、言って伊織は、にこにこしている。

「どんな反応」
と、祐樹が尋ねた

「驚いて、動けなかったのかな。でも、袋から一つ出して肉を食べて見せると、安心したのか袋を受け取って、お辞儀をしましたよ。それで、手を振って帰って来ました。良い感触でした」

「それは良かった」
と、颯太が言った。

「これからも、気長に続けましょう」
と、陽斗が言うとみんな頷いた。

 みんなはここから離れて行き、狩場へ急いだ。四人は、意気盛んになり、また牛を捕えた。やはり、口に合うのか、ほかの野獣より牛を狙う事が多かった。でもその内に、飽きたら別の野獣を物色するのだろう。


 あの娘たちは、住み家へ戻った。もらった干し肉をみんなに分け与えた。子供たちは、いつもの食べ物と違い、嬉しさのあまり飛び上がって喜んだ。みんなで話し合い、友好的に交際出来れば良いという結論だった。しかし、狩りの腕前などを覗き見したりして、もう少し様子を見ようという事になった。


 二度三度と色々な干し肉をもらった娘たちからも、美味しい果実や芋をもらい、みんなは仲間になれると確信した。男たちは、狩りの様子を見て度肝を抜かされていたのだった。その後は、伊織の誘導で、みんなが顔を出した。しかし、娘たちは狼狽えることなく、受け入れてくれた。
 四人は、娘たちに案内されて、男たちが待つ住み家へと着いた。村には老人5人と成年6人の男と4人の子供たちがいた。この時代の寿命は30年ぐらいなので、自分たちでは先がないと思ったのだった。
 ここよりは、広い住居があるので、来るように誘った。言っている事が分かったのか、見学を約束して帰って来た。

 次の日、陽斗と伊織が、村へ行って見ると用意をして待っていた。調教した牛に、木で作った荷車を引かせて、2台の牛車が着くと、みんなは驚きの喚声を上げた。10人ずつ乗せて出発した。獣道は、薮を切り開きならしてある。住居に着くと、残った二人が迎えた。新しい仲間を木造の宿泊先に案内した。

 今日は用意したご馳走をみんなで食べる。まだ、言葉が通じないので、身振り手振りで意思疎通を図った。陽斗は、合コンのような挨拶で、名前は聞けないので、話の中で自然と知れたらと思っていた。陽斗と颯太は、大人の客を歓待している。客たちは、電気の装置や住居、武器そして食べ物に感心しきりだった。
 祐樹は子供たちに、サッカーやバスケット、野球の真似事などして遊んであげている。子供たちは、見様見真似ではあるが、楽しんでいるようだった。

 伊織は、宴会の場から離れて、一目惚れしたアミに視線を送り誘った。伊織は宴会の最初から、アミに優しかった。アミは伊織に近付き、顔を赤らめた。

「僕、渥美伊織です」
と言いい、『いおり』を連呼した。

「い・お・り」
と、アミはたどたどしい発音で真似た。

「そうそう」
と、嬉しそうに言った。

 そして、アミの名前も聞き出そうとした。自分を指差して『いおり』、アミを指差し、首を傾げるというのを繰り返した。すると、アミが答えた。
「アミ」
と、声を出した。

 伊織は、アミの手を取って、川の方を指差した。アミは、伊織を見つめて頷いた。
「アミ、行こう」
 
 伊織は道すがら、いろいろな言葉を教えた。
「顔、目、口、手、お腹、お尻、足」
と、指差して教えた。

 アミは、ケラケラ笑いながら覚えていった。そして、一番言いたかった事を言った。川辺に着くと、魚が跳ねるのを見て、アミは喜んだ。

「僕は、アミが好きだ」
と、伊織は、アミを見詰めて真剣に言った。
 アミは首を傾げた。

「すき」
伊織は、連呼した。

 アミは、また、たどたどしく真似た。
「す・き」

 伊織は、アミの手を引き寄せ、優しく肩を抱いた。アミは伊織の温もりを感じ、幸せな気持ちになっていた。二人は会話が出来ないので、風景を指差しながら川辺を歩いた。


 陽斗たちは、周りの種族と仲間になる事が、未来を平和へと導けると確信していた。アミの種族のみんなは、友好的だった。言葉は通じないが、身振り手振りで今夜は泊っていくことを勧めた。暗くなって来たので、引き留めに頷いた。夜になり、焚火を囲んで飲食した後、宿舎に寝床を用意した。

「みんな、どうだった」
と、年上の男が聞いた。
 
「私は、ここで暮らしたい」
と、アミは言った。

「私も、ここに残りたい」
と、サトも言った。
 
 子供たちも、ここで遊ぶことを覚えて楽しんでいたのを、みんなは見逃せなかった。

「ここの武器は、俺たちのとは比べ物にならないくらい、立派なものだ」

「俺たちが束になっても敵わない」

「俺たちだけでは、野獣にやられてしまう」

「こんなにやさしくしてくれるのだから、一緒に暮らすことを考えた方が良い」

「近くにも、ほかの種族がいる。食料がなくなったら、襲われるかもしれない。俺たちはもう寿命だ。守ってやれないかもしれない」

「お父さん、死んじゃうの」
と、息子が泣きそうな顔で尋ねた。

「俺たちは、30年ぐらいしか生きられないんだ」
と、父親が言った。

「私たちは、一緒に暮らす事は賛成よ」
と、トシが代表して言った。4人は頷いた。

「俺、ここでいろいろな事を学びたい」
と、若い男が言った。

 男たちも、ここの暮らしに憧れを持って、仲間になる事を賛成した。

 みんなが、友好の握手をした。先ずは、意思疎通の言葉を身振り手振りで教えた。子供は、遊びの中から、言葉を覚えていった。みんなは、颯太と祐樹に仕事を習った。そして、仕事を覚えると、自分の得意を伸ばしていった。





 陽斗は、『互酬』をこの時代に浸透させ、平和な未来を創るために、働いた。争いのない世界だ。他の種族との交渉役が大事な仕事だった。種族の中には、薬草に詳しい者がいて、医療分野に明かりを灯した。
 もしかしたら、前の次元でもタイムトラベラーがやって来て、いろいろ変革を試みたが失敗に終わったのだろうかと、陽斗は思った。しかし、長年の歴史の中で戦争や不平等が横行した世界では、元に戻すことなど思いもよらないのだろうと思った。それには、みんなが『互酬』の精神を普通と考える世界にしなければならないと思った。

 武器作りは祐樹が担当することになった。颯太は工事関係を担当した。そして、伊織は電気の研究や鉱物の発掘なかでも鉄の発掘が重要な仕事だった。この二つは、文化的な生活を送る必要最低限のものだった。衣食住のほか、これらをみんなで分け合えば、争いごとがなくなる世界が出来ると新世界の四人は思った。
 自然をみんなで分け合っていた時代から、余剰を作った時代に独占という考えが芽生えた。そして、富の集中が人間の意識を狂わした。富を持つものや武力を持つものによって、世の中が動かされてきた。この二大権力を押さえなければ、全体の幸せは得られないのだった。


 陽斗は、伊織の科学技術が伊織自身だけの能力か不思議だった。

「伊織君の科学技術の源は何処から来るの」

「陽斗さんは、もう感じているでしょう」

「まさか、アカシックレコードからの情報なの。颯太さんの建築技術のアイデアや祐樹君の防衛技術のアイデアもそうなのかな」

「良く分からないけど、寝て起きると関数や公式が頭に浮かんで、いろいろな事がひらめくんです。これが、アカシックレコードと言われれば、そうなのかもしれません」

「『互酬』を実現させるためには、日本だけでなく世界も統一しなければならない。そのために必要な現代の世界地図が夢に浮かび、助かったよ。この時代は、大陸の分裂と衝突が5億年続いていた。今もまだ続いているので、大事な情報なんだ。
世界統一には人工衛星による通信衛星と放送衛星、が必要になるが、伊織君どうだろか」

「大丈夫、完成させます」

「ありがとう。それに、人口が多くなっているので、いよいよ稲や麦が必要になって来たね」

「陽斗さんの『互酬』の考えは、4人の共通の思いですよ。ドローンも作りますよ」
と、伊織は言って使命感をいまさらに感じていた。

「これは無理かもしれないが、前の次元とつなぐインターネットはどうかなぁ」
と、陽斗は面白半分に聞いた。

「やはり、無理でしょうね。でも、必要な科学技術は50年ぐらいで近づけたいですね。今は、風力発電に頼っていますが、太陽光発電も開発します。日本にもシリコンの原料、二酸化ケイ素つまり石英がありますからね。
 まずは、蓄電池やリチウムイオン電池を完成させ、パソコンを製作しますよ。前の次元へインターネットをつないだら、特許料を払わなければならないでしょうか」
と、伊織は言って苦笑いをした。

「伊織君なら50年と言わず近付けるでしょう。期待しています」
と、陽斗が言って、伊織と握手をした。
 

 ようやく、人工衛星を完成させた。そして、人工衛星の打ち上げの日がやってきた。伊織は、ここまで50人の科学者を育成して、ここまでたどり着いた。一番の助手はアミだった。打ち上げには、大勢集まった。待ちに待った、人工衛星の放送衛星と通信衛星が打ち上げられる。
 打ち上げ台に人工衛星が準備された。カウントダウンは日本語だった。
「10、9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。はっーしゃぁ」

 人工衛星は空高く上がると、観客は手をたたき喜んだ。そして、放送と通信衛星が切り離された。

「切り離しに、成功しました。順調に飛行しています」

「放送衛星と通信衛星は、地球周回軌道に乗りました」
と、伊織が言うと、みんなは拍手喝采だった。そして、伊織に駆け寄り、握手をした。


 伊織は、ドローンを改良に改良を重ねて、アフリカまで飛ばせるようにまでなった。後はアフリカから稲や麦の種を持ち帰ることを考えた。

 実験が行われた。ドローンの名前は、『ゆたか』と名付けられた。ドローンにはカメラが搭載されていて、遠隔操縦で作業ができる装置が配備されていた。
 実験室から出て、広場に集まった。午後3時が発射時間だ。アフリカ大陸へ到着する時刻は、予定では日本時間で次の日の午後3時だった。アフリカの時間は午前6時だった。

「ドローンを打ち上げます。はっーしゃぁ」
と、伊織は言って、ドローンを操縦し始めた。観客はドローンが見えなくなるまで、拍手で見送り、三々五々感動しながら帰って行った。あとは、アフリカに着いた時から、マンションの共有テレビで採取の瞬間が放映されることになっていた。
 発射後、実験室へ戻り、自動操縦に切り替え見守った。24時間後、アフリカに着いたドローンのカメラ映像が信号で送られて来た。そして、テレビに放映された。

「沢山の稲や麦が収穫されました。実験は成功です」
と、伊織が言うと、みんなが駆け寄り、肩を抱き合った。

「これで、人口が増えても大丈夫だな」
と、祐樹が言った。
  


 新世界は、3年で10万人になった。人口が増えるにつれて、政治機構を完備した。最高機関は4人で編成し、直轄に農林水産経済省があった。4人の合議制で日本国は動いた。内閣の首相や大臣は、この時代の人種から選出した。内閣総理大臣と副総理は4人で選出した。財務大臣と副大臣は陽斗が弟子を任命した。文部大臣と副大臣は伊織が弟子を任命した。建設大臣と副大臣は颯太が弟子を任命した。そして防衛大臣と副大臣は祐樹が弟子を任命した。全組織は、男女が同数程度だった。大臣と副大臣はどちらかが女性だった。
 東北から南下し都市を10数箇所も建造した。関東の首都には3万人が住み、政治都市として機能していた。そのほかの都市には7万人が住んでいる。農業都市や林業都市、水産都市、工業都市、資源都市、学術都市、観光都市、田園都市、防衛都市に別れて住んでいた。地方都市は、市長と副市長が任命され、1年ごとに替えられた。権力の集中を防ぐためだった。

 都市の移動は、電動バスであった。都市内の電動バスは全て無料だった。都市は、大型動物からまだ守らなければならない時代が続いていていた。
 住居は鉄筋コンクリート造りのマンション群だった。いずれのマンション群付近には、デパートや公園、競技施設が揃っていた。首都では、芸術文化も生まれてきた。これまで、武力で支配した種族はない。同一民族なので、より近くの種族の使者を送って、容易く組み入れる事が出来た。しかし、文字を持たない人種に、最初からお互いが分かり合えるというのは難しいので、圧倒的な優位を見せることもあった。それは、狩りの仕方で、数々の驚異の武器などであった。
 国民は、好きな仕事を選び、報酬の給料を得た。生活に必要なものは配給された。余暇では、施設などでの娯楽のほか、川や海で魚釣りをする者や山で山菜採りをして遊びを楽しんでいる。
 余暇の中で、食べ物を家に持ち帰り蓄える者もいた。少量は問題にはならない。それは、誰にでも許された事だからだ。しかし、鉄や金、銀などの鉱物は、みんなの物だった。


 狩猟採集民の移動生活からの脱出のため、集団で暮らし、道路を繋ぎ、電動バスを走らせた。国民にはマウンテンバイクや電動自転車が与えられていた。電気は電線ではなく、都市ごとのクリーンエネルギーの発電施設があった。また、蓄電池も用意されていた。放送や通信は、人工衛星が担っていた。腐食の問題がある水道は作らず、井戸や貯水施設を活用し水道のように衛生的な水を供給した。そのためにも、化学薬品などによる土壌汚染対策は厳しく行われ、工業地域が決められていて、住宅地域とは分けられていた。土地の利用は厳しく管理されていた。そのため下水道は、地域ごとの狭い範囲で処理されていた。また、人口爆発にも、未来に対する意識を高めていた。経済至上主義の社会にしないためにも、生活必需品はみんなに支給された。つまり、余暇以外はお金を使う必要がないぐらいだった。
 前の次元で、この地球に住む人類は、地表の1パーセント足らずの厚さに住み、噴火や地震の危険にさらされて来た。また、台風や洪水、土砂災害、竜巻、高潮、雪崩、吹雪、落雷、干ばつ、熱波、冷害など自然災害に見舞われていた。この災害に立ち向かうためには、災害から守る建物の構造や場所の必要性と守れるだけの人口の適正数が大事になる。人口爆発が起こっている地球では、守れる命も見捨てられ、経済成長だけが重宝されていた。

 教育により互酬の精神が徹底でき、富の集中が人間を狂わすことを説いた。また、人類の人口爆発が世界を滅ぼすことを説いた。
 このまま、技術革新が進めば、前世と同じ経済が発生する恐れがあった。しかし、平等を謳った互酬世界は、格差をなくすための最大級の累進課税制度になっていた。また、ベーシックインカムで生活保障(食事と住居、仕事)と社会保障(医療と出産、失業、老化、死亡など)が完備されていた。





 遠く離れた地に、新人類を発見したと警備隊員から報告があった。言葉が通じるという事だったので、電気自動車で首都に案内させた。

「ようこそ」
と言って、4人が握手を求めた。

「あなた達は、西暦何年から来たのですか」
と、陽斗が尋ねた。

「私たちは、2018年です」
と、医者の野口郁夫が答えた。

「俺たちは、2016年だ」
と、颯太が先輩気取りで言った。

「私たちは、あきらめてここで楽しく生きて行くことしか考えていませんでした。でも、あなた達は文明を築こうとしているのですね」
と、経営者の安川徹が尊敬の念を込めて言った。

「私たちは、衣食住を共有し、電気や鉄を早くから活用しています。ここまでの発展は、イギリスの産業革命より進んでいます。今まで、争いや戦争などしていません。
 現地の種族とは、食料を供給することにより、仲間になりました。言語は私たちの日本語を覚えてもらいました。言語統一により、教育を通して自然資源つまり地球にある物の共有を納得してもらいました。元々、旧石器時代の狩猟採集民は『互酬』という平等が重んじられ、分け合う事が普通なので、私たちの思いが容易に受け入れられました」
と、伊織は言った。

「今まで私たちが経験してきた世界は、弱肉強食でした。このまま、野放図に歴史を刻めば、同じ世界が出来上がります。絶対に在ってはいけないのは、格差社会です。これは、武力闘争や戦争が招いた結果だと思います。狩猟採集民から農耕民に変わった時、現れたのは、食料を奪い合う争いです。でも、これは前の次元であった経済活動の究極の世界と同じです」
と、陽斗は言った。

「私たちは医者や弁護士、経営者、政治家です。お役に立てると思います」
と、政治家の山崎純一が言った。

「ただ、あなた達は前次元では成功していた人たちです。考えが変わらなければ、不満から支配欲が芽生えてくる心配があります。私たちが持っている技術を使えば、世界を支配できるでしょう。そうすれば、前と同じ競争社会になり、戦争の勝ち負けで決まる弱肉強食の世界に戻ってしまう恐れを感じます」
と、陽斗が心配気に言った。

「私たちは、これまで楽しく暮らしてきました。それに、助け合いながら、競い合うというような事などなく、すべて分け合いました。何の疑問もなくしていた事です」
と、弁護士の角倉駿が自信ありげに言った。

「でも、他の国があれば、前の次元と同じように競争社会が作られるのではないですか」
と、政治家が心配そうに言った。

「それは困るので、私たちで世界に『互酬』を伝え、一国の平和な世界を築きます。もう人工衛星もあります。世界を通信衛星や放送衛星で繋げるのです」
と、伊織が言った。

「世界征服をするのですか」
と、安川が嬉しそうに尋ねた。

「いいえ、みんなが誇れる、新世界を創造します」
と、陽斗は言う。

「私たちのようなタイムトラベラーがいる多元宇宙が、たくさん存在しているとしたら、どこよりも理想的な世界を創造させてみませんか」
と、伊織が言った。

「争いなどしない方が良いに決まっています。しかし、仲良くなるだけでなく、仲間に入れるわけですよね。食料を上げるだけで、争いにならないのですか」
と、野口が尋ねた。

「一番は、獲物の取り方を見せ付ける事かな」
と、颯太が言った。

「戦わなくても、震え上がらせる訳ですね」
と、安川が言った。

「文字を持たない種族に、最初からお互いが分かり合えるというのは難しいので、圧倒的な優位を見せるしかないと思う」
と、祐樹が言った。

「これから先、経済活動は認められるのですか」
と、安川が尋ねた。

「経済活動は必要になるでしょう。しかし、格差を生まないためには、収入に税金を高く掛ける事が最良の方法だと思います。つまり、いくら販売してもそんなに儲からないという形が良いと思います。そうすると、無駄な商品があまり出ないと思います。土壌汚染や大気汚染、海洋汚染などを避ける方策も取らなければなりません。高度な技術を必要とするものは国で作るようにします」
と、陽斗は言った。

「特許はどうなるのですか」
と、角倉が言った。

「特許を認めると、手間が掛かります。すべて、単純な方法が良いですね。これまでの、技術は僕が作り出したものですよ。この国は『互酬』の世界です。お金儲けをするために、物を作っているのではありません。世界中の人を、豊かにするために作られるべきです。でも、前の次元の特許は使い放題です」
と、伊織が言って笑った。

「必要な物は国が作り、国民に配給し経済に頼らない世界を築き、余裕のある生活を実現することが大事だ。働くのは、国民。国民は、好きな仕事をして給料を得る。新しい仕事が、続々と生まれている」
と、自信ありげに颯太が言った。

「共産主義国家を目指しているのですか」
と、山崎が聞いた。

「国民に自由がない共産主義国家なんてあり得ない。自由主義の対抗策として生まれた社会と互酬というのは決定的に違う。近いのは、福祉国家かな。最初から互酬という平等の思想がないところに、共産主義が突然現れても上手くいく訳がない。それに、前次元には自由経済が蔓延していて、共産主義国家といえども自由経済の中で、全人口の平等は実現困難で、低水準だ。自由経済を取り入れた共産国でも、早速貧富の差が出て来ている」
と、祐樹が熱く語った。

「経済至上主義を一番嫌う国家にします。それは、格差を生み出さないためです。国家は地球全体を考えなければならないので、文明が築き上げられる前に、世界を『互酬』で統一します」
と、陽斗が力強く言った。

「私たちも仲間に入れてください」
と、野口たちが真剣に言った。

「私たちの思いを受け入れてくれるのなら、一緒に理想的な世界を築きましょう」
と、伊織が言った。

「前の次元の失敗を知っている8人がそろえば、互酬で全世界を統一できる」
と、颯太が言った。

「お疲れでしょうから、宿舎でお休みください」
と、陽斗が言って、警備隊員に案内させた。


 あれから2ヶ月、新人の安川は、彼女を作った。すでに、姓名の名字と名前があり、戸籍があった。彼女は春川美月という。二人は川の近くの公園でデートしている。

「徹さんたちって、まだ、ここへ来て短いのに重要な仕事しているのね」

「美月、僕は満足していない」

「経営というものをしたいの」

「商品ではなく国を作りたい。世界統一」
と言って、安川は口ごもった。

「首相とか大臣とか市長になるってこと」

「いや、世界を『互酬』で統一する旅に参加しようかなと思って」

「日本を離れるの。もう会えないの」

「いや、遠い話だよ」

「でも、そんな計画があるの」

「あるよ。世界は広い。日本の面積は世界の約400分の1だよ。でも、大きい国があるし、小さい国もある」

「日本以外に、国があるの」

「今はないよ。でも、多くの民族がいるから、国が作られない前に、世界を『互酬』で統一しようというのが、日本国の計画だよ。国が作られると、どうしても覇権争いで戦争が起きるからね」

「そういう事なら、世界統一が良いわ。みんな感謝しているもの。食料がなくなると近くの種族まで怖いと言っていたもの」

「ここの武器は、大型動物でも軽く倒すものね」
と、安川は言って笑みを浮かべた。

「徹さん、ギターを弾いて。いつも和まされるわ」

「今は、ギターだけが僕の慰めだ」
と、安川は言ってギターを奏でた。

 遠くにいた人たちも、安川のギターの音色に聞き惚れている。


 新人はそれから3ヶ月の間、『互酬』の様子を見ていた。しかし、一人は違った感想を持っていた。4人が宿舎に戻り、食事が終わり、安川が庭にみんなを誘った。

「4人で楽しく暮らしていたころと、今をどのように思われますか」
と、安川が聞いた。

「電気や鉄筋コンクリートの家があるだけでも、我々以上の知識があるね」
と、角倉が言った。

「信じ難い技術で、神がかっていますね」
と、医師の野口が言った。

「『互酬』という考えは、素晴らしいと思うね」
と、山崎が言った。

「僕は、あなた達の能力を過小評価していると思います」
と、安川が怒り気味に言った。

「私たちが、勝ち組ともてはやされたが、あれは何なのかと思ったよ」
と、角倉が言った。

「医療の仕事は、沢山あるが、以前より体が楽だよ。大勢の弟子も出来たし」
と、野口は言った。

「陽斗さんたちの政治は、素晴らしい。それに、私が考えてきた政治と似ている。いや、それ以上だよ」
と、山崎は言った。

「支配者になろうとは、思いませんか。皆さんの能力を結集すれば、別の国が作れますよ」
と、安川がそそのかした。

「武器があれば、他の種族を支配して、王様にでもなれると思っているのか」
と、角倉が声を荒らげ𠮟責をした。

「多くの種族が仲間に入ったのは、武器の恐ろしさだけでないよ。優しさだよ」
と、野口が微笑み掛けるように言った。

「ここの民族は、支配されているとは考えていないよ。みんな生き生きしているじゃないか。この世に生を受けたものは、平等に生きる権利が保障されている。だから、働くことも苦じゃない。むしろ、遊びのように楽しんでいる。時間も、自分のものだ。働けない人たちにも、やさしい政治だ。この世界を壊したくない」
と、山崎は言った。

「すいませんでした。僕が間違っていました。世界に出てから、一人で武器を片手に、抜け出そうと思っていました。でも、みなさんに話して良かったです」
と言って、安川は泣き崩れた。

「君はまだ若い。26歳じゃないか。前の次元で経営者として成功したのも、アイデアのセンスがあったからだろ。ここでも、君は必要とされるよ。それに、君のギターの奏でる音色は素晴らしいよ」
と、35歳で貫禄のある角倉が元気付けた。

「この話は、冗談としよう。何もなかった頃から、今は昔の技術を目の前にして、良からぬ考えが生まれたのだろう。それは、戦いや貧富の差を、当たり前のように過ごしてきた歴史のせいかもしれない」
と、一番年上で40歳の野口が言った。

「縄文時代でそれほど争いがなかったというのに、農耕民の弥生時代では争いが多くなったという。しかし、旧石器時代の狩猟採集民のような『互酬』の世界に戻ろうとしないで、今までの世界が延々と続いて来た。それは、旧石器時代の狩猟採集民の知っている『互酬』が忘れ去られたからだよ。でも、それを現実に実行している世界がここにあるじゃないか。
 人間はいろいろな事を考えられるので、自分を律す心がなければ、恐ろしい人間になってしまうよ。支配される人間の事を考えれば、そんなことをするべきでない。人間って、頭脳がある分、何処までも恐ろしい存在だよ。格差がある事は、人間にとって悲劇だ。みんなで一緒に、幸せになろうよ」
と、30歳の山崎がしみじみと言った。

「これから、真剣に自分のできる事で、この世界に貢献させていただきます」
と言って、安川は涙をぬぐった。


 颯太は、宿舎の設備の不具合を見に来た帰りに、新人の話を聞いてしまった。

「安川君、改心したのならとがめたりしないよ。俺も最初の頃、王様にでもなれるかと思ったよ。でも、『互酬』の社会を知って、素晴らしい助け合いの世界だと思った。
 狩猟採集民の互酬には、多くの獲物を摂って高慢になる事も恐れたというんだ。それゆえ、傲慢も不正も許されないんだ。
 ここには、みんなが分かち合える物が無尽蔵にある。しかし、このバランスを崩す者が現れたら、弱肉強食が始まり、侵略による植民地支配が起こる。その後は、格差社会が容認された醜い経済至上主義社会の前次元に真っ逆さまだ。それだけは、絶対に阻止する。
 それは、結果として地球の自然を破壊し、温暖化による異常気象という警告までも無視し、恐ろしい自滅の世界を進行させているからだよ。
 君はこの世界に必要だ。平和な世界を奏でてくれ。伊織君に頼めば、エレキギターを作ってくれるかもよ」
と言って、颯太は笑顔で去って行った。

「すみませんでした。悔い改めます」
と、安川は言って、深々と頭を下げて見送った。





 颯太は、確信した。
「心配だった新人は、俺たちの真の仲間になったよ」
と、颯太は安心したように言った。

「どういうこと」
と、祐樹が聞いた。

「陽斗の心配が、安川に起こった。しかし、他の3人が諫めて、安川も改心してこの世界の良さを分かったようだ。俺は許したよ。もう大丈夫だ」
と、颯太はご機嫌だった。


 人工衛星の成功から、いよいよ世界へ『互酬』を広める旅へ出発する準備が整った。伊織の高度な技術は、世界へ飛び立てる礎になっている。進出するのは、オーストラリア大陸、南アメリカ大陸、北アメリカ大陸、アフリカ大陸そしてユーラシア大陸だった。ユーラシア大陸はヨーロッパとアジアに別れた。大陸への移動は、滑走路が要らないハイブリット飛行船や大型ヘリコプターであった。ハイブリット飛行船には電気自動車や電動自転車、マウンテン自転車、武器、食料の種が積まれていた。武器は最強だが、ある時点から進む事を止めていた。それは、巨大獣との闘いであって、戦争をするわけではないからだ。
 あれから科学者は100人になった。そのうち30人の科学者と技術者30人を含む1200人が開拓志願者になり、五大陸へ6部隊に別れ、1週間おきに旅立つ事になった。第一陣から二陣までは、女性隊員は参加しない。そして、半年毎に開拓者が、引継ぎ要因を残し日本へ戻り、入れ替わりが続くのであった。これからは、人工衛星によって世界が繋がれる。そして、高度な技術は世界へ受け継がれる。また、『互酬』を伝える教師も30人同行していた。世界の言語は、方言として残す事になっている。

 『互酬』船団の名前は『さなえ』と名付けられた。6部隊それぞれの代表の教師と副代表の科学者、技術者そして警備隊長が激励会に出席した。送る側の参加者は、最高機関の4人と厚生大臣の野口郁夫、法務大臣の角倉駿、総務大臣の山崎純一、芸術大臣の安川徹や他の国務大臣たちだった。激励会は、いつも楽しい食事会だった。

「私たち4人で、『互酬』の国を作る事を決めました。これまで戦いのない日本でした。これを世界に広げなければ、世界平和は実現できません。世界は、日本よりも途轍もなく広く、様々な民族が暮らしています。その民族と分かり会えることが、最大の仕事です。世界の民族も、まだ狩猟採集民ですから、我々の科学技術を見ると、神のなせる技と思うでしょう。しかし、我々は優しくなければなりません。只々やさしく食料を与え続け、あらたに音楽や芸術を交えて仲間を増やすのです。都市を作るのは、3年は掛かるでしょう。今は、焦らず苦難を乗り越えてください。
 日本からは、最高の技術を駆使して、みなさんを見守り続けます。この地球に生きる人々の幸せにつながる最高の事業です。みなさんの成功を祈ります」
と、陽斗が述べた。

「みなさん、食事をしながら、お話をしましょう。乾杯」
と、伊織が乾杯の音頭を取った。

 その後、みんなは、それぞれの苦労話や成功談を語った。

 激励会の終わりに、それぞれ部隊の代表が歓迎の言葉を述べた。

「我々の力で『互酬』を広げます。そして、戦争など存在しない世界を築きます。この開拓は、我々の誇りと共に使命です。これからの開拓に、日本からの見守りをお願いします」
と、アジア代表の隊長が述べた。


 それから五日後、第一陣のアジア部隊が旅立つ日、多くの人が見送りにやって来た。防衛隊の楽隊が演奏し、華やかな壮行式が行われた。
 テレビ中継もされている壮行式。この場は、家族と別れを惜しむ者や『互酬』を広げる有志に惜しまない拍手を送る者の集まりだった。この時代の狩猟採集民が味わった豊かさを、世界に広げる喜びは、計り知れなかった。

 隊員は、手を振りながら胸を張ってハイブリット飛行船や大型ヘリコプターへ乗り込んだ。見送りの人々は、隊員が乗り込むまで惜しみない拍手と声が響いている。

「頑張ってね〜」
「いってらっしゃい〜」
「元気で帰って来てね〜」
「期待しているよ〜」
「体に気を付けてね〜」
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 みんなは、様々に夢見る世界を思い抱きながら、手を振り見送っていた。


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