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作品名:ゴリラは笑った 作者:本条想子

最終回   1
  「 ゴリラは笑った 」

  本 条 想 子

 みなみじゅうじ座から一機の宇宙船が任務を負って飛び立った。乗組員は男性5名と女性5名であった。これから先、何百万年か何千万年か分からない果てしもない旅の始まりだった。それは、受精卵と共に何代にも渡り、引継ぎをしながら宇宙開拓へ向かう任務だ。

アニーがスポーツジムにやってきた。
「ヤー、アニー」

「ヤー、ジョセフ。筋骨隆々ね」

「野球やフットボールでもやりたいけど無理だからね。このスポーツカプセルで好きな程度の筋肉が付けられる。オリンピックならドーピング違反かな」

「ステロイドよりいいわ。女性が使えば、ひげボウボウよ。私も、筋力付けなければ。今度は、ヘレナとの任務よ」

「ヘレナと一緒じゃなかったの」

「ヘレナはウイリアムとIQカプセルの中よ。私も、さっきまでいたのよ」

「前回はディランとの任務、楽しみにしていたけど、文明が存在していたからね。でも、観光はして来て楽しかったよ。見ると聞くとでは大違い。データを分析すると、文明は滅びるはずだよ」

「降り立った星の歴史って、何処も共通しているのね」

「そう、数百万年も原始時代が続き、石器時代、狩猟採集生活、農耕や牧畜生活そして文明が生まれる。でも、行き着く所は、経済至上主義と飽くなき科学技術の進歩。そして、人類は競争社会で弱肉強食にさらされる。その中で格差社会に陥り、困窮者は過酷な労働をさせられ、戦闘にも見舞われ、世界は自滅して行くという愚かな結末しかない」

「そんな、星にはもう降り立つ事は出来ないものね。人類の住めない荒廃した土地が残っているだけね。惑星誕生から数十億年は経過しないと生物は誕生できない。それから、数億年で生物は消滅している。人類は、数万年で消滅する。民主国家以前の世界は戦闘に明け暮れ、民主国家になったとしても経済戦争をし続ける人類ってなんなのでしようね.それに、産業革命後は数百年も持たずに消滅しているのよね」

「高度な科学技術を持っていたら先ず、地上は汚染せれていると考えるべきか」

「でも、我々のIR星は立ち直ったわ。倫理観が勝った。星には許容量があることに気付いたからよね」

「しかし、星には寿命があるからな。IR星の恒星も、原始星の段階を急速に経過し、主系列星の長い段階を通過し、赤色巨星に向かおうとしている。恒星の一生を終える前に、宇宙開拓に乗り出してきたわけだから」

「ヘレナと二人で理想の星を築くわ」

「競争と言う言葉に騙され、経済活動があるから、競争が戦争になる。危険な原子力を使うのは人口が多いか、経済至上主義の危険な星。高度な科学技術を持った文明は、原爆を持ってから数百年と持たない。自国の利益や独裁者によって核戦争が起こり、破滅して行った。
IR星は高度技術を持っても、一万年続いている。グループ単位の協力社会があり、どこに所属するかだ。血縁団体、会社機構、宗教団体など、どこかに入る。独りはない」

「『平和な高度文明』の世界にはお金はない、シェアが中心。しかし、世界全体に食料や居住地そして安らぎの場がある。労働と自由時間があり、創造豊かな世界が広がっているのね。そんな世界を私たちも築くわ」



アニーとヘレナの壮行会にあたりメアリー艦長が挨拶した。
「アニー、ヘレナ。私たちは、IQカプセルで何度となく学習し、分かっている事と思います。私たちは、他の星を征服するために移住地を求め、旅しているのではないのです。また、異星の生命体と交流するためでもありません。私たちの目的は宇宙開拓にあるのです。
もうすでに文明を持つ星なら、要らぬ手出しは無用です。そこには、歴史的問題が多く横たわっているからです。それを解決するのは、その星の人々に任せるしかないのです。文明を築いた人類が最後まで責任を負うべきです。
私たちは、一からの出発しか考えていません。

多くの異星が自らの科学技術によって、知的生命体が息絶え、住むことの出来ない死の星となっています。しかし、IR星は奇跡的に踏み止まりました。
IR星は、全てを経験して来ています。IR星のように、高度な科学技術を持ってからも、1万年もの長い期間、平和で幸福な歴史を築けた知的生命体の星は、いまだ見つかっていません。

皆さんには、理想の世界を創造する任務が与えられたのです。皆さんで話し合って、それぞれの理想が合致したパートナーと任務に当たってください。我々には、知恵があり、教訓があります。間違った道に進む事はないと思いますが、迷った時は、何度もIR星の歴史を思い出してください。

IR星の歴史は、異星同様に原始時代から始まり、自給自足を経て、経済が発展し、多くの国家が誕生しました。そして、互いの国の覇権で戦争が繰り返され、多くの禍根を残しながらも文明を築いて来ました。

 星には許容量があります。人口が増えると、食糧や電力、資源などの不足が発生すると同時に、食糧を増産すると化学物質による土壌汚染などが起こって来ました。そして、二酸化炭素の排出によるオゾン層の破壊で、温暖化も始まりました。
また、一番の問題は、そんな不足を補う方法として人類は、昔ながらの弱肉強食を隠れ蓑に出来る経済至上主義を考え出したのでした。そのような世界は、格差社会がはびこるだけです。 

そのような高度成長を突き進む文明人の考えを変えたのは、世界同時巨大地震と巨大噴火によるものでした。失って初めて分かりました。
対処しきれない放射能汚染、処分しきれない核のゴミを前にして愕然としました。使ってはいけない原子力発電に頼りきりになり、初めてその実態を知り得たのです。経済成長を第一に考えて、危険を顧みずに突き進んだ結果が、人類滅亡の道となることを知らされたのでした。
IR星は世界中が協力して、人口爆発に歯止めを掛けました。それまでは、経済至上主義により拡大路線で突き進んでいましたが、我々は理性を取り戻しました。競争社会よりも人類の大事な未来を考えたのです。  

IR星は奇跡かもしれない。
こうして築いた50億年の星は、成長が止まったかのように平和が訪れました。しかし、星には寿命があったのです。今、IR星の恒星は進化の終末期の赤色巨星へ向かおうとしています。

我々が、一から文明を築けば、数億年も争い事のない平和な世界を創造させることができるのです。数百万年も続いた原始時代を飛び越え、またまた恐竜時代以前の数億年の太古の昔までも飛び越えて、文明を築けるのです。

我々は、5個の星を開拓しています。残りは今回を含めて5個の星です。開拓した5つの星は、数千年以上『平和な高度文明』を歩んでいます。母船は任務の遂行まで生き残らなければならないのです。我々の子孫繁栄と全宇宙のために御尽力くださいますようお祈り申し上げます。
アニーとヘレナも、ジョセフとディランのように戻って来てもいいのですよ。何度でも語り合いましょう。今日は、皆様方、心ゆくまでご歓談ください」
と、メアリーは挨拶し、深々と頭を下げた。


 メアリーとしても辛いところはあった。しかし、七代目艦長に就任するとき、何が起こるか分からないという覚悟は出来ていた。最悪、知的生命体からの攻撃を受けた場合、逃げ切れるか心配だった。不運にも戦死や捕虜になることを考えると胸が痛むのだった。また、母船から放たれる円盤には、乗組員の外に凍結受精卵が千個積まれていた。この受精卵の処遇も気に掛かった。
 もし、降り立った星に知的生命体の存在がなければ、直ちに母船に通信することになっていた。それから、開拓に取り掛かることになっている。また、もう一つ重要な任務として凍結受精卵をその星に誕生させることだ。誕生する子供たちは男女同数程度だった。
 こうした宇宙間の旅が出来るのも、重力宇宙船の完成によるものだった。重力宇宙船は重力をコントロールする反重力炉を推進システムに組み入れてある。光速よりもかなり速い重力をコントロールできるようになったことは、画期的なことであった。そして、光速は一定でも、重力の速度は無限であるということが、何にも増して魅力的な推進システムと成り得た。科学の進歩は、ますます宇宙間の距離を時間的に縮めることになっている。


 人間の科学的進歩は著しい。しかし、倫理がそれに付いて行けてない。その結果、一つの星の中の戦争であって、全宇宙には広がらない。
今まで、何百もの星の文明を見てきて、何百万年も続いているものはなかった。せいぜい、2万年も続けばいい方で、最後の100年は夢に溢れていたが、領土問題や資源の問題、経済問題、思想問題などで、最悪の戦闘で、文明もろとも知的生命体は消滅していた。



「先程、惑星探査機で捉えた星が肉眼でも見えて来るはずです」
と、艦長のメアリーが告げた。
 アニーとヘレナは、それを厳粛に受け止めた。
「もし、その星に知的生命体が存在して、文明を築いていたら、その惑星の歴史や地質の分かるデータをハッキングして来てください。それが終われば、すぐにこの母船に引き返すのです。お返しは、アカシックレコードとして、素晴らしい英知を聖者に伝達しましょう」 



 宇宙船の窓に、これから降り立つ星がかすかに見えて来た。アニーとヘレナの瞳に映る星は青く美しかった。 
「こんな美しい星に住めるのかしら」
と、ヘレナが口元を綻ばせた。
「知的生命体が住んでいないなんて考えられないわね。先を越されたかも」
と、アニーが半ばあきらめ顔で言った。
「最初に知的生命体の存在を確かめることですね。では出動準備をしてください」
と、メアリーは言って司令室から二人を送り出した。
 アニーとヘレナが円盤に積み込むのは、自分自身の荷物と大事な凍結受精卵ケースのみだった。すでに、円盤には必要なものが備え付けられていた。
「アニー、荷物の整理はできた」
「もう少し掛かりそうなの」
「私は済んだわ。凍結受精卵ケースは私が積み込んでおくわ」
「そうしてくれる。6番のケースよ」
と、アニーは言って、ヘレナの申し出に甘えた。
 
 冷凍保管室と書かれた扉を開けて中へ入って行った。中にはいろいろ分類されていて、凍結受精卵ケースと書かれている場所がある。そこには‘1から10’の番号ボタンがあって、必要なボタンを押してくださいと書かれていた。それで、ヘレナは6のボタンを押そうとした。しかし、冷凍保管室はあまりに寒いため、身震いしながらボタンを押してしまった。出てきた凍結受精卵ケースの番号には‘9’と書かれていた。単純なヒューマンエラーだった。へレナは冷凍保管室を早く出たいという頭が先に立ち、よく確かめずに持って来てしまったのだ。そして、円盤の中の冷凍室に納めた。凍結受精卵ケースを納めるスペースは2個分あった。
 アニーは個人的荷物の積み込みと自室の整理が済んで、円盤に乗り込むだけになった。しかし、円盤の責任者として凍結受精卵が気に掛かり、冷凍保管室へ向かった。凍結受精卵ケースのセレクトボタンの‘6’を押すと、ケースが出てきた。
「ああっ、来てよかった」
と、アニーは言って、円盤へ乗り込み、ケースを冷凍室に納めた。
 アニーとヘレナは操縦室へ入り、メアリー艦長に出動の挨拶をして、円盤へ乗り込んだ。
「出発」
と、メアリーは声を発した。

 空飛ぶ円盤は、葉巻型の母船の後部から産み落とされるかのように出て行った。母船は円盤からの通信を待って、推進システムを全て停止して恒星の軌道で公転した。円盤は母船から離れて、小型の反重力炉を使って急速に推進した。円盤は恒星間を飛ぶ物ではなく、恒星の中の惑星へ向かうように設計されたものだった。

 円盤は惑星に近づき、大気圏内へ突入前に知的生命体の衛星を確認した。この星は銀河系内にあり、みなみじゅうじ座のα星から約500光年離れた恒星の惑星だった。円盤は大気圏へ入るとすぐに、知的生命体が文明を築き、繁栄している事を確信した。

しかし、アニーとヘレナは、美しい光景に見惚れて、すぐに帰還する事を躊躇した。
「ヘレナ、電波がキャッチされたわ。知的生命体が生存していることは、紛れもない事実ね」
と、アニーが冷静に言った。
「残念ね。でも、少しぐらい見学しましょうよ」
と、ヘレナは茶目っ気たっぷりに言った。
「じゃあ、この惑星の歴史や地質の分かるデータをハッキングしながら、星を一周して帰りましょうか」
と、アニーも気を許しての発言だった。

 空飛ぶ円盤は、水平飛行を続けていた。今まで、青空だった天空も暗闇へと変化して行く。そして、一際大きい都市の領空内へと入り込んだ。すると、逸早くレーダーが捉え、空軍では戦闘機2機をスクランブル発進させた。
「領空侵犯機を発見しました」
と、マクビル少尉が報告した。
「侵犯機は円盤状で何処の国の物か確認できません」
と、トーマス中尉が興奮気味に伝えた。
「未確認飛行物体という事か」
と、空軍司令部から聞いてきた。
「そうです。今までに見た事もない空飛ぶ円盤です。この星の物とは到底考えられません。それに、飛行の仕方が普通ではなく、異常に早いのです。まるで、プラズマのようです。侵犯機は、1機と思われます」
と、叫ぶようにトーマス中尉が応答した。
「円盤の周辺は闇夜だというのに、雷の放電のように光り輝いています」
 と、空飛ぶ円盤に見惚れていたマクビル少尉も、この驚くべき光景を語り始めた。
「円盤の方でも、こちらに気付いたようですが、一向に逃げようとしません。ただ、一定範囲で消えたり現れたりを繰り返しています」
と、トーマス中尉が伝えた。
「消えるというのは、どういう事だ」
「猛スピードで移動しているので、そのように見えるのだと思われます」
「これから援護の戦闘機を発進させる。捕獲作戦を取るので見張っていてくれ。もし、逃げるような事があったら追跡して、攻撃しても構わない」
「了解しました」
と、トーマス中尉が応答した。

 トーマスとマクビルは、備え付けの特殊カメラで空飛ぶ円盤を撮り続けた。カメラは、未確認飛行物体つまりUFOの不思議な光と動きを捉えていた。UFOは真正面にいるかと思うと真後ろにいるという具合で、神出鬼没であった。二人は、科学技術力の差を見せ付けられているように感じられた。
UFOは、攻撃を仕掛けて来るわけでもなく、宇宙人の存在を誇示するかのように、自由自在に天空を飛び回っているのだった。
 トーマスは思わず、自分の携帯カメラにUFOを納めた。それは、政府によって間違いなく秘密裏に処理されるだろうと思ったからだ。そうでなければ、世界はパニックに見舞われるはず。我々より遥かに進んだ科学は、脅威そのものだ。我々の科学技術では、知的生命体が存在する異星へ辿り着くことが、現時点では不可能だった。その科学力をみすみす取り逃がすはずもなく、他国に公表するはずもなかった。

 UFOはそんなこととは露知らず、美しい星を遊覧飛行しているのかと思われるほど優雅に浮かんでいる。あるいはチーターのように、狙いを定めるまで、人間世界へ近付き、爪や牙をむき出しにして攻撃してくるかもしれない。そんなことが現実に起こると想定したら、これからとるべき道は敵を知ること以外にはないのだ。
 あのUFOの中にどれだけの科学技術が詰まっているのか、恐怖と興味が入り混じっていた。そして、UFOが自動コントロールされているのか、あるいは宇宙人がいるのか、いるとしたら我々と同じ姿形をしているのかなどと考えを巡らせていると、マクビルは夢心地になるのであった。
 トーマス中尉はUFOの現実を目の当たりにして、恐ろしさのあまり身震いしていた。このUFOを逃がしては、この星の未来がないと改めて気力を奮い立たせるのだった。これは、撃退するのではなく、出来ることなら無傷で捕らえたいと思っていた。こうした考えは、空軍司令部でも同様だった。この星の最高頭脳集団でも到達し得ない科学技術が、いま目の前に迷い込んで来ているのだった。いや、総攻撃前の偵察飛行なのかもしれない。それから、次々と戦闘機が飛んできた。

 一方、アニーとヘレナは、異星一周の旅を最初は満喫していた。しかし、今は悲しんでいる。二人は凍結受精卵から誕生したので、故郷の星で、生活したことがなかった。しかし、故郷の繁栄は映像で見て知っていた。
 この星は破滅した星の歴史に、似通っていた。当初、青い星かと思ったがきれいな大気ばかりではなかった。また、砂漠が広がっている。戦争で破壊されたり、地震の爪痕が残っていたり、原子力発電所の無残な廃墟などが目立っていた。それを、遅れていると誤算した二人は、この星で最強の空軍によるスクランブル機に対して、見くびる結果となった。

「あれは、ジェット機でしょう。私たちが逃げたら追い付くわけがないわよね」
と、アニーが言って笑った。
「そうね。それにしても全然攻撃を仕掛けてくる様子もないようね」
と、ヘレナも言ってはしゃいでいる。
 空軍の仕向けた戦闘機が10機、UFOを取り囲んだ。アニーとヘレナは、シミュレーションで戦闘の訓練を積んでいたので、難なくこの場を逃げ出したかにみえた。しかし、10機の戦闘機が放ったミサイルの中には、UFOをかすめるものが何発かあった。UFOは逃げながら、目くらましにレーザービーム弾を発射した。すると、空軍の何機もが逃げ出した。打ち落とすつもりもない閃光弾ではあったが、効果抜群であった。  

 そして、UFOは大渓谷の中に消えた。
「アニー、推進システムがおかしいのよ」
「本当、これでは母船まで帰れないわ。すぐに着陸して」
と、アニーが叫んだ。 
「この星の科学力もたいしたものね。当たり所が悪ければ、竹槍だって駄目か」
と、ヘレナが変な感心をしながら、着陸した。
「早く故障箇所を修理しましょう」
とアニ―が言って、二人は船外に出た。
「これはすぐに直りそうもないわね」
と、ヘレナが言った。
「母船に連絡するわ」
とアニーが言って、船内へ向かう。
「私は、修理しているわね」

「艦長、応答願います。アニーです」
「連絡が遅いので、心配していましたよ」
と、メアリーは言った。発信すると相手方に受信される恐れがあるため、差し控えていた苛立ちもあった。
「すいませんでした。この星があまりにも美しいので、知的生命体が存在することを確認しながら、深入りし過ぎ、大変なことになりました。今、10機ぐらいの戦闘機に追われています。推進システム部分が敵のミサイルにやられて、大気圏を抜け出して星から脱出することが不可能ですので、修理しているところです」
「その星の知的生命体を敵にしてしまったのですね」
「申しわけありませんでした」
「それで、直る見込みはありますか」
「すぐには直りそうもありません」
「その星の知的生命体は手強そうですか」
「思ったより、科学が進歩しているようです」
「仕方がありません。円盤を捨てて、緊急脱出用小型円盤に凍結受精卵ケースを積んで避難して来てください」
「はい、了解しました」
と、アニーは言って、命令に従った。

今度は、アニー自身で冷凍室から凍結受精卵ケースを取り出して、緊急脱出用小型円盤へ二人で乗り込んだ。
故障した円盤の上部が開いて、小型円盤は上空へ舞い上がった。そこからは、戦闘機の中の人間がまばたきする間に遠い天空へ消え去った。


トーマスは空軍司令部に連絡した。
「先程のUFOではなく、小型円盤で逃げられました。まだ、先程のUFOは残っているはずです。引き続き捜索します」
「分かった。他の空軍機は基地へ戻す。二人は極秘に探索を続けてくれ」
と、空軍司令部から命令された。
 そして、政府は国の内外に未確認飛行物体に遭遇し、追跡したが見失った事を公表した。空軍には、
UFOの問い合わせが殺到し、否定し得なかった。

 トーマスとマクビルは、大峡谷を探索した。ここ大峡谷は高原を浸食し、巨大な岩壁が高くそびえ立つ雄大な景観に包まれている。その中の残された高原には、ごつごつした岩と途切れ途切れに木が生えている。そんな高原に、木が薙ぎ倒され焼け焦げた所を発見した。その真ん中に、シルバーの反射体が見えた。

「UFOを発見しました。木がなぎ倒され焼き焦げた所の中に機体があります」
と、トーマスが通信した。
「先ずは、着陸して偵察してくれ」
と、司令部から指示があった

二人は近くの平坦な場所を探して着陸した。エンジンは掛けたまま、トーマスが先に行き、マクビルが後に続いた。そして、二人でその物体の方へ歩いて行き、遠くからUFOを眺めた。それは、正しく特殊ビデオカメラで撮影したUFOに違いなかった。静止しているUFOは光り輝くということもなく、ただひっそりと置き去りにされているようだった。

「トーマスです。UFOには動きは見られません」
「戦闘機を10機出動させる」
「その前にUFOに近付けさせてください。偵察します。UFOの捜索の際に見たレーザービーム弾による大峡谷の岩壁の破壊現場は凄まじいもので、あなどれないと思います。しかし、宇宙人は脅すだけで命中させませんでした。それに、小型円盤で逃げる際にUFOを時限装置で爆破しなかったのにも、友好的な感じがします」
「では、近くで観察してもう一度連絡してくれ。いつでもスクランブルはできる状態だ」
「はい、分かりました」

「トーマス中尉、まだ宇宙人はいるのでしょうか」
「あの小型UFOで去ったと思う。私が近くまで行って見てくるから、何かあったら一人で逃げてくれ」
「いいえ、私も行きます。あの小型円盤で宇宙人の一部が、救援機を呼びに行ったとしたら、まだ中に残っている可能性もあります」
「いいや、戻ってくるにしても、中にはもう誰も残っていないはず。あの小型円盤で逃げたよ。私一人で行く。マクビルは残って司令部に連絡してくれ、命令だ。
私は宇宙人と戦争したくない。この宇宙人は友好的だ。怒らせたくない。いなくても、見ている。恐れているだけで、話し合いをしなければ、科学力で完膚なきまでに打ちのめされ、敗北する。今、出来る事は、目の前にあるUFOを回収して、研究材料にしてもらうことだ」
「危険過ぎます」
「私の命は、軍隊に入った時に国へ捧げたつもりだ」
「中尉‥‥」
「行ってくる。攻撃がなかったら、いないということだ」
と、行ってトーマスはUFOへ向かった。

 トーマスはUFOに近づいて行った。そして、UFOの周りに点在する足跡を見つけた。トーマスはマクビルに合図をして、呼び寄せた。マクビルは嬉しそうに手を振り駆けてきた。
「UFOの周りに宇宙人らしき足跡が二種類ある」
「宇宙人はもういないですね」
「司令部、トーマスです。宇宙人はもういないようです」
「中に入れるか」
「これから、二人で入ります」
「では、中に入って、中の探索をするように」
と、司令部から命令された。
「はい、入ります」

UFOの上部から降りているタラップを上って、天辺へ辿り着くと、小さなハッチの近くに二種類のボタンがあった。その左を押したが何も動かず、右を押すと、扉は静かに開いた。二人は銃を抜いて、内部に通じるエレベーターの横の階段を下った。横に広がるスペースは小型円盤の飛び去った後のようだ。それから、船室を隈なく探したが宇宙人は見当たらなかった。

「やはり、宇宙人はいません。それに中は、そんなに破壊されていません。引き続き、探索します」
「交代要員を送った」
と、司令部から命じられ、30分後に交代した。


 二人は空軍司令部へ向かった。司令部では空軍司令官が待ちかねていた。
「只今、帰還しました」
「ご苦労。どうだった」
「はい、UFOは直径15メートルほどありました。UFOの中には、宇宙人は見当たりませんでした。無人だったかもしれませんが、ロボットではなく有人だったと思います。」
「やはり、小型円盤で宇宙人は逃げてしまったのか」
「UFOの周りに二種類の足跡らしきものが点在しておりました。修理を試みたのでしょうが、諦めたようです。船室に、工具が散らばっていました」
「そうか。では、明日から二人にもUFOの回収作業にあたってもらう。そして、二人を二階級特進とする。これからのUFOに関する任務は、トーマス少佐に指揮を取ってもらう。マクビル大尉はその補佐役を勤めるように。今後、機密事項が多くなるので、十分注意して任務にあたるように」
と、司令官が言って出て行った。
「はい」
と、二人は言って、司令官を敬礼で見送った。
「回収作業の会議を開くので、追って連絡する」
と、中佐が言って出て行った。
「はい」
と、二人は言って、中佐を見送った。


 司令部は、早速、機体回収の会議を始めた。回収といっても、UFOを秘密裏に空軍基地へ運ぶわけにはいかない。そこで、UFOを一先ずその位置に隠すことにした。そして、その地下にUFO研究施設を建築することになった。

 その後、空軍が早急に建設資材を運び込み、プレハブハウスを築いた。それと同時に、地下では巨大なUFO研究施設が着工されていた。
 プレハブハウスの中では、すでに科学者と技術者が結集され、秘密裏にUFO解析が始められていた。注目されたのが、UFOはどんな構造で、どんな推進システムなのかという事であった。これらが解明されたら、近い将来、恒星間を飛行できる宇宙船が、我が国でもできると思われた。しかし、このUFOに乗ってきた宇宙人の目的が最大の問題だった。もし、侵略目的だったら、いまだ有人飛行では衛星にしか行っていない技術で、何光年以上の恒星から地球へ来られる宇宙人に、対抗できるとは思えないからであった。

 宇宙人の目的が、侵略か友好か議論された。

UFO本体は破壊されず残っていた。しかし、UFOの中は、一部意図的に破壊された装置があり、情報らしき資料も持ち去られていた。
この事実は、未開拓の星を探しているため、知的生命体の星には侵入しないということではないか。つまり、友好も侵略の目的もないのではないかという楽観論だった。

 しかし、悲観論もあった。それは、装置の他にもう一つ大変な物が発見されたからだ。それは、宇宙人の凍結受精卵と思しき忘れ物。この意味を持って悲観論者は言うのだ。凍結受精卵を送り込まなければならないほど遠い異星であるならば、この星を苦労して発見しながら、手放すはずがないというのであった。それゆえ、体勢を立て直すか、援軍を待つしかして、攻撃を仕掛けてくるのではないかと考えたのだった。

 もし、攻撃されたら勝ち目はあるだろうか。今回は相手に痛手を負わせることができたが、あのビーム弾を本気で使われたら、この星の空軍では太刀打ちできないというのが大勢の意見だった。

それに、この太陽系には知的生命体の住む惑星は考えられない。一番近い恒星プロキシマ・ケンタウリでも約4.3光年は離れている。太陽に最接近する約2万7千年後でも約3光年の距離である。地球の科学技術のボイジャー1号(約17km/秒)でも7万年以上かかる距離を、宇宙船で来られる高度な科学技術を持った宇宙人がいるという事実がここにある。そして、人類史上最速の太陽探査「パーカー・ソーラー・プローブ」でさえボイジャー1号の6か7倍ぐらいの速度にしかならない。
ワープの技術を持っているとしか考えられない。古代のオーパーツや近代のアカシックレコードなど不思議なことが、厳然として存在している。



 楽観論や悲観論は別としても、異星の超高度な科学技術を解明しなければならなかった。その第一歩として、UFOに匹敵する宇宙船を作り出すことが急がれた。

 そして、もう一つ非人道的な計略が密かに進められていた。それは、トーマスやマクビルも参加した極秘の組織である“プロジェクト・フューチャー”の中で行われようとしていた。こうでもしなければ、超高度な科学技術を持つ宇宙人に征服されると考えられたからだった。
 その計略は一言でいうなら人質作戦であった。これだけでも非人道的であると批判の的になりそうだった。そこに、この人質を産み出す方法に問題があった。それは、凍結受精卵では人質としての価値を持たないので、生育した子供でなければならないという意見が大勢を占めたからだ。

母船が戦闘機なら、すぐに攻撃してくるはず。遠い星から援軍を呼ぶなら長期になるので、準備期間は何年もあると考えられる。短期なら降参するか、友好関係を築くことを考えなければならない。
早急に、凍結受精卵を誕生させるのには、母胎が必要だった。たぶん、UFOの中で意図的に破壊された装置は、人工胎盤だったのだろう。しかし、地球にそれはない。
そんな時に、安易な方法を言い出す軍の幹部がいた。それは、人間の女性の母胎を使うという方法だった。しかし、もし宇宙人が人間とはおよそかけ離れた姿形をしていたら、その女性の母胎が持たず、お互いを死に至らしめるかもしれないという危険をはらんでいるのだった。

今回のUFO追跡で、宇宙人とは遭遇していない。ただ、UFOの回りに残っていた足跡のみが唯一、宇宙人の体格を特定できるものであった。足跡は、地球の成人よりも小さいもので、土へのめり込みも少なく、二足歩行であった。こうした事から、人間と同じような姿形をしていると考えられる。そうであるならば、人間の女性の母胎でいいのではないかというのであった。
国家機密と言えば、何でも仕方ないという風潮がなきにしもあらずというところがあった。もし、これが秘密裏に国の内外で行われたとしても、UFOの仕業で済むだろうというのである。また,遠からずUFO研究成果が現実化すると考えられたので、地球性UFOが飛び交い、目撃されるのであるから、すべて宇宙人の仕業にすればいいというのであった。

他の軍幹部は、人間の女性の母胎と似通ったゴリラの母胎を使ったらどうかと言い出した。人間の女性もゴリラの雌も、同じような妊娠期間だというのだった。ゴリラは背の高さが2メートルぐらいで、体重が200sぐらいあるというのに、生まれた時の重さが2sぐらいだという。見るからに怖そうなゴリラであるが、実際は大人しいともいう。また、雌ゴリラは体重が100sぐらいで母性本能が強く赤ちゃんを可愛がるというのであった。
いくら、超高度な宇宙人に対する作戦にしても、全世界の賛同が得られるわけもない。また、秘密裏に人間の女性を拘束、監禁してこれを実行するということは何を意味するだろうか。意志ある人間の女性は、これに耐えられるはずがなかった。もし、合意だとしても、自分の母胎から誕生した赤ちゃんを、人質として差し出すことは、人情からしても出来ないだろう。このようなことからしても、人間の女性の代理母は難しいという結論がでた。この二大戦略、つまりUFO建造計画と宇宙人の人質作戦は、国内外に秘密裏に行われるのであった。そして、トーマス少佐とマクビル大尉が二大戦略の中枢にいた。そして、緊密な繋ぎ役でもあった。

宇宙人襲来は、世界中がパニックに襲われる事態だった。ただ、UFOは夢とロマンに満ち溢れたものに偽装させる事も出来ると“プロジェクト・フューチャー”は考えていた。世界が内部崩壊するか、小出しのUFO出現で宇宙人の存在を溶け込ませていけるかが分かれ目だった。

UFO建造計画はトーマス少佐に、宇宙人の人質作戦はマクビル大尉に委ねられた。



宇宙人の代理母として選ばれたのは動物園で育った5頭の未経産の雌ゴリラだった。UFOの研究施設の一部が出来上がり、UFOが地上のプレハブハウスから地下へと降ろされていた。そして、そこを通って奥へ行くと、生殖科学研究所があり、その中に大きな檻が5個並んでいた。それから別室には、宇宙人の凍結受精卵ケースが納められている。

 トーマス少佐とマクビル大尉は、獣医のダニエルと産婦人科医のイザベルに対峙した。二人は夫婦だった

 凍結受精卵が解凍され、受精卵が細胞分裂を繰り返す。1つだった受精卵が2つの細胞に、そして4つ細胞にまで卵割した。その胚は、妊娠していないことを確認された5頭のゴリラの子宮腔内深くで、ホルモンによって着床準備のできた内膜の上に移植された。その後、ゴリラは檻の中のベッドに麻酔をかけられたまま横たわっている。目覚めてもお腹の中で何が起こっているか分からない。しかし、何カ月かすると、母親になることを本能から悟るだろう。

マクビルは、野生のゴリラ社会を考えた。雌ゴリラだけではゴリラ社会がお互いの反発関係を強めて成り立たない。野生のゴリラ社会では一頭の雄ゴリラによってハーレムが形成されている。成熟した雄ゴリラの背中には白い毛があり、シルバーバックと呼ばれている。
ハーレムは、一頭のシルバーバックに、何頭もの雌がいてその間に出来た異母兄弟からなっていた。また、別のハーレムから移籍してきた雌がいる場合は子連れもあるので、血縁関係のない場合もある。この場合、雄の子供であればいずれ移籍先の子供たちがシルバーバックになったときに決裂する運命が待っていた。ハーレムは集団を威圧するだけの身体の大きいシルバーバックに雌たちが群がる。雌たちは、そのシルバーバックの威圧感で、いさかいもなく共存しているものとみられていた。ハーレムの中で、いさかいを静めるのはいつもシルバーバックの役目だった。

大柄のマクビルは、シルバーバックの役目をしながら、この作戦を見守る決断をした。動物園での雄と雌のゴリラは、見物客に反応するという。雄ゴリラは、背広姿の男性客に対してよくドラミングをして威嚇するようだ。また、雌ゴリラはTシャツとジーパン姿の青年の注意を引こうとするという。
5個の檻は、広いケージに移された。マクビルは、ほとんど毎日のようにケージの中を見回っているケージの中では五頭の雌ゴリラがお腹の子供をかばうようにゆったりと暮らしている。雌ゴリラは、お腹に子供がいる場合や子供に母乳をやっている三年間というもの、発情のサイクルが回ってくることがないらしい。この期間は交尾することも誘惑行動を示すこともないという。

マクビルは雌ゴリラに名前を付けている。ケージに入った時は、一頭一頭に名前を呼んで挨拶した。さすがに、ドラミングはしなかったが、優しくたくましい男性の姿は歓迎された。このケージに入るときは、いつもトレードマークのシルバーバックに似せたTシャツとジーパン姿で決めるマクビルだった。

マクビルがケージに入ると、一番先に檻の奥から飛んで来て人懐っこく触れてくるのが、動物園生まれの七歳のクイザだった。

それとは反対に、遠くでマクビルが近づいてくるまで不安めいた目で見詰めているのは、八歳のマティーだった。マティーの母親はハーレムの中で、最下位の雌ゴリラだったこともあり、母親の不安が子供にも伝わったようだ。

小太りで丸っこい身体をしているパフィーは、一番雌ゴリラらしく、野生の中で雄ゴリラの熱い視線を一身に浴びていた。野生では、雄ゴリラの争奪戦を引き起こさせ、示威行動の犠牲者を増やしていた。それを見かねたゴリラ研究者が動物園へ連れ帰ったのだった。今はそんな環境も忘れてか、穏やかな日々を送っている七歳のパフィーだった。

雌ゴリラにしては体格の立派なペトラは、よく雄と間違えられた。雄の生殖器は密生した長い毛に包まれているので、ペトラのように胸の毛が抜け落ちて乳頭が膨らみ始めるころまで、雄と雌の区別がつかないことも良くあるのだった。ペトラは動物園生まれなので、最初から雌ということが分かっていたようだが、八歳になって見た目にも雌と分かるようになっていた。

ミックの特徴といえば、T字型の鼻紋を持っていることと、足の指の癒着や斜視があることだった。T字型の鼻紋を持ったというのは、親からの遺伝だった。足の指の癒着や斜視は近親婚によるものだった。ミックが動物園に保護されたのは、ハーレムの雄が襲われて新しくリーダーの座に就いた雄ゴリラによって、雌の抱いている乳児が次々に殺された時だった。その時、一歳だったミックは、現在八歳になっていた。

「クォィ・クォィ」
と、クイザは音を発した。
「クーイ・クイッ」
と、マティーは言って首を傾げた。
「クル・クル・クル」
と、パフィーは甘えた声を出す。
「グォッ・ゴツ」
と、ペトラはうなる。
「グフーツ・ングッ」
と、ミックはうなずく。

マクビルは、これらの音声を聞くと、まるで豚小屋に入っていると錯覚するだろうと思った。雌ゴリラたちは、このケージに入ってから、ほえ声や金切り声など警告声をあまり発してはいない。今は落ち着いているのか、ゲップ音が多かった。ちょっとしたいさかいの時などは、続けざまに音声を発するためブウブウ声でうるさくなる。

5頭の雌ゴリラに囲まれていると、まるで空軍から離れて、ヒトリゴリラの仲間入りをしてしまったように感じられてくるマクビルだった。ゴリラの社会では、ハーレムの中にオトナオスが共存できないのが普通で、集団を出てヒトリゴリラになる運命を持っていた。そのヒトリゴリラも小さなハーレムを作り、次第に大きくして行く。そして、そのハーレムのリーダーのシルバーバックが、雌たちや子供を守るために敵と最期まで戦うということを、マクビルは知っていた。


戦争では、このような手段を選ぶ方策が、歴史上繰り替えされてきた。人間は戦争の前では、聖人にはなれない動物なのかもしれない。しかし、戦争を経済と名を変え、恐ろしい別世界が幕を開けようとしている。経済至上主義が弱肉強食や奴隷制と何処が違うのか、成功が武力から頭脳へ変わっただけ、究極は、頭脳ロボットに取って変わられる結果へ突き進んでいるのか。


 トーマス少佐のUFO建造計画も、徐々に研究成果が上がってきた。それは、UFOの推進システムとUFO本体の物質の解明が出来ていたからだった。しかし、それらは地球にない物質が使われていたので、その代用品作りに時間がかかっていた。そして、この程完璧とはいえないがUFOを修理して、テスト飛行させるまでになっていた。UFOを操縦するのはトーマスだった。
トーマスはUFOを操縦して感じたことがある。“プロジェクト・フューチャー”しか知らない宇宙船は、人類から見て未確認飛行物体その物だという事実だった。UFOは国内外へ飛んで行き、多数の人々に目撃された。
UFO建造計画は、まだまだ、宇宙人の残していった科学技術にせまれないでいるのが現実だった。もし、宇宙人との間で戦闘が起こったら、おそらく一瞬にして地球を破滅させるだけの武器を持っているだろう。それが使われるか使われないかは、地球の出方次第だろう。



「マクビル、俺たちのやらなければならない事は、人質を作ることか」
と、トーマスがいぶかしげに言った。
「軍に歯向かってでも、国家いや地球のために突き進みたいです」
と、マクビルも決心をあらわにした。
「絶対にしてはいけない事だ。犯罪者になっても阻止する。俺たちの任務は人質を凍結受精卵のまま、宇宙人に返還することだ。これは地球史ではなく、宇宙史に残る大罪を防ぐことになるはず」
と、トーマスは同じ考えだった友に信頼の眼差しを送った。

トーマス少佐とマクビル大尉は、大統領に直訴した。大統領は国家と世界のために決断した。二人に地球の安全を託したのだった。
「宇宙人の凍結受精卵を返還することを命ずる」
 という、大統領からの命令書を受け取った。

“プロジェクト・フューチャー”の極秘任務なので、トーマス少佐とマクビル大尉、獣医のダニエル、産婦人科医のイザベルにしか知らされていなかった。
「お二人にお願いがあります。これは、大統領にも了承済みの極秘任務ですが、“プロジェクト・フューチャー”の極秘任務の人質作戦に反するものです」
 とトーマスが言うと、二人は驚いた様子で顔を見合わせた。
「驚くのは当然です。ここに、大統領からの極秘任務の命令書があります」
 と言って、トーマスが差し出した。
「承知しました。私たちも賛成です。極秘任務を受けた時に、二人で話し合ってでた結論と同じです」
 と、ダニエルが安堵した表情で答えた。
「うれしいです。お二人のような軍人がいらっしゃる事と、大統領も一緒のお考えだったことを知って」
と、イザベルも満面の笑みで答えた。
「よかったですね。四人が同志になれて、いや、大統領も入れて、五人ですね」
 と、若いマクビルがはしゃいだ。

他のスタッフは何も知らせないようになっていたので、二人の医師と秘密裏に、実行できた。かくして、四人は地球のために強い意志で結ばれていた。
人質作戦ではなく、宇宙人に凍結受精卵を傷付けずに返還することが最大の解決策だということを四人で話し合い、秘密裏に実行してきた。



トーマスはテスト飛行のたびに、宇宙人へテレパシーを送り続けた。
「凍結受精卵は一つも傷付けずに保管してあります、このように宇宙船を修理しました」
と、念じてテレパシーを送った。

マクビルは偽りの人質作戦がばれないように、演じ続けた。

また、二人の医師ダニエルとイザベルは、宇宙人の凍結受精卵ではなく、ゴリラの受精卵にすりかえていた。絶滅危惧種のゴリラの数を増やす意味合いも加味して実行していた。



人類は技術革新から500年と持たない.その後200年は貧富の差からの争いで人類は滅亡する。それはまるで、『 黒字倒産 』のようだ。経営は黒字なのに銀行などからの資金融資がされず倒産してしまう。
自然豊かな大地を分配ではなく、覇権争いをしている。人間は競争が好きなのか、自由になると能力とばかりに多く集めたがる。しかし、川の流れと違い、富は多い方へ止めどもなく流れる。それは、津波の影響で川が逆流するように、人間の富への執着が逆流させる。本来、多ければ少ない方へ流れればいいのに。共産主義ではなく、人間の倫理の力で止められる。その事を、歴史が語っているのに。



「この地球は輝かしい発展をしているのでしょうか」
と、マクビルはつぶやいた。

「何故、あの星の宇宙人は、地球よりも遙かに科学が進歩しながら自滅しないで生き残れたのでしょうね」
と、イザベルはやさしく言った。 

「経済至上主義の中で、格差が広がっている。3%の富裕層が70%の資産を独占し、47%の中流層が資産の20%を分け合い、残りの50%の人々で10%の資産を取り合っているのが現状だ。こんな事を続けていいのか。こんな事が自由を勝ち取った国の民主主義なのか。アメリカン・ドリームなのか。世界中で、20億人が1日2ドル以下で生活している。
経済学者の友人が言っていた。経済は、中間層が存在しえないで上流階層と下流階層に分かれると。アメリカだけが例外ではなく、世界中が一握りの富裕層に支配されていくよ。これじゃ、宇宙人に侵略される前に暴動が起きるね」
と、ダニエルは嘆いた。

「自滅しないで生き残ったのは、良心的知恵を持ち得たのでしょうね」
と、イザベルは言った。

「今の科学技術では、他の恒星まで人間を送る事が出来ない。精々、月か人工の宇宙ステーションに建造物を作って、その中から出たら、短時間しか留まれない。
もし、これが10光年先や100光年先から飛来して来たとしたら、光速に近いか光速かあるいは光速を越えて飛行しなければならない。その結果、宇宙船内の時間はゆっくり経過する。地球の千年か万年に匹敵する時間が宇宙船内では10年か100年しか経過していない。たとえば、宇宙船内の宇宙人が、その星に子孫を残して来ていたとする。その子供が宇宙船内の若い宇宙人は父母と呼ばれたり、祖父母と呼ばれたり、曾祖父母と呼ばれたりする。それ以上になると、まだ宇宙船内に生きているのに先祖と呼ばれるかもしれない。それも、生存する先祖から未知の情報が日々送信される奇怪な世界が存在しているのかもしれない」
と、トーマスは言い、真剣な眼差しで三人を見つめた。



トーマスがテスト飛行のたびに、宇宙人へテレパシーを送り続けていたが、初めてテレパシーの返信があった。
それは、11月14日20時50分頃に宇宙船に凍結受精卵ケースを持ち込み、浮遊するようにという指示だった。

トーマスは“プロジェクト・フューチャー”の極秘任務の人質作戦チームの三人と大統領へ連絡した。大統領は、極秘裏に四人と面会した。
「トーマス少佐、マクビル大尉、ダニエル獣医、イザベル産婦人科医よく協力してくれました。感謝します」
と、大統領からの謝辞。
「はい」
と、みんなで誇らしげに返事をした。

「トーマス少佐、宇宙船もろとも持ち去られて、帰還できないかもしれない」
 と、大統領が言った。
「この極秘任務に志願した時から、覚悟はできています」
と、トーマス少佐はきっぱり答えた。
「そうか、地球の救世主として誇りに思う。無事の帰還をみんなで祈っている」
 と、大統領が言って別れた。



11月14日、獣医のダニエルと産婦人科医のイザベルが凍結受精卵ケースを宇宙人に返還する準備に取り掛かった。そして、マクビル大尉はテスト飛行に旅立つトーマス少佐に凍結受精卵ケースを託すべく出発した。
トーマス少佐はマクビル大尉から凍結受精卵ケースを受け取り、固い握手を交わして旅立った。


天空では眩いばかりの光が差し、凍結受精卵ケースを載せたテスト飛行のUFOが大きな葉巻型の母船に吸い込まれた。

テスト飛行のUFOは、大統領の住むホワイトハウスと、UFO研究所から生殖科学研究所へ戻ったマクビルとダニエルとイザベルに見守られ、UFOの母船へと返還された。

ケージの中を見ると、ゴリラは笑った。

人間の愚かさを笑ったのだろう。なぜ、人質作戦など考えられたのか、覇権やヘイトスピーチや経済至上主義や格差社会を容認しているのかが、おかしかったのだろう。

世界中でスーパームーンの中にUFOが飲み込まれて行くのを見ている。トーマス少佐が記憶をなくし、呆然とダウンタウンに立ち尽くしていた。振り返ると、後のステーキハウスの上にスーパームーンが、建物と同じぐらいの大きさで輝いていた。


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