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作品名:偶然が世界を支配している 作者:本条想子

最終回   1
   「偶然が世界を支配している」


                              本 条 想 子


1 ビッグバン

 ビッグバンが起こった。ビッグバンは地球の天文学の発達により、約140億年経っていることがわかった。すべての銀河は、地球から遠ざかっていた。それは、地球から2倍離れた銀河が2倍の速さで、3倍離れた銀河が3倍の速さという一定の割合であった。一点から始まったビッグバンは、複数の銀河の動きによって、膨張していることがわかった。この膨張速度からビデオテープを巻き戻すように逆算して、宇宙の誕生が137億年と計算された。

 宇宙創世は、無からすべてが生まれた瞬間であった。無限に小さい原子よりも小さい一点には、超高温、高密度の純粋なエネルギーが詰まっていた。ビックバンから一瞬で、光を越える速度で膨張し続けた。それは、重力とは逆の力で、物体同士を引き離そうとする斥力的重力だった。その時の宇宙は、原子が存在できない数兆度だ。しかし、次第に膨張するにつれ、温度が下がり始める。そして、エネルギーが原子より小さい粒子へと形を変え始めた。宇宙が形作られたのは、重力が現れたからだ。偶然にも、ビッグバン時に現れた重力はこの宇宙を形作るのに完璧な強さだった。

 アインシュタインはビッグバン理論が提唱される前に、エネルギーと物質が互いに変換可能なことを、有名な関係式E=mc2で示していた。 

 創世記の宇宙では、純粋なエネルギーが物質へと変換されていた。しかし、超高温、高密度のあまりにも壮絶な環境のため、原子は存在できず、原子より小さい粒子が存在していた。また、粒子が作られてもエネルギーに戻ることもあり、現れたり消えたりと混沌とした不安定な状況だった。宇宙が冷えるにしたがい、粒子がエネルギーに戻ることはなくなった。ここから、重要な段階へと進むことになる。
 
 物質と反物質の壮絶な戦いで、物質が勝利しなければ我々の宇宙は存在しない。正の電荷を持った物質と負の電荷を持った反物質の量が、鍵を握る。両方が同量ならお互いに全滅となる。しかし、宇宙が存在している事実は、物質の勝利を意味していた。
 宇宙の温度は下がり続け、それにつれて粒子同士が結合し、最初に作られた元素の原子核は水素だった。そして、さらにヘリウムとリチュームの原子核が作られた。このようなガスから星々が形成され、無数の銀河も形成され始め、我々の太陽系も形成され、この地球が誕生した。

 ビッグバンから、宇宙の膨張は今も加速している。銀河をつなぎ止めるダークマターもあるが、宇宙を膨張させるダークエネルギーもある。ダークエネルギーが宇宙を膨張させ続ければ、銀河団や銀河自体もばらばらに崩壊する。

 この世界では、電磁力のように、電気には正と負があり、そして磁気にはN極とS極とがある。同極同士では斥力が働き、異極同士では引力が働く。この宇宙では重力と斥力との、止めどもない戦いが続いている。





2 日常

 「お母さん、僕がドラえもんになったらどうする」

 テレビ漫画を見終えた4歳の息子の信治が振り向いて、夢都に尋ねた。夢都は、無邪気な質問をする信治に苦笑した。苦笑の訳といえば、その実自分では現金な事を考えた照れなのだろう。すると、信治も微笑みながら、隣でベビーラックに座っている生後5カ月の妹を愛らしい目で見つめてささやいた。

「有紀ちゃんが、ドラミちゃんになったらどうする」
と聞いてくるので、夢都は信治の方に質問を向けてみた。

「シンちゃんはドラえもんになったら、何がしたいの」

「僕はタケコブターで空を飛びたいな」

「お母さんは、タイムマシンで、過去や未来を見てみたいわ」

「タイムマシンか、僕がドラえもんになったら出してあげるね」
と言って、妹を見つめて笑いかけていた。

 時々、子供というのは面白い事を言って楽しませてくれる。しかし、もう信治はドラえもんの話には興味をなくしたのか、また別のテレビ漫画を熱心に魅入っている。

 しかし、夢都の頭からはタイムマシンという言葉が離れないで残っていた。“タケコブター”は、まだ可愛らしい乗り物のように思われる。飛んでいる姿は鳥みたいで面白いと思った。それが、“どこでもドア”となると、タイムトンネルやワープに近く全ての障害物を通り抜けることからも、時間と空間を越えた乗り物ということになる。
 このような乗り物を通して、子供は楽しい夢を見ている。そこには、大人が考えるような打算はないのが当然かもしれない。そういう意味からも、月からウサギがいなくなっても夢の乗り物開発は進んで行く。
 ただ、夢都が子供に尋ねられた時に、すぐ頭に浮かんだタイムマシンとは、単に過去や未来に飛んで行って楽しむだけの物ではなかった。超現実的に、未来の宝くじ当せん番号表を手に入れられる乗り物だった。子供なら単純に、お父さんやお母さんの子供の頃は、どんなだろうかとか、自分のお嫁さんはどんな人だろうかとか、可愛らしい使い方をすると思う。また、そうであってほしいと願うのは親なら当然かもしれない。 

 その意味で、タイムマシンは使い道によっては罪な乗り物なのかもしれない。しかし、それは現実味のある話ではない。そんな夢のような事を考えても始まらないので、夢都は夕食の用意を始めた。


「シンちゃん、有紀ちゃんにミルクを飲ましてちょうだい」
と、やさしく頼んだ。

「いいよ。お兄ちゃんだから妹の面倒みるからね」
と、お兄ちゃん振りを披露する。4年間、一人っ子で育ってきたので、面食らうところもあるようだが、赤ちゃんながらいい遊び相手になっているようだった。

「お兄ちゃんは偉いね」
と、ほめると信治は上機嫌になる。

 信治は有紀にミルクを飲ませながら聞いてきた。
「お母さん、今日のおかずはなに」
と、毎日のように同じ事を聞く。

「今日はね、ハンバーグとポテトと中華サラダ、それからわかめスープよ」
と言うと、飛び跳ねながら喜んでいる。

「わあぃ、わあぃ、僕、ハンバーグ大好き。いっぱい食べて大きくなるよ」

 あまり喜びをあらわにしない時もある。そんな時でも精一杯喜びをあらわそうとしているが、そういう時は食が進まない。

 ミルクを飲み終えると、有紀はおもちゃで遊んでいるようだ。
「お母さん、全部飲んだよ」
と言って、ミルク瓶を持ってきた。

「シンちゃん、どうもありがとう。もう少し待ってね。ハンバーグ出来るからね」

そこへ、電話のベルがなり響いた。

「あっ、お父さんだ」
と言って、跳んで行き、受話器を取った。

「お父さん、早く帰って来て。おみやげ買って来てね」
と、いつも受話器に向かって同じ事を言っている信治だった。

「よし分かった。お母さんに代わって」

「お母さん、はい」
と言って、受話器を渡した。

「今から帰るので、9時ぐらいかな。何か変わった事あった」
と、やさしく尋ねた。

「変わった事はないわ。じゃ、気をつけてね」
と、気遣うように言った。

「ああ、分かった」
と言って、携帯を切った。

「お父さん、早く帰って来るって」
と、心配そうに聞く信治だった。

「いつもの時間だから、食事して、お風呂に入っていようね」


 夢都は、ようやく出来た料理をテーブルに並べて、今日の楽しい幼稚園での出来事や友達の家での楽しい遊びの話を聞きながら、夕食を食べ始めた。食事も終わり、後片付けを終えた。そして、風呂の支度をした。

「お母さんが先にお風呂に入って身体を洗うから、お兄ちゃんはもう少ししてから、有紀ちゃんの洋服を脱がして連れて来てね」
と、いつものようにやさしく頼んだ。

「いいよ、マンガが終わったら、僕も入るからね」

 マンガが終わるとテレビを消して、有紀の洋服を慣れた手付きで上手に脱がし、風呂場へ連れて行き、夢都に渡した。

「お母さん、このおもちゃ入れていい」
と言って、塗装されたものやら電池が入っているのを持ってきた。

「そういうのは駄目よ。錆びたりして壊れるから。いいのは、プラスチックやゴムで出来ているものね」

 夢都は有紀を風呂に入れ、信治が身体を洗うのを見届けてから、風呂を出た。信治は、心置きなく遊んだのか、お風呂から上がってきた。そして、夢都は8時に子供達と寝床に入った。二人が眠りについた事を、夢都は確認した。


 遅い帰宅の時は、子供を寝かせて、9時からの2時間ドラマを見ていた。陽一の帰りがいつも、ドラマの結末の時になるので、録画ボタンを押し忘れて最後がよく分からないことがある。それで、そんな時は結末を組み立ててしまう。それが高じてか、かなり想像力が豊かになって、睡眠中に見る夢がドラマめいている。

 夢というのは、現実にはあり得ない事が起こる。確かにもう済んでいるのに何で今また、過去と同じ事をしているのだろうと考え、夢を見ながら、冷静に状況を判断して、おかしいことに気付く。そして、夢から覚めようと必死になっていることがある。夢の中には上手く出来たものもあり、夢と分かってもこのまま見続けようとすることもある。また、別の日に夢の続きを見たりする人もいるという。
 夢は、その人の記憶の痕跡の中から見ているというが、経験も願望もした記憶がない夢がある。もしかしたら、記憶した覚えがないと思ったものも、忘れていることや幼い時の記憶や無意識に目にしたものなのかもしれない。
 夢の現実離れは、眠ってからかなり時間が過ぎるので、起きている時との時間的連続性がなくなることや、脳に来る刺激が極端に少ないので外界との空間的連続性がなくなる事から起きるともいわれる。また、脳の活動が低下するので、辻褄の合う事が考えられなくなるともいわれる。そして、過去の記憶が浮かび易い状態になっていくようだ。それならば、もう一度あの小説のような夢を見たいというのなら、少しでも小説を読んで自分自身の記憶痕跡の幅を広げて、まるで音楽家によって芸術的に音符を並び替えられたかのように、自分の脳の中の記憶痕跡を並び替えて夢を浮かび上がらせなければならない。しかし、夢は気まぐれだからそれを見られる確率は万に一つかもしれないので気が遠くなる。

 夢都は記憶というものが不思議でたまらない時がある。そんな事を考えるのは文章を書く時で、例えば手紙の文面が思い浮かばなくて困り果てている時だ。それは、突然に天から手紙の文面が何枚も降って来たかのように頭の中にあふれる。夢都はこれを、タイムマシンのような物ではないかと思ったりする。アインシュタインには悪いと思いながら、夢都の頭の中から光よりも早く超高速粒子なるものが飛び出て行く。そして、これから書くはずの手紙の文面を、未来から持って来ているのではないかと考えたりする。タイムマシンを機械的に作ることは出来ないが、自分自身が誰でも頭の中に持っていると考えれば、こんな心強い事はない。





3 宇宙人

 夢都は9時には起きようとしていたはずが、うとうととしている

「今日、クイックピックで買ったセットのナンバーズ4“6911”は当たっているかな。ダブルだし、セットボックスでも37,500円はいくね。
 もし、セットストレートなら誕生日の数字ではないので45万円にはなると思うけど、確率1万分
の1は難しいか。
 ボックスなら416分の1だから当たるかも。いや、ダブルだから833分の1になるのか。今回当たるのは無理かな

 それにしても、誕生日の数字を買う人が多いのには驚いてしまう。セットストレートで10万円を切る事もあるんだから。配当が多い時は、セットストレートでも100万円を超えることがあるのに、安易に誕生日を選ぶのは、それだけ1万分の1でも確率的に当てるのが難しいということかな。
 ミニロトでは、6の倍数(6,12,18,24,30)が当たりで、1等の配当が普通は1000万円なのに17万円ぐらいだったのにも驚いたわ。
 ロト7では、買うのを忘れたと思い2度同じ番号を買って、1等8億円が当たり、合わせて16億円になったというから、世の中おもしろいものね」


「残念ながらハズレでした」

「えぇ。今のなに。私は、子供達を寝かし付けている間に、睡魔に襲われ、眠りに入ったのかな。だから夢の中か」

「はい、夢の中です」

「えぇ、誰」
と、夢都は思わず尋ねた。

「はい、星河憧夢という物理学者です」
と、名乗った。

 夢都は、夢なら夢で面白そううだから、このまま夢を見続けようと思った。
「私は時田夢都です」

「夢の中と言いましたが、これは現実です」
と、博士は言った。

 夢都は夢にどっぷりと浸かりながらも、半信半疑で尋ねた。
「憧夢博士、現実ってどういうことですか。夢の中に侵入しているという事ですか」

「夢の中に侵入して会話することは、現在の地球の技術では無理でしょう。夢を見させることは可能かもしれませんが」

「では、科学技術が進歩した未来からのタイムトラベラーですか」

「いいえ、異星人です。宇宙人と言った方がいいですかね。同じ時代ですよ。しかし、地球よりは、かなり高度な科学技術を持っています」

「太陽系に、人類が住める惑星があるんですね」

「いいえ、ないでしょう。別の恒星からです」

「信じられません。地球の技術なら、一番近い恒星でも約4.3光年は離れたケンタウルス座アルファ星ですから、無人宇宙探査機ボイジャー1号の速さでも7万年以上かかりますよ。地球では考えられない超高度な技術ですね。地球は侵略されるのですか」

「侵略目的で、接触したのではありません。それに、この地球には来ているのではなく、通信しているだけです。その訳は、後日お話します」

「また、夢に現れるのですか。私は夢の続きというものは見た事ありませんよ」

「それは大丈夫です。私が夢都さんの夢の中に入り込むのですから、眠るだけで結構です。これが、現実である事を証明してからですが。

 夢都さんは、宝くじを買われていますよね。それで、ナンバーズ4とミニロトとロト7の予測を、私がしてみましょう。

 火曜日のナンバーズ4は“0695”、ミニロトは“4,11,19,20,29”、金曜日のロト7は“4,5,8,10,15,24,33”と予測しました」

「私、そんなに記憶力はよくありませんよ。以前、面白い夢を見て、忘れないうちにメモしようとしましたが全く思い出せませんでしたから」
と、心配気に言った。

「大丈夫です。夢都さんが目覚めたらテレビの録画一覧画面を見てください。宝くじと書いてありますので、すぐにわかります。メモしたら、自動消滅します。痕跡を残したくないので。

 もしかすると、電波法違反や地球侵略罪、あるいは私を利用したい人の陰謀で秘密保護法違反に問われるかもしれませんから。

 私は夢を見る時間を見計らって、脳の中に電気的刺激を送り、脳の記憶痕跡を呼び起こし、夢を見ると同じ原理で脳に働き掛けています。いわゆるレム睡眠に夢を見ますから、抵抗なく入れた訳です。レム睡眠は一夜に4、5回ありますが、第1回目は10分位で次第に20分、30分、40分と長くなります。人は途中で見た夢は忘れますが、夢都さんはこれから目覚めますから、この夢の事は覚えているでしょう」

「そうですか。楽しみにしています」
と、夢都が言うなり、博士は消えた。その瞬間、夢都は目覚めたが、不思議な感情で呆然と天井を見詰めた。

 そして、思い出すようにテレビをつけ、録画一覧画面を見ると“宝くじ”とあった。早速見ると番号が書いてある。夢都はそれをメモした。すると、画面が暗くなり消えてしまった。


 夢都は、リビングでコーヒーを飲み始めた。時計を見ると10時を回っている。9時から始まる2時間ドラマの事など忘れて、メモを見詰めた。

 夢都は、9時までに起きようと思っていたのに、2時間近くも眠ってしまったことになる。夢都は小さい時、タイムマシンは現在の時間より速く進めば未来へ行け、遅く進めば過去へ行けると理解していた。しかし、速いとか遅いとかの規定がどうやって、この現在から抜け出すかが分からなかった。現実に過去に出た光を超高速粒子であるタキオンで追い掛けるというぐらいで、仮に出来るにしても過去を垣間見るしか出来ないというのが、現在の科学の限界と思っていた。

 しかし、星河憧夢と名乗った博士は、夢都と話をして未来を教えた。もし、現実に番号が的中すれば、夢都は夢の中で因果関係が崩れ、時間の壁を越え未来を垣間見る事になる。


 家の明かりが見えたのか、陽一が呼び鈴を鳴らした。


「ただいま、起きていたんだ。寝ていると思って電話しなかった」
と、疲れきった声で言った。

「おかえりなさい。お疲れさま」
と、労をねぎらった。

「課長に捕まってね、食事はいいよ。お風呂、入れるかな」

「沸いているわよ」

「お風呂に入ってから寝るから、先に寝ていいよ」

「じゃ、お先に、おやすみなさい」

 夢都は陽一が床に入ったのも気付かずに眠りについていた。

 朝6時に目が覚め、朝食の用意をした。7時にはみんなを起こして、朝食を取り、陽一を送り出し、信治を幼稚園へ連れて行った。

「根岸さん、おはよう。今日も車」

「そう。時田さん、おはよう。歩きなの」

「運動よ。根岸さんのうちは、年長、年中そして年少さんと三人だから運動会の時、三つも親子ダンスを覚えなくちゃいけないので大変ね」

「大変だけど、楽しいわ。でももう、完璧よ」

「若いと、覚えが早いわね。三人だと、自転車じゃ連れて来られないでしょう」

「当然よ。私は無理。でも、田所さんの御主人は幼児用の前後の座席のほかに、おんぶ紐で背負って、4人乗りで来ていたわよ」

「ええっそうなの、田所さんの御主人は子煩悩ですものね。奥さん、今4人目がおなかにいるのよね」

「そうなの、うちへ遊びに来る時は、奥さんが車で送り迎えするけどね。私が田所さんの家へ行く時は、うちから幼稚園までより遠い反対側だから、免許もっていないので自転車で送り迎えするわ」

「上の子が自転車、ほしがるのよ。でも、この頃、子供の自転車事故で多額の賠償金が発生していると聞くと怖いので、まだ駄目って言い聞かしているの」

「子供に自転車を買ったら、自転車保険に入らないと駄目よ」

「そうね。今日は、どこかに遊びに行く予定あるの」

「今日は、遠くのホームセンターへ買い物に行くわ。おの迎えの後、うちに3人が遊びに来るけど、翔太君も来る」

「いいの、大勢なのに」

「いいわよ。家でも遊ぶけど、周辺も危なくないし大丈夫よ」

「じゃ、よろしく」

「またね」
と言って、夢都は別れた。

 いつもは、洗濯をして、掃除をして、10時過ぎに買い物をして、お昼ご飯を食べて、昼寝をして、公園へ散歩にでかけ幼稚園のママ友と会話するのが定番だった。そして、信治を幼稚園に迎えに行く。それから、信治の友達が遊びにくる。5時ぐらいには友達が帰る。友達と遊べない時は、トランプやオセロ、将棋などを夢都にせがむ。また、独りでジグソーパズルに夢中になることもある。そして夕食の支度。こうして、いつもの時間が過ぎて行く。

 しかし、今日は紙おむつを遠くまで買いに行くため、公園へは行かなかった。夢都は、子供乗せ自転車に有紀を乗せ快適なサイクリングを楽しみながらホームセンターへ出かけた。帰りは打って変わって、きつそうだった。自転車の後ろの荷台に積んだ紙おむつの量が思ったより重く、ふらつきそうになっていた。そんな時、車道を猛スピードで逆走してくるスポーツカーを見た。夢都は歩道を走行していたので、スポーツカーと鉢合わせせずにすんだと、ほっとした気持ちで家路を急いだ。

 夢都はある種、自分自身を律する意味でこんな事を考えている。夢都は時々、ある事が起きなくてよかったと思った瞬間、パラレルワールドを考える。つまり、ある事が起きた世界と起きなかった世界があるような。したがって、自分自身は起きないでくれと願っていた世界ではよかったと安心している自分がいる。しかし、願わないことが起こった世界では悲嘆に暮れている自分がいる。
 夢都は、こんな事を考えて、起きなかった事に甘んじてばかいはいられないと思う。夢都は、そんな宇宙も考えられる、この世の中が不思議でならなかった。

 しかし、結構こんな運命の別れ道があちらこちらに口をあけて待っているとしたら。そんな口がもしかしたら、タイムトンネルのようなものだったり、あるいはそれがパラレルワールドの扉だったりして存在していると考えると、人はみんな平等に幸せや不幸が与えられているような感じがする。幸せや不幸が隣合わせに存在するのではなく、皆が考えられる全ての道を歩んでいるパラレルワールドの世界があるとは考えられないだろうか。

 夢都は元々運命論者なので、この仮定には賛成のはず。それで、人の運命はどう足掻こうが最初から決められていると思っている。その運命に逆らうつもりもなかった。しかし、その運命がどのようになっているかは、誰も知らされていないことは事実だ。人は、全く道標のない人生を歩むのは不安でならないだろう。それゆえ、運命という道標を頼りに歩んでいるのだ。

 夢都は、運命に流されず、信じる道を生きられれば、最高だと思っていた。夢都に課せられた運命がどのようなものであるかは、人生の最期で味わう事にしていた。


 夢都は買い物の途中に、博士の予測数字は買わずに、ミニロトとナンバーズ4をクイックピックで買っていた。

 博士は予測とは言ったが、もしかしたら未来が分かるかもしれないと思い、夢都は何かしら怖かった。単に心に思う事と現実に、未来の宝くじ当せん番号表を手に入る事は別物だった。





4 偶然

 夢都は子供たちを寝かし付けると、ナンバーズ4とミニロトの当せん番号が気になった。
 パソコンを開き、ナンバーズ4の当せん番号を見た。番号は“0695”でストレートの当せんだった。夢都は、“偶然”だと言い聞かした。

 今度はミニロトの番号を見た。“4,11,19,20,29”で1等だった。夢都は、“奇跡”だと思った。


 誰かが言っていた。1回目は“偶然”で、2回目は“奇跡”で、3回目は“如何様”だと。


 金曜日の予測が気になりだした。次は“如何様”しかないと思いながらも、あまりにも怖いので、予測の番号を買うのはいやで、またもロト7をクイックピックで夢都は買った。

 そして夢都は、パソコンを開き、ロト7の当せん番号を見た。驚き以外の何物でもない。その当せん数字は“4,5,8,10,15,24,33”で博士の予測と同じだった。


 これは如何様か。博士は未来を見たのか。あるいは、これらすべてが、夢都の無意識の行動なのか。夢はどうとでも解釈できる。しかし、もう消えてなくなったが、テレビ録画を現実に見たうえでメモしたはず。夢都は博士の予測数字を全く買っていないので、何の利益も得ていない。


 夢都は悔しがる訳でもなく、人生って何だろうと考えた。


 そして、博士の目的は何なのかが無性に気になりだした。地球侵略ではなく、地球人の夢都との交信が、宇宙人の博士にどんな意味があるのか。早く夢の続きが見たくてたまらなかった。

 今日も、子供を寝かし付けるため、夢都は床へ入った。

「夢都さん、こんばんは」

「憧夢博士、こんばんは。驚きました。確率1万分の1のナンバーズ4ばかりでなく、17万分の1のミニロトや1千万分の1のロト7まで当てるなんて。未来が見られるのですか」

「いいえ、このまえ言ったように私の予測です。私の予測が“偶然”に当たっただけです。ハズレたら謝ろうと思っていました。あれは、私の分析結果です」

「“現実である事を証明してから”と言われたのは、未来を見通せる高度な科学技術力があることを証明してからという事だったのではないのですか」
と言い、現実を受け入れようとしていた。

「そうではありません。それに、私の星でもタイムマシンやタイムトンネル、ワープ、テレポーテーションなどで人間が移動する事は出来ません。未来からではなく現在、通信をしているのです」

「惑星の位置からいっても、光よりも早い通信技術ですね」

「量子エンタングルメントと言っていますね。今度、説明しましょう」

「ではなぜ、宝くじの当せん番号を当てられたのですか」

「先程も言いましたが、私の分析結果以外の何物でもないです。量子コンピュータを使いましたが。しかし、最後はある程度の確率まで絞り込み、当たったのは“偶然”です。もう一度と言われても、二度と当たらないかもしれません。


 この世界は偶然が支配しているのです。宇宙のすべてが確実性ではなく確率によって支配されているのです。そして、偶然に地球が存在し、私の星も偶然に存在しています。また、私が夢都さんと交信できているのも“偶然”です。夢都さんが選ばれし地球人という訳ではありません。宝くじが当たる人も選ばれし人ではなく“偶然”の結果です。

 偶然があらゆるものの本質を決めるなど信じられないかもしれません。アルベルト・アインシュタインもそういう考えで、“神はサイコロを振らない”と言い、それに対してニールス・ボーアは“神が何をなさるかなど注文を付けるべきでない”と反論したと言われていますね。二人は同時代の双璧を成す科学者です。1921年にアインシュタインが1922年にボーアがノーベル物理学賞を、受賞していますよね」
と、博士は整然と言っている。


「憧夢博士の星でもタイムマシンは因果律から言って無理ですか」

「アインシュタインの特殊相対性理論は『空間と時間とは無関係の存在ではなく、それらが一緒になって光の速度を一定にしてしまうもの』と考え、そこで光はいかにしても、速くもならないし、遅くすることもできない。したがって、タイムマシンの唯一よりどころとしている光を越す粒子の考えが駄目になったわけですよね。

 しかし、アインシュタインの特殊相対性理論でも、光を越す粒子つまり超高速粒子を決して禁止はしていません。特殊相対性理論は、時間と空間(たて、よこ、高さ)とで作られた四つの項の和、及び同じようにエネルギーと運動量とで形成された四次元不変式の方から、マイナスの時に負の質量の粒子が出てきます。したがて、特殊相対性理論の式から帰結されるものは、この世の中に存在するという事です。

 そして、同じように超高速粒子であるタキオン(速い方は限りなく速く、遅い方の下限が高速になる粒子)が肯定されるようになっています。その超高速粒子の存在がミクロな意味での因果律の崩壊を導き出しているのです。

 でも、夢都さんの住んでいる現在の地球では、タキオン粒子の実在に関する実験的証拠は見つかっていません。そこが解明されていないので、タイムマシンは出来ないと考えているわけですね。とは言っても、私の星でもタイムマシンは完成していません。出来ないとする考えが主流です。私はあってほしくないとも思います」

「私も同感です。タイムマシンが現実かと思った瞬間でも、使う気持ちにはなれませんでした。恐ろしいというのが先に来ました」
と、戸惑いながら言った。

「説明が長くなりそうなので、月曜日の有紀ちゃんがお昼寝している時に、テレビ画面を通して会話しましょう」

「はい。テレビ電話のような物ですね。これは、他人からみても不自然ではないです。この地球にもありますから。今度は起きている時に会えるのですね」
と夢都が言うと、博士は微笑みながら消えて行った。

夢都にとっての夢の時が過ぎて、日常が始まる。しかし、人間にとって日常がすべてだ。





5 未来

 月曜日の朝が来た。有紀の昼寝の時間が来て、寝かしつけると自然にテレビがつき、博士が画面に現れた。

「夢都さん、こんにちは」

「こんにちは、憧夢博士。失礼ですがお歳はおいくつですか。私は30歳です」

「私は40歳です」

「御若く、見えますね。私と変わらないと思いました」

「ありがとうでございます。夢都さんも御若いですよ」

「ありがとうございます。言わせちゃった感がありますかね」

「でも、宇宙では年齢は関係ないでしょう。会えるとしたら、地球から一番近い恒星でも7万歳にはなりますか。無理ですね。何世代も掛けないと会えないですから。我々の科学でも、生身の人間をテレポーテーションは出来ません。物質は情報さえ伝えればテレポーテーションできます。物質を構成しているのは粒子が持つ情報ですから。こうして会うと、距離は関係ないですね」

「テレポーテーション、出来るのですか」

「地球でも実験が成功していますよね。

 エンタングルメントの仕組みを活用した実験です。絡み合う光子のペアを作り出して、このペアの光の粒子を遠くへ引き離し、残した光子にテレポートさせる三つ目の光子を合体させ、情報を伝えると、引き離された光子が瞬時にして、三つ目の光子のコピーへと変化します。しかし、粒子が空間の別の場所に瞬間移動するわけではありません。

 エンタングルメントという名前が付いているのは、もつれの意味で、量子もつれの関係にある二つの量子のうち一方の状態を測定すると瞬時にもう一方の状態が確定することからです。


 宝くじの予測も量子コンピュータを使いました。粒子は“ある場所にいる状態”と“別の場所にいる状態”が重ね合わさって共存している状態でいます。つまり、同時にあちこちに存在しうる粒子の性質を利用し、あらゆる可能性を同時に調べ、正解を瞬時に見つけることができるのです。地球では、量子コンピュータの性能はまだまだですね。

 地球でも量子力学の理論を活用した発明品として、CDプレーヤのレーザーや集積回路、磁気共鳴画像装置(MRI)など電子工学の幅広い分野で誕生しているのは承知しています」


「やはり、他の惑星を侵略できるだけの科学技術があるのですね」

「情報で異星に基地を作ることは出来ます。それに、異星人に科学を伝えて、支配することだってできると思います。

 私の所属する秘密結社は、現在、20人のグループで形成されています。引退する時は、別の人物を推薦します。そして、代々継続していく仕組みになっているのです。20人のメンバーはいろいろな職業に就いています。
 秘密結社の創設者は、科学技術の行く末に疑問を持ち、正しい発展を遂げる事が未来につながると考えました。これは、独りでは抱えられない問題なのでグループで担って行こうと決めたのです。

 行き着いた答えは、我々の星以外に、高度な技術を伝えることです。その星は、まだ戦いの歴史が始まっていない星です。戦いは、歴史に禍根を残します。みんなが、協力し合って平和で豊かな世界を築くことが願いです。

 歴史は変えられませんから。歴史の中でいろいろなわだかまりを残さないためにも、ゼロからの出発ではなく、一からの出発以上の完成された時代から未来へ進んで行ってもらいたいのです。いくら高度な技術を持っていても、人々が幸せを感じられない世の中では何のために生きているのか分かりません。


 我々の先輩方が、70年前に一億個もの絡み合う粒子を10機に分け、飛ばしました。その内の一機が小惑星に衝突してばらばらに飛び散り、偶然にも夢都さんに宿って、遠く離れた惑星同士で会話ができているのです。

 我々が見つけた星は、時代を遡るかのように地球でいうと、恐竜が全盛の星、氷河期が終わろうとしている星、人類が誕生している星、メソポタミア文明ぐらいの星、産業革命が起こったぐらいの星、現在の地球ぐらいの星が2個です。

 我々の恒星には他に住める惑星がありません。太陽系にもありませんよね。天の川銀河には数千億個の恒星がありますが、人類が住める星と分かったのは、地球のほかに6個しか見つかっていません。
 それ以外にないという訳ではないのでしょうが。絡み合う粒子が飛来していないということもありますが、灼熱地獄で燃え尽きたか、極寒で生物がいないかして、追求できなくなっている粒子もあります。

 我々がタイムマシンの役割をしているようなものです。一番いい時代に、我々の高度な科学技術を伝える事ができるのです。宇宙はどこまでも広がって行きます。

 科学や経済で星を滅亡させるのは避けたい。宇宙の中で、“偶然”にも誕生した星なのに、もったいない限りです。我々の意志を継ぐ、星を探して科学技術を伝えて、人々が誇れる星を建設したいのです。我々はこの宇宙の礎になります」
と、博士は熱く語った。

「歴史はいろいろな問題を抱えてきました。科学は、経済や戦争で発展してきたことはいなめません。使い道を間違えると悲惨な事になりかねませんね」
と言い、夢都は日本や世界の現状を思い浮かべた。

「地球は、1億年前に恐竜の全盛期、約6550万年前に全生物の大量絶滅、北京原人の誕生が約50万年前、ネアンデルタール人の誕生が約23万年前、マンモスが現れたのが約15万年前、ホモサピエンスの誕生が約10万年前、クロマニヨン人が誕生したのが約5万年前、農耕革命の起きる新石器時代が紀元前7000年から紀元前1700年頃、ソポタミア文明が紀元前3500年頃、産業革命が1837年、そして現在。そんな時代のどんな時代に高度な科学技術を伝承したら最高なのでしよう」
と、博士は言った。

「すばらしい事業ですね。それが、地球だったらいいのですが」
と、夢都は願いを込めて言った。

「現在はインターネットで世界はつながっています。そして、この宇宙の中はエンタングルメントで通信が可能になれば、移動できなくても分かち合えるはず。しかし、地球の現状では我々は情報交換できません。平和利用されるとは思えないからです。

 夢都さん、私の話は口外しない方がいいです。受信装置として、利用されるかもしれません。忘れてください。しかし、何代か後に、また地球人にコンタクトするかもしれません」
と、博士は期待を込めて言った。

「もう会えないのですか」
と、夢都は寂しげに言った。

「衛星や惑星そして私達も電子から出来ています。何が起きてもおかしくないのです。我々はこの宇宙の一員です。“偶然”にいつの日か、絡み合う粒子が体内に宿り、時空を超えて宇宙人がささやくかもしれません。短い日々でしたが地球を観賞できました。理想の星の建設に役立たせていただきます。さようなら」
と、颯爽と去って行った。

「さようなら」
と、夢都は永久の別れを告げた。


 そして、夢都は“偶然が世界を支配している”という事に、思いを馳せた。





参考資料

 ・ナショナルジオグラフィックチャンネル

 ・ディスカバリージャパンチャンネル

 ・ウィキペディア


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