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作品名:花街に生きて 作者:H・C・舟橋

第4回   力士 古鷹山
 戦中から数少ない庶民の娯楽であった大相撲に、小兵ながら強い力士がいた

 終戦翌年唯一度の本場所で、十両を駆け抜けたこの古鷹山に惚れ込んだ幸太郎は、真澄が親しく作物を分けてもらっていた伊奈村の農家から、闇米の取り締まりをすり抜けて二十俵のコメを届けさせた。

 角界と言えど戦後の食糧難にあり、古鷹山以下神通部屋力士たちは久々に満たされた腹を撫でながら、米俵の山に差し込まれた荷主の幸太郎をタニマチとして歓迎した。

 古鷹山が入幕するとまもなく、幸太郎は古鷹山に長女征子との縁談を強く進めた。幸太郎の強い希望と親方の命もあって、古鷹山は養子として石橋姓を名乗った。

 江戸期より嬉遊館石橋家は家産を誇り、花街ではそれなりの地位にあったが、大正十年に先代当主が現在で言う統合失調症で自死した後、家督を継いだ幸太郎の蕩尽で零落し、古い旦那衆からは穀潰しと侮られていた。
 だが、関取を身内に迎えて後は、ふたたび羨望の目をを向けられるようになり、幸太郎の得意は絶頂であった。主人のみならず、石橋家の人々は、小兵(こひょう)業師(わざし)古鷹山を婿に取った一族と、道行く人たちが指を指して噂する様を、一種気取った気分で聞くようになった。養女の真澄でさえも、なにか誇らしい気分になっていた。

 そんな昭和二十五年初夏。真澄は由紀夫の子を身籠った。息子からその次第を聞いた幸太郎は激怒し、真澄を里に返す算段を始めた。あの日は巡査の手前、逃げ口上が口を衝いたもので、下女を嫁にする気など毛頭無いと。

 養父の怒声に頭から血が下がり、眩暈に崩れそうになった真澄を、訓練で鍛えた両腕で抱き支えて由紀夫は家長に意見した。真澄は自分の妻になる女性だ、認めないなら勘当してくれ。自分が戸籍を作って真澄と家庭を作る。

 常に家長に従順だった由紀夫の、生涯最初で最後の反逆だった。
 思わぬ息子の振る舞いに激高し、床の間の日本刀に手を掛けた幸太郎。一歩も退かない由紀夫。
 石橋家の時間が止まった瞬間、長女征子が生後半年の赤ん坊を抱いたまま割って入った。前年末に古鷹山の長男を生み、まだ年に三度しかない本場所中の夫を気遣った征子は実家に里帰りしていた。

 長女の取り成しで落ち着きを取り戻した幸太郎は、数日思案をして真澄の入籍を認めた。
 長女征子の披露宴は、幸太郎一世一代というほど派手に行ったが、次期当主と言えど、元下女を孕ませた由紀夫の祝言は、身内だけのささやかなものだった。

 それでも、母屋とは別棟に新婚家庭を構えた由紀夫は、幼い日からの憧れの女性を伴侶にできた幸せを噛みしめていた。十歳で何もわからずに売り飛ばされて下妻の置屋の下女となり、たどり着いた果ての大宮の地で、望むことさえ憚られた勤め人の妻に収まることが、真澄にはあり得ない幸福に思えた。日々大きくなっていくお腹を撫でながら、真澄は人生でもっとも穏やかで、幸せな日々を送っていた。


昭和二十六年一月、由紀夫と真澄の長女由紀子が誕生した。由紀夫の喜び様はこれ以上ないもので、非番の日はオムツ替えと寝かしつける役目を手放さなかった。産後の日々を、真澄は思いもかけなかった夫の手助けを受けながら、育児に習熟していった。

 名実共に義姉になっている征子が、実家に戻って子育てをしていた本場所中の初夏。呼ばれて母屋で一緒に古鷹山の取組まで雑談するのが楽しかった。
 まだ首の座らない五カ月の由紀子に乳を含ませながら、夕方のラジオ大相撲中継を聴いていた。古鷹山の一番になると、母屋にはアナウンサーの声と、国技館の歓声だけが響く。それらが一際大きくなり、どよめきが去った頃に養父母たちの「よし!」と快哉する叫び、あるいは「ああ!」の嘆息で、勝敗を知った。


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