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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第8回   ちょっと気になる、あれやこれ……
 さて、お昼休み。
 教室で待っていると、西原さんがやって来た。
「小松崎さん、いい? 昨日、言ったことだけど」
「いいわよ、どこ行く?」
「中庭に行こ? 天気もいいし」
 あたしは頷き、二人分のお弁当とお菓子の入ったバスケットを持った西原さんと一緒に、中庭へ向かった。
 西原さんを大久保先輩に紹介するにあたり、彼女を「お菓子作りとお料理作りが好きな、女子高生」ってことになったんだ。
 それで実際に西原さんがどの程度の腕前か、知っておかなきゃいけないってことで、今日のお昼は彼女が作ったお弁当とお菓子を実食ってことになった。

「さあ〜って、どうかなあ?」
 あたしは、西原さんから渡されたお弁当箱のふたを開ける。
「おお、キレイじゃない」
「でしょでしょ?」
 と、西原さんは自慢げだ。
 おかずが、なかなか彩りよく並べられてる。
「もしかして、あえてキャラ弁にしなかった、とか?」
「うん。実はキャラ弁も考えたんだけど、普通にお弁当が作れるんだってところ、見て欲しくって」
 へえ、真面目なんだな、西原さんって。
「じゃあ、いただきます」
 あたしは、まず卵焼きをつまんで食べてみた。

「どう、小松崎さん?」
「……甘い卵焼き、作ったんだよね?」
「うん。あ、もしかして、だし巻きの方が良かった? それか、塩味とか?」
「あー、えっとー。どっちでもいいんだけど。ちょーっと甘すぎるかなあ?」
 う・そ。すっごい甘い。渋いお茶が欲しいわ。
「そ、そう? じゃ、じゃあ、このキンピラゴボウ、食べてみて? 自信があるんだ」
 西原さんのススメにしたがって、キンピラゴボウを食べてみる。
 メチャクチャ硬かった。ていうか、あんまり火が通ってないっぽい。なんか、スジ、あるし。

 そのあと、いろいろ食べてみたけど。
「西原さん、もしかして、お料理、って初めて?」
 あたしの指摘に、もじもじして、彼女は頷く。
「フライパンとか鍋とか使ったのは、冷食をフライパンで加熱したり、レトルトパウチをお湯で戻したり、ぐらい」
「それは、お料理とは言わないわねえ。まあ、あたしも似たようなものだから、人のこと言えないけど」
「あ。でも、お菓子は自信あるんだ、よく作ってるから」
 彼女の言う通り、(作り置きだそうだけど)クッキーは美味しかった。あと、昨日作ったっていう、チョコチップ入りスコーンも美味しかったなあ。
「西原さん。大久保先輩が料理学校に通ってるからって、お料理が出来るのをアピールするのはやめた方がいいと思う」
 あたしが言うと、苦笑いで西原さんは小さめの声で答える。
「あ、やっぱり? 私も、なんとなくそうだと思ってたんだ」
 ああ、自覚あったんだ。
「だからさ、お菓子作りが好きな女子っていうことで、紹介するんでいい? あと、クッキーとかスコーンとか、余分に持ってきてる?」
 あたしの言葉に、西原さんは嬉しそうに頷いた。
「ラッピングして、持ってきてる!」
「それじゃあ、それ持って、大久保先輩のところに行こ?」
 西原さんが笑顔で大きく頷く。

 五時前にマイルストーンへ行くと、大久保先輩がいた。幸い、他にお客さんはいない。
「いらっしゃい。ああ、君は確か、よく来てくれる子で、ええっと……」
「西原雪子です」
 と、西原さんが答える。
「ああ、そうだったね」
 と、大久保先輩は笑顔を返す。
 そうか、大久保先輩、西原さんの名前、覚えてなかったかあ。こりゃあ、ゼロからのスタートだよ、西原さん?
 あたしがそんな思いを込めた視線を西原さんに向けると、彼女はボソッと小声で言った。
「私の制服見て、学校名聞かれて、それで同じ学校に後輩が通ってるって、小松崎さんの名前が出ただけだから」
 なるほど。

 で、あたしは打ち合わせ通り、西原さんのことを「お菓子作りが好きで、腕前も確か」な女の子として紹介する。
 あとは二人に任せて、と。
 あたしはマスター……先輩のお父さんに話しかける。
「おじさんって、若い頃、バリスタの勉強のために海外のアチコチに行ってた、って言ってましたよね?」
「うん。それがどうかした?」
「ドイチュラント、っていう国、知ってますか?」
 あたしは夢で聞いた国の名前を尋ねる。夢の話だから、架空の名前だと思うけど、なんか、リアルなものを感じたんだ。それが、今日の古典の授業で「うわなり打ち」のことを聞いてから、より強く感じられるようになってる。
「ドイチュラント? ああ、ドイツのことだね」
「え? ドイツ? ドイツって、Germany(ジャーマニィ)じゃないんですか?」
「それは英語名」と、笑顔でおじさんは続けた。
「ドイツの人の中には、自分の国のことを『Deutschland(ドイチュラント)』って呼ぶ人もいる。ほら、この国だって僕たちは『日本』って呼ぶけど、外国の人は『Japan(ジャパン)』って呼んだりするでしょ?」
「そうなんだ……。実在する国、ていうか、ドイツのことなんだ……」
 初めて知った。あたしが知らないことが夢に出てきたってことは、あの夢は、ただの夢じゃない……?

 なんか、変な風に頭の中が回転してる。ちょっとだけ頭を振って中を正常に戻そうとする。そのあと、なんとなく西原さんの方を見ると。
 大久保先輩と楽しそうにお喋りしてる。
 西原さんとお喋りしながら笑顔を浮かべている先輩を見たとき。

 あたしの胸を、何かがチクリと刺した。


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