「最初に断っておくよ。これは僕の一方的な語り、いうなれば、君にとってはテレビ放送を観ているようなもの。だから会話は出来ない。君に疑問点があっても、質問も出来ない。だから出来るだけ君にも理解出来るよう、心がけるよ」 いや、あのね? 理解出来るかどうかっていうのは、あたしの問題であって、あなたにわかることじゃないよね? 「僕の家は、代々、魔術師の家系なんだ」 ……なんか始めちゃった。
「僕の先祖は『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』に入ってたそうだ。有名な魔術結社だから、君も名前ぐらいは知ってると思う」 知らないけど? 「『ここ』にいるぐらいだから、“新参者(ニオファイト)”じゃないと思うけど、君の位階がわからないから、初心者でもわかるようなスピリチュアリティーな言葉を使う。上級者だったら失礼かも知れないけど、了承して欲しい」 何言ってんだか、わかんないわ。もういいや、テレビ放送だし。
「さっきも話したように、僕にはもう、あまり時間は残されてない。その中で、僕は遂に到達出来たんだ、アカシックレコードにね。そこで僕は未知の魔術をいくつか知った。その中に『イグドラシルの秘法』というものがある。死んでも、時を遡って甦ることが出来るという、まさに神の御業(みわざ)だ。この魔術……いや奇跡(ミラクル)を使えば僕は、たとえ死んでも時を遡って甦ることが出来る。その甦りの中で、もしかしたら僕の、この病(やまい)を克服する『何か』を知るか、生み出せるかも知れない! だから僕はその奇跡(ミラクル)を深く知ろうとし、そして知り得た限りを実践した。……でもそれは両刃(もろは)の剣だった。この術の行使は、僕の残り時間を削り取るものでもあったんだ。そのために僕は、貴重な時間を空費してしまった。必死になって僕は術の完全なる方法や削られた時間を取り戻す方法、対処法を探した。その中で、僕は、彼に出会ったんだ、ヘルモーズ・フォン・アイヒェンドルフ公爵にね」
……あー。もう、この辺りですでに脳がフリーズしかかってるわ。ホントのテレビ放送なら、チャンネル変えるか、電源落とせばいいんだけど、出来そうもないし。 でも、なんか、気になる。「イグドラシルの秘法」っていうのが。この言葉、どこかで聞いたような気がしてならないのよね。 ううん、聞いた、っていうレベルじゃない。あたしに深く関わっているような、そんな気がしてならないの。 「僕と彼が出会えたのは、偶然にも彼の死んだ父親と僕が同じ名前で、しかも誕生月日が同じだったかららしい。そこで僕は色々と知ったよ。彼がいる国、いや世界は○○Δ??※…………」 あれ? なんかノイズが入って、言葉がよく聞こえなかったわ? おーい、どうなってるの!? 「とにかく、君に伝えたいんだ」 あ、戻った。 「世界を救えるかどうかは、君にかかっている。アカシックレコード、いや○○※※Δ……」 あー、またノイズだ。おばあちゃんは「テレビは、ぶったたいて直してた」っていってたけど、これは無理だわ。多分、この場合、テレビってあたし自身だし。ぶったたくのは、あたしの頭ってことになるし。 「さっき僕は、君が高位魔術師だから、『ここ』にいるって言ったけど、ひょっとしたら君は『イグドラシルの秘法』あるいは『スルトの剣』に縁があるのかも知れない。だからこそ、僕が造った『ここ』に呼ぶことが出来たのかも知れない。だったら、いやむしろその方が世界を救う術(すべ)を知る者を探す手間が省けていい。どうか、世界を救って欲しい。頼む」 そう言って、ローラントっていう人が頭を下げる。 いやあ、世界を救ってくれって言われても、あたし「戦士」の生まれ変わりでも「五次元宇宙の使者」のメッセージ受け取る人でも、どこかの星の魂持った人でもないから、無理だわ。 「今、説明したことや、僕が知り得た知識、情報は、可能な限り、『ここ』に畳み込んでおく。必要に応じて読み込んで欲しい。それじゃあ、君にこの世界を託す……」 そして、放送は終わった。辺りは真っ暗。おおーい、いまどき放送が終わって真っ暗な画面って、ないわよう。どこかしら二十四時間、放送してるってばぁ。 あ、なんか、体が浮いてる。……じゃない、落ちてる!? ちょ、ちょっとー! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!
っていう夢を見たのよ、ゆうべ。なんだったのかしら、あれ? スピリチュアルとかの本、最近は読んでなかったんだけど? 「……さん。小松崎さん!」 「は、はい!」 古典の教師、相沢(あいざわ)奈々子(ななこ)先生(三十一)・独身の声で、あたしは弾かれたように立ち上がる。そうだ、今は四時間目、古典の時間だったわ。物思いにふけってる場合じゃなかった。奈々子先生って割と神経質なところあるのよね、だからこういう風に授業を聞いてなかったってなると。 あ。やっぱりムッとなった。 「小松崎さん、今、先生が言ったところを、読んで訳しなさい」 ああああ、聞いてなかったわ。どこかしら? あたしは教科書をパラパラとめくる。そのとき、机の下から、そっとメモが回ってきた。隣の席の板野(いたの)さんだ。メモにはページと、何行目か、が走り書きで書いてある。 ありがとー! 持つべきは麗しき友よねぇーーー! あたし、百合じゃないけど、坂野さんのお嫁さんにして欲しいわー! なんだったら、あたしが坂野さんの旦那になってもいいしー! あたしは該当ページを開き、その行を読む。ラッキーなことに、以前、まとめて予習してたところだった。
「……うらかなぐるなど、見えたもうこと、度(たび)重(かさ)なりにけり。…………この数年、万事に心静かに過ごしてきたけれど、ここまで心が折れてしまう事はなかったのに、あのちょっとした折に、あの方(かた)が私を存在しない者のように扱って無視なさった御禊ぎのあと、この一件のせいで心が乱れ鎮まらないせいでしょうか、少しうとうとと微睡(まどろ)んでご覧になる夢には、あの姫君がたいへん綺麗に装っているところへ行って、あれこれ引っ張りもてあそんで、普段とは似ても似つかず、荒々しくひたすら一途な思いが出てきて、荒々しく引っ張る夢を見ることが度重なりました」 「……だいぶ、意訳が入っているけれど、まあ、いいでしょう。ちょっと、余談ですが」 ラッキー。実はこの部分、大久保先輩に教わってた部分だったりする。大久保先輩って、古典に興味があって、なにげにそこそこ難しい本が読めたりするし。 「この六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の生き霊が葵(あおい)の上(うえ)を責め立てるところは、昔の習俗の『うわなり打ち』を表していると言われています」 「センセー、なんですか、それ?」 誰かが質問する。 「そうね。夫に離縁された先妻が、仲間の女たちを募って後妻を打ちに行くことだけど、現代で言えば、夫の不倫相手を責めるとか、浮気した恋人の浮気相手を責めるとか。あるいは婚約者が新しい婚約者を作って、一方的に婚約破棄をしてきたんで、その新しい婚約者に復讐するとか」 「復讐って、陰湿だと思いまーす」 と、誰かが言うと、口々に「くらーい」とか、「先生、ラノベ読み過ぎ」とか。……あと誰かが「そんなんだからカレシに逃げられるんじゃないのー?」なんてNGワードを言っちゃったせいで「シャラーァァップ!!」と、先生が鬼の形相になったりもしたけど。
あたしは、固まっていた。 なんだろう、この感じ。 何かが引っかかってきてる。まるで、どこか……そう、あたし自身じゃなく、あたしと繋がった「どこか」の奥深くにあるモノが、あたしの頭の中や胸の奥につかえているような、そんな違和感があるんだ。 「新しい婚約者に復讐する」 呟いてみる。
やっぱり、気になる。 この言葉が、とっても気になる。 まるで、あたし自身と関わりがあるような、そんな気がしてならないんだ。
※古文のところの訳が間違ってたら、申し訳ねっス。
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