「そろそろ来るわ。そういう気配がするから」 例の草原で椅子に座っていると、向かいの椅子に座っていたヒルダさんが言った。 「そろそろ来るって……。ああ、ハインリヒですね?」 あたしは椅子から立ち上がり、ワンピース風の服のしわとかを直して“気をつけ”の姿勢になる。 「? どうしたの、ミカ、立ち上がったりして?」 「え? 一応、“小松崎美佳”として会うの、初めてだし、礼儀として」 「へえ?」と、なんていうか驚いたような感じの笑みを浮かべてヒルダさんが言った。 「貴族というわけでもないのに、礼法の心得があるのね?」 「まあ、学校で教わるので」 「学校で? ミカの世界では学校で礼法を教えるの?」 不思議そうな顔になったヒルダさんに、あたしは応えた。 「あたしが通ってるの、女子高で、その中でもわざわざ『礼法』なんていう時間割がある旧態依然とした学校なんですよ」 「へ……へえ、一部、わからないところがあったけど、まあいいわ。じゃあ、あたしも」 そう言ってヒルダさんも起立する。 そのすぐあとぐらいだったかな、空気が変な揺らぎ方(喩えると横方向にウェーブする感じかな?)をしたかと思うと、あたしの目の前二メートルぐらいのところに細かい光の粒が周囲から集まってきて、その光が人の形になったかと思うと、その光が白いワイシャツを着て紺色のズボンを穿いた人物の後ろ姿になった。 後ろ姿だけどわかる、ハインリヒだわ。 数秒間、ハインリヒは呆けたような感じで突っ立ってたけど、だんだんと意識がハッキリしたみたいで、頭に軽く手をやったあとで、振り返り、あたしたちを見た。 そして。 「え、と。あなた方は一体……?」 その言葉にヒルダさんが応える。 「あたしの名前はヒルデガルト・フォン・フォルバッハ。あなたの高祖母に当たる者よ」 「あ、あなたが!?」 驚いてる驚いてる。そりゃまあ、驚くよね、いきなり御先祖様が目の前にいたら。 眉間にしわを寄せたり、小さな声で「うーん」って唸ったり、なんだかハインリヒは困惑しているみたい。 「不思議な思いだわ、こうして実際に子孫と顔を合わせるのは」と、ヒルダさんが、しみじみと言う。こっちも、あたしじゃ見当も付かないほどの感慨があるんだろうね。しばらく離れて暮らしていた子どもと再会するどころの話じゃないもの。 「え、ええ、確かに、私も、なんとも言葉に出来ない思いです」 困惑しながらも、ハインリヒは答える。 そして今度はあたしを見る。 しばらくジィーって感じで見てたけど、突然、何かに気付いたように目を見開いて言った。 「もしかして、君がミカ……なのか?」 え、と、こういう時は、どういう表情とかで挨拶すればいいのかな? 「初めまして」? 「いつもお世話になってます」? ……あ〜、まあ、美佳としては初めて会うんだし……って、さっき自分でそう言ったんじゃん! やべ、なんだかんだで混乱してるわ、あたし。 「ど、ども、初めまして小松崎未佳っていいます」 とりあえず、そう言っておく、ていうか、それしか思いつかない。 「そうか、やはり異世界人というのは、独特の風貌をしているんだね」 ……え? どういう思考経路辿ったら、そういう言葉が出てくるの? ていうより。 「いや、モンゴロイドとアングロサクソンだから風貌が違うんじゃないの?」 笑顔のハインリヒを見ながら、思わずあたしは呟いた。多分、聞こえてないかな、ハインリヒには? まあ、それは置いといて。 「なんか、落ち着かないな、いつも“アストリット”として会ってたから」 と、あたしは苦笑いを浮かべて頭を掻く。その時、不意に“何か”を感じて右隣下を見た。あ、アストリットが帰ってきてる。ハインリヒにも見えてるよね! そう思ってハインリヒを見る。 「? どうした、ミカ?」 ハインリヒは、きょとんとしてる。 「え?」 待って待って、見えてないの、彼女が!? あたしはもう一度アストリットに目を落としてから、もういっぺん、ハインリヒを見る。 「?」 ハインリヒは不思議そうな顔をして首を傾げてる。ええ〜、マジで見えてないの、草原の上にペタンって感じで座ってるアストリットが!? そう思ってたら、ヒルダさんが苦笑いを浮かべて言った。 「彼は、“ここに来る魔術”だけを実践しているから、多分、感知出来ないと思うわ」 「ああ、そうなんだ」 よくわからないけど、「そういうもの」だってことで納得しておこう。 ヒルダさんがハインリヒを見た。 「ハインリヒ、あなたには今後のことについて、いろいろと教えておかないとならないわ。あのコテージまでついてきなさい」 ハインリヒが「はい」と応えてヒルダさんの後についていった。行く先は十メートルぐらい先にあるコテージだ。 二人がコテージの中に入ったのを見届けて、あたしは木製の簡素な椅子に座る。 「ひどいよねえ、ハインリヒ。いくら見えないからって。ねえ」 と、自分でも“とんちんかん”だと思う文句を言ってアストリットを見る。……あれ? アストリットの性格からして、あたしに同調してプンスカになることはないと思ってたけど、全然の無反応。 「ねえ、アストリット、おーい。……あ、そうか、そういえば、一時的に身体のコントロールを握ったらペナルティーがあって、身体が先に戻って来て意識は遅くなる、みたいなこと、ヒルダさんが言ってたっけ」 そんなことを思い出しながら、あたしは椅子から降りて草の上に正座し、アストリットに向き合う。 アストリットは無表情だ。 「こうやって見ると、綺麗だなあ、アストリットって。いつも自分の顔のつもりで鏡、見てるけど、普通に見るとやっぱり美少女よねえ、彼女。ホント、お人形さんみたい」 なるほどねえ、なんとも思わなかったけど、こんな美少女が「ブン殴る!」とか言ってたら、そりゃあ周りの人は注意したくなるよね、もっとおしとやかにしなさい、って。 「ヴィンフリート(真)が怒るのも当然か」 いつものあたしの行動が頭に浮かぶ。そっかあ、そうだよねえ。ギャップが激しすぎるし、そもそも貴族の令嬢としても似つかわしくなかったわ、あたしの言動。 あたしはアストリットの前から姿勢を変え、足を崩して前に投げ出し、後ろに手を伸ばして、その手で体を支えて仰け反ると、空を見た。 青空がとても清々しい。ここは日中はいつも青空、夜はお月様はないけど、いつも星空。周囲は山と林で海は見えないけど、川ならある(この間、見つけた)。姿は見えないけど、どこかに鳥がいるらしく、綺麗な鳴き声が聞こえる。退屈なところかも知れないけど、何かを考えるのには、いいところだ。 しばらく、空を眺めてあたしは決意とともに体を起こした。 「うん! 無理! あたしには貴族の令嬢とか、それにふさわしい言動とか、絶対、無理! 身に染みついた十七年の庶民生活、なめんなよ?」
あたしに新たな決意が加わった。
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