20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第53回   “意識”に写し込むのね
 今、あたしがいるのは例の草原だ。あたしはあの時のヒルダさんの言葉を思い出していた。


「ここに連れてくるためにはエーテル質を交換する方法が確実なの。つまり血液とか唾液なんかの、体液。だから口づけ、って話をしたんだけど」
 アストリットが、おずおずって感じで言った。
「アストラルレベルでは、無理なんですか?」
「うーん、ハインリヒには、その知識があるかも知れないけど、ないかも知れない。ミカは当然、知らないわよね?」
「うん」
 苦笑いでヒルダさんは頷く。あたしは言った。
「ねえ、さっきみたいにイメージを伝えてくれるって訳には、いかないかな?」
「さっきも言ったけど、全く知らないことをイメージで伝えるのは難しいの。まして魔法円とか呪文が必要な場合、その手の知識がないとまず無理……」
 そこまで言って、ヒルダさんは不意に右手の人差し指を鼻の頭に当てて考え込む。
 どしたんだろ? なんか、思いついた、とか?
 しばらくして(多分二、三分ぐらい?)ヒルダさんはあたしを見て言った。
「成功の可能性は、ちょっと低そうだけど、一つ方法があるわ」
 そしてアストリットを見た。
「あの、ヒルダさん?」
 と、アストリットが怪訝な表情になる。
 また少し考えてから、ヒルダさんが「うん」と小さく呟いて頷いた。
「ねえ、ミカ。あなたが熟睡しているときに、アストリットが一時的に体を動かすことが出来るっていうのは、知ってるわよね?」
「うん。それがどうかした?」
「それを利用するの」
 あたしは首を傾げてアストリットを見る。アストリットがあたしの視線に気づいたけど、彼女にも分からないようで、やっぱり首を傾げた。
「つまりね」と、ヒルダさんが説明を始めた。
「まず、ミカには熟睡状態になってもらう。これは今ここで、ある種の時限式の魔術をかけておくわ。それからアストリットが体の主導権を取り戻す。これは、これまでもやった通り」
「はい」と、アストリットが頷く。
「それに関して発生するペナルティも、前と同じ」
 ? ペナルティ? 何それ?
 あたしはアストリットを見た。
「ねえ、アストリット。ペナルティ、って、何かあるの?」
「ここからマルクトまで行くと、意識が帰ってくるまでに時間がかかるんです」
「……はいぃ?」
 ヒルダさんがあたしのクエスチョンマークに答えてくれた。
「アストリットの“体”はここに帰ってくるんだけど、“意識”が帰ってくるまで、ちょっと時間がかかるのよね。理由は不明」
「そうなの?」
「はい」と、アストリットが頷いて続ける。
「私の意識は普通にアストラルライトに乗って、アストラルのトンネルの中を流れているんですけれど、帰ってくると、早くても丸一日、経っているんです」
 そのあとをヒルダさんが言った。
「アストラル体が先にここに帰ってきて、意識や理性、魂を司るメンタル体やコーザル体が分離して後から来るなんて、聞いたことないし」
 …………。
“身体”は帰ってくるけど“魂”が後から帰ってくるとか、あたしにもわかんないから、「へえ〜」って言っといた。

「それはともかく」
 と、ヒルダさんがアストリットとあたしを順に見る。
「現時点でアストリットの身体に紐付けられたエーテル体との同調は、感覚としてだけど、八割方、ミカにあると考えてもいいわ。だから、もしかしたら向こうでアストリットが、ハインリヒとディープキスしても彼をこちらに呼べるかどうか……」
 何やら難しい顔をしているヒルダさんを見て、なんとなく理解したあたしも言った。
「ああ、なるほど。もしアストリットがキスしても肝心のエーテルしつ?が、あたしとくっついてたら意味ないか……」
 と、あたしはアストリットを見た。彼女も、さぞ難しい表情を浮かべて悩んでるだろ……って、真っ赤になってうつむいとるやないかーい!
 アストリットは真っ赤になったほっぺたを、両手で押さえる。あー、なんか、彼女の頭から蒸気が噴き出してるのが、見えるようだわあ。
 まあ、確かに男の人とディープキス、って想像すると、ねえ……。あたしもそんな経験なんてないし。でもアストリットは婚約者なんだし。
 あ、そうか、婚約破棄とか喰らってたから、そんなに深い仲までいってなかったんだね、きっと。それに、ここは中世ファンタジー世界。婚前交渉なんてもってのほか!っていうのが貴族社会では常識だったのかな?
「でもミカと違って、アストリットには魔術の知識があるし、ハインリヒにもある。だから、アストリットの“意識”に、ここに来るための魔術公式を写し込んで、それをハインリヒに渡せば」
 ヒルダさんの言葉に、まだほっぺが赤かったけど、アストリットが「はい」と頷いた。
「……なんなら、本当にディープキスしてもいいけど? いい機会だし?」
 その言葉に、またアストリットが耳まで赤くする。今にも爆発しそうだわ。
 っていうか、動揺させんなや、ヒルダさん!
 あたしが呆れていると、ヒルダさんが「ただねえ」と、ため息をついて、少しばかり弱気な声になった。
「向こうは純粋な物質界、アストラルの情報を、どこまで正確に渡せるのか、正直、分からないの。初めてのことだしね〜」
「それで、可能性が低い、って言ったんですね?」
 と、あたしが言うと、アストリットがしっかりとした声で言った。
「それでもやらせてください!」
 その表情には、ただ単に「ハインリヒに会いたい」っていう思慕の情、それ以上のものがあるように、あたしには思えた。
 しばらくアストリットを、まるでその心を確かめるように見ていたヒルダさんは、強い意志を宿したような笑顔で言った。
「わかったわ、アストリット! じゃあ、その方法をやってみましょう! 大丈夫! きっと、うまくいくわ!」
 そしてアストリットに歩み寄り、右手の人差し指と中指を揃えて立て、あとの指は“グー”みたいに握りこんだ。その二本の指先をアストリットの額の中央に当てると、ヒルダさんは目を閉じ、小さな声で呪文みたいなものを、唄うように何かの旋律に乗せて唱え始めた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 94