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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第52回   再会
 ディーターさんが手帳に記した調査内容を、読み始めた。
「サー・フーゴですが、秘密裏に有志を募っていたようです」
 テオバルトさんが眉をひそめて言った。
「有志を? 何ゆえに?」
「はい」とディーターさんが続ける。
「サー・フーゴは軍事費の増加に気づき、他国への戦争行為を危惧なさったようです。そこで秘密裏に有志を募り、議会での多数派工作、及び軍務大臣への説得などを行おうとしていたようです。場合によっては教皇庁への建白書を奉(たてまつ)ることさえ、お考えだったようです」
 ディーターさんの言葉に、場の空気が凍った……ような気がした。なんか、よくわからない。あたしは隣に座……っているのは、ヴィンフリート(真)なのよね。こいつに聞くの、なんか、やだ。なので、あたしの背後に立ってるイルザに小声で聞いた。
「ねえ、イルザ、なんでみんな表情が強ばってんの?」
 この時点で、小声で聞くのが意味ねー、てのに気付くべきだったわ。この(ほぼ)寿司詰めの状態でそんなことしたら不審な行動だっての。応えたのは、正面に座っているハインリヒだ。
「我が国では、教皇が神の代行として国王陛下に戴冠する。そしてまた、陛下から王位を召し上げることが出来るのも、教皇だ。つまり教皇庁へ建白書を奉じるということは、陛下に退位を迫る、ということでもある」
「あ、そ、そう、なんだ」
 恥ずかしさでほっぺたが熱くなるのと同時に、ハインリヒが言った言葉の意味が分かって、あたしも体が緊張していくのが分かった。
 少し置いて、ふとあたしは気付いた。
「でもさ、実質的に王様は操り人形だったじゃん、アンゲリカの。確か、世襲制だったよね、この国の王様って? 王女様も操り人形みたいだったけど?」
「フン」って感じの鼻息を漏らすと、ヴィンフリート(真)が言った。
「その内情を知っているのは、我々だけ。サー・フーゴからすれば、国王陛下をお諫めしなければならない、という使命感が胸の裡(うち)にあったことは、容易に想像出来ます。お願いですから、姉上の姿と声で頭の悪い発言をするのは、控えてください。ていうか、あなた、もう一切、発言しないでくださいますか?」
 んぐあぁぁぁぁ〜、この野郎、お姉様ってゆえーーーーッ!!
 ……っと、我慢我慢。
 あたしが大きく息を吐くと、ゴットフリートさんが気まずそうな表情で咳払いをする。そのタイミングを見はからったわけじゃないだろうけど、ディーターさんが続けた。
「当家にそのような相談が来なかったのは、王妃殿下の遠戚に当たるからであり、フォン・フォルバッハ家も、当時はアストリットお嬢さまとサー・ハインリヒが婚約をしていたからだと、考えられます。
 それから、これはあくまで推測の域を出ないのですが、ある種の貴族連合を形成しようとした、その主唱者がサー・フーゴであることが王家に露見し、その見せしめとして、サー・フーゴは毒殺されようとした、どうやらそういうことだったようです」
 両膝に両肘を突き、両手を組んだハインリヒが言った。
「王妃……アンゲリカがその魔術的な力で知ったんだろうな、サー・フーゴのことを」
 それには同意。
「申し訳ございません、これ以上のことは、まだ……」
 何か悪いことをしちゃって、それを詫びるかのようにディーターさんは腰を九十度に折って礼をした。
「いや、この短い時間で、よくそこまで調べくれた、ご苦労だったな、ディーター」
 ディーターさんが、今度は恐縮したように深々と礼をした。

 ゴットフリートさんの、デスク横に置かれた椅子に座っているテオバルトさんが、言った。
「どうだろう、ここはサー・フーゴにも事情を話し、こちら側に引き込むのがよいと考えるが?」
 ゴットフリートさんも頷く。
「そうだな。だが、魔術やユミルのことなど、にわかには信じてはもらえまい。これをどうするか」
 空間が沈黙に包まれた。
 しかし、少し置いてあたしはあることに気付いた。
「でも、あそこに人間ほどもあるデッカいカラスが向かったんですよね? だったら、常識じゃ考えられないこともあるんだってこと、理解出来るんじゃ?」
 一同の視線があたしに集まる。

 な、なになに? マジでやめてくんないかなあ、こういうの!

 ゴットフリートさんが笑顔になる。
「よし、問題は、ないな」
 いや、ないんかい!
 テオバルトさんも頷く。
「では、ハインリヒと数人の騎士をブロックマイアー領へと派遣しよう」
 ゴットフリートさんがトラウトマンさんを見る。
「トラウトマン、引き続き、こちらの警備を頼む。ウンディーネどもにサー・ハインリヒの動きを悟られないように、細心の注意を払って欲しい」
「御意」と、トラウトマンさんが一礼する。

 そのあとも細々(こまごま)とあったけど、とりあえず、会議は終了。一同がゴットフリートさんの執務室から出て、あたしはハインリヒに小声で言った。
「ねえ、ハインリヒ。今夜、二十三時にこのお屋敷の裏庭に一人で来てくれないかな? ナイショで?」
「ん? 構わないが?」
「お願いね」
 そう言って、あたしはガブリエラのところに行った。これから領内の地形なんかを、地図とともに実地で確認しなきゃ。


 迎賓館で宿泊することにしたハインリヒは、やはりそこに宿泊することにした貴族たちから、一通りの(いわば型通りの)悔やみの言葉を受けた。公然と婚約破棄したものの、そもそもリヒテンブルクという貴族は存在せず、その後ハインリヒがフォン・シーレンベック家に出入りしていることは、知られていたから、公式発表こそないものの元の鞘に収まったと、社交界では解釈されているのだ。

“まあ、確かに元の鞘といえば、そういえなくもないか”

 少々、微妙な心境になりながらも、それらの言葉を受け止め、ハインリヒは時計を見る。
「そろそろ二十三時だな」
 ミカから、皆に内緒で一人でシーレンベック邸の裏庭に来るように言われている。何か、秘密裏に動かす事態でもあるのだろうか?
 そんなことを思いながら、ハインリヒは裏庭へと来た。そしてそこに、一人の人物がいた。
 それは一人の少女。満月から少し欠けているが、それでも冴え冴えと明るい光に照らされたその人物は、ドレスをまとったアストリット……いや、ミカだ。
「どうしたんだ、ミ……」
 言いかけてハインリヒは気付いた。何か雰囲気が違う。それは立ち姿だけではない。柔らかな空気感といったものすら感じる。
「ま、まさか……」
 ある予感がハインリヒの脳裏をよぎる。
 少女が頷く。その両の瞳から涙をこぼし、だが口元には笑みを浮かべて。
「ハインリヒ様」
 少女が震えながらハインリヒの名を呼んだ。
 予感は確信に変わる。ゆっくりと歩き始めたハインリヒだったが、その歩は早足に、そして軽い駆け足に変わった。少女もこちらに向かって歩を進めた。
 少女が二、三歩、歩いたところで前のめりになった。心の速さと実際の歩にズレがあったか。倒れそうになった少女だったが、ハインリヒは素早く少女を抱き止めた。
「アストリット!」
「ハインリヒ様!」
 強く強く、愛しき少女をかき抱く。
「本当に、本当にアストリットなんだな!?」
「ええ、ええ! お会いしとうございました!」
 月明かりのもと、二人は抱き合った。会えなかった“時”を埋めるように。


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