ディーターさんが手帳に記した調査内容を、読み始めた。 「サー・フーゴですが、秘密裏に有志を募っていたようです」 テオバルトさんが眉をひそめて言った。 「有志を? 何ゆえに?」 「はい」とディーターさんが続ける。 「サー・フーゴは軍事費の増加に気づき、他国への戦争行為を危惧なさったようです。そこで秘密裏に有志を募り、議会での多数派工作、及び軍務大臣への説得などを行おうとしていたようです。場合によっては教皇庁への建白書を奉(たてまつ)ることさえ、お考えだったようです」 ディーターさんの言葉に、場の空気が凍った……ような気がした。なんか、よくわからない。あたしは隣に座……っているのは、ヴィンフリート(真)なのよね。こいつに聞くの、なんか、やだ。なので、あたしの背後に立ってるイルザに小声で聞いた。 「ねえ、イルザ、なんでみんな表情が強ばってんの?」 この時点で、小声で聞くのが意味ねー、てのに気付くべきだったわ。この(ほぼ)寿司詰めの状態でそんなことしたら不審な行動だっての。応えたのは、正面に座っているハインリヒだ。 「我が国では、教皇が神の代行として国王陛下に戴冠する。そしてまた、陛下から王位を召し上げることが出来るのも、教皇だ。つまり教皇庁へ建白書を奉じるということは、陛下に退位を迫る、ということでもある」 「あ、そ、そう、なんだ」 恥ずかしさでほっぺたが熱くなるのと同時に、ハインリヒが言った言葉の意味が分かって、あたしも体が緊張していくのが分かった。 少し置いて、ふとあたしは気付いた。 「でもさ、実質的に王様は操り人形だったじゃん、アンゲリカの。確か、世襲制だったよね、この国の王様って? 王女様も操り人形みたいだったけど?」 「フン」って感じの鼻息を漏らすと、ヴィンフリート(真)が言った。 「その内情を知っているのは、我々だけ。サー・フーゴからすれば、国王陛下をお諫めしなければならない、という使命感が胸の裡(うち)にあったことは、容易に想像出来ます。お願いですから、姉上の姿と声で頭の悪い発言をするのは、控えてください。ていうか、あなた、もう一切、発言しないでくださいますか?」 んぐあぁぁぁぁ〜、この野郎、お姉様ってゆえーーーーッ!! ……っと、我慢我慢。 あたしが大きく息を吐くと、ゴットフリートさんが気まずそうな表情で咳払いをする。そのタイミングを見はからったわけじゃないだろうけど、ディーターさんが続けた。 「当家にそのような相談が来なかったのは、王妃殿下の遠戚に当たるからであり、フォン・フォルバッハ家も、当時はアストリットお嬢さまとサー・ハインリヒが婚約をしていたからだと、考えられます。 それから、これはあくまで推測の域を出ないのですが、ある種の貴族連合を形成しようとした、その主唱者がサー・フーゴであることが王家に露見し、その見せしめとして、サー・フーゴは毒殺されようとした、どうやらそういうことだったようです」 両膝に両肘を突き、両手を組んだハインリヒが言った。 「王妃……アンゲリカがその魔術的な力で知ったんだろうな、サー・フーゴのことを」 それには同意。 「申し訳ございません、これ以上のことは、まだ……」 何か悪いことをしちゃって、それを詫びるかのようにディーターさんは腰を九十度に折って礼をした。 「いや、この短い時間で、よくそこまで調べくれた、ご苦労だったな、ディーター」 ディーターさんが、今度は恐縮したように深々と礼をした。
ゴットフリートさんの、デスク横に置かれた椅子に座っているテオバルトさんが、言った。 「どうだろう、ここはサー・フーゴにも事情を話し、こちら側に引き込むのがよいと考えるが?」 ゴットフリートさんも頷く。 「そうだな。だが、魔術やユミルのことなど、にわかには信じてはもらえまい。これをどうするか」 空間が沈黙に包まれた。 しかし、少し置いてあたしはあることに気付いた。 「でも、あそこに人間ほどもあるデッカいカラスが向かったんですよね? だったら、常識じゃ考えられないこともあるんだってこと、理解出来るんじゃ?」 一同の視線があたしに集まる。
な、なになに? マジでやめてくんないかなあ、こういうの!
ゴットフリートさんが笑顔になる。 「よし、問題は、ないな」 いや、ないんかい! テオバルトさんも頷く。 「では、ハインリヒと数人の騎士をブロックマイアー領へと派遣しよう」 ゴットフリートさんがトラウトマンさんを見る。 「トラウトマン、引き続き、こちらの警備を頼む。ウンディーネどもにサー・ハインリヒの動きを悟られないように、細心の注意を払って欲しい」 「御意」と、トラウトマンさんが一礼する。
そのあとも細々(こまごま)とあったけど、とりあえず、会議は終了。一同がゴットフリートさんの執務室から出て、あたしはハインリヒに小声で言った。 「ねえ、ハインリヒ。今夜、二十三時にこのお屋敷の裏庭に一人で来てくれないかな? ナイショで?」 「ん? 構わないが?」 「お願いね」 そう言って、あたしはガブリエラのところに行った。これから領内の地形なんかを、地図とともに実地で確認しなきゃ。
迎賓館で宿泊することにしたハインリヒは、やはりそこに宿泊することにした貴族たちから、一通りの(いわば型通りの)悔やみの言葉を受けた。公然と婚約破棄したものの、そもそもリヒテンブルクという貴族は存在せず、その後ハインリヒがフォン・シーレンベック家に出入りしていることは、知られていたから、公式発表こそないものの元の鞘に収まったと、社交界では解釈されているのだ。
“まあ、確かに元の鞘といえば、そういえなくもないか”
少々、微妙な心境になりながらも、それらの言葉を受け止め、ハインリヒは時計を見る。 「そろそろ二十三時だな」 ミカから、皆に内緒で一人でシーレンベック邸の裏庭に来るように言われている。何か、秘密裏に動かす事態でもあるのだろうか? そんなことを思いながら、ハインリヒは裏庭へと来た。そしてそこに、一人の人物がいた。 それは一人の少女。満月から少し欠けているが、それでも冴え冴えと明るい光に照らされたその人物は、ドレスをまとったアストリット……いや、ミカだ。 「どうしたんだ、ミ……」 言いかけてハインリヒは気付いた。何か雰囲気が違う。それは立ち姿だけではない。柔らかな空気感といったものすら感じる。 「ま、まさか……」 ある予感がハインリヒの脳裏をよぎる。 少女が頷く。その両の瞳から涙をこぼし、だが口元には笑みを浮かべて。 「ハインリヒ様」 少女が震えながらハインリヒの名を呼んだ。 予感は確信に変わる。ゆっくりと歩き始めたハインリヒだったが、その歩は早足に、そして軽い駆け足に変わった。少女もこちらに向かって歩を進めた。 少女が二、三歩、歩いたところで前のめりになった。心の速さと実際の歩にズレがあったか。倒れそうになった少女だったが、ハインリヒは素早く少女を抱き止めた。 「アストリット!」 「ハインリヒ様!」 強く強く、愛しき少女をかき抱く。 「本当に、本当にアストリットなんだな!?」 「ええ、ええ! お会いしとうございました!」 月明かりのもと、二人は抱き合った。会えなかった“時”を埋めるように。
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