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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第51回   名を継いだ者
 シーレンベック領から、アストリットが急死したという報が届けられた。牡蠣のシチューを食べたところ、苦しみだして死んだのだという。シーレンベックの専属医の見立てでは、どうやら窒息したらしい。シチューの具が喉に詰まった様子はなく、おそらくはシチューの具材である、牡蠣そのものが原因のようだという。
 アンゲリカは自室にて、届けられた書簡に目を通しながら、呟いた。
「毒味役や他の家族に異常が無いのであろうなあ。ならばシチューに毒が混入していないことは明らか。そういえば、ごく希に、特定の料理や具材を食べて急死する者がいると聞いたことがある。アストリットの死因は“それ”である、ということか」
 そして己が右腕を見る。
「……先日、『ユミルの眼』が妾のものになったときに、死んだのではなかったのか? どうにも解せぬ。それに右腕が妾のものになってはおらぬ。一体、どういう訳じゃ?」
 アンゲリカは目を閉じ、シーレンベック領を視る。様々な景色を風の如く背後に流しやり、シーレンベック領に迫る。目的のエリアが視えてくると、まるで巨人の視座の如く空からの視点に切り換える。
 シーレンベック領は賑わっていた。これ自体は参考にならない。領の正門からシーレンベック邸へと繋がる、道を視る。敵の侵入をかわすために、道は真っ直ぐではない。曲がりくねっている。だが、ほどなくして目当てのものを視ることが出来た。
 明らかに貴族のものと思われる馬車が、屋敷目がけて駆けている。領内或いは近隣の貴族であろう。
 次に屋敷へと視点を変える。屋根や壁など、「ユミルの眼」の障壁にはならない。屋敷の中も慌ただしく人が動いていた。しばらく“中”を視ていると長方形の箱が視えてきた。そして中には、花に囲まれた人影がある。
「ほう、もしやあれはアストリットの亡骸か? ではあれは柩ということか」
 どうやらアストリットが死んだというのは本当らしい。
 だが、やはり疑念は残る。
 アンゲリカはしばし考え、ふと室内にいる人影を見る。
「どうやら連絡役としての、そなたの初仕事のようじゃ」
 口元にうすい笑いを浮かべ、アンゲリカはその人影に言った。


 サラマンダーは、やや人の少ない路地でウンディーネと合流し、待ち伏せがあることを話した。
 不機嫌そうに鼻を鳴らしてウンディーネは言う。
「アストリットが生きているのかどうなのか、こちらが確認するのを見越しているってことね」
「よっぽど頭の切れるヤツがいるんだろうぜ。随分と手回しがよかった」
 サラマンダーは皮肉るように、ボヤいた。その次の瞬間!
「おい、ウンディーネ」
 歩くスピードを変えずに言うと、
「ええ、わかってるわ」
 ウンディーネが応えた。
 先刻から明らかにこちらを尾行する足音がある。それは、こちらとの距離を保っていること、歩くスピードを変えていないことから明らかだ。
「俺は右手に行く」
「それじゃ、私は左手に行くわ」
 先の方にある二叉でどちらへ行くか、互いに確認する。そして左右に分かれ、歩き出した。尾行者は、いったん歩みを止め、少し置いて歩き始めた。サラマンダーを追尾することにしたようだ。どうやらやや小柄な方をターゲットに決めたらしい。随分と侮られたものだと、少し腹立たしいものを感じたが、これまでそれを利用して油断を誘ってきたことも事実だった。
 曲がりくねった道を少し歩くと、幅およそ二エル(約八十センチ)程度の、小さな用水路沿いの道に出た。領地内を流れる大きな川から水を引いた、人工的な水路だ。水路の向かい側には民家が建ち並んでいる。
「おっと、こっちは人目が多いな」
 市壁内の地形については、何度か歩いて頭に入れていたつもりだったが、やはり裏路地あたりは入り組んでいて、不案内だ。それにこの領地もかなり広い。やはり王都に近い貴族の領地は特別だ。
「仕方ない、塀の蔭に戻って確認するか」
 すばやく踵を返しダッシュする。そして尾行者の目の前に出てやった。
 手に縄鏢(ションピヤオ)の刃を持ち、相手の喉元へ向けると。
「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょい待ちや!?」
 甲高く狼狽する声がした。背はサラマンダーより高く、ウンディーネより低いぐらいだろうか。女だ。サラマンダーと同い年か、少し年上に見える。十五、六歳といったところか。赤毛で短髪の、中性的な少女だ。胸の膨らみがなければ、少年と思うかも知れない。
 女は両手を上に上げて言った。
「あんたはん、賞金首さんやろ?」
「へえ? ハンターかい?」
「ちゃうちゃうちゃうちゃう。ま、もう一人がここに来てから、話するわ」
 訝しいものを感じたが、殺意は感じない。なので。
「わかったよ。さっきの二叉のどころまで戻ろうぜ」
 警戒を解かず、女を前にして二叉の道に向かう。すると、向こうからウンディーネが歩いてくるのが見えた。
「あら? サラマンダー、仕留めなかったの?」
「ハンターじゃないって。密告者かも知んないけど?」
 その言葉に、女がため息をついてズボンのポケットから何かを出す。布切れらしい。
「ウチは、こういうモンや」
 布切れには魔法円があり、ある場所に赤黒いもの……血判があった。その血判がある箇所は……。
 ウンディーネが呟いた。
「シルフ……」
「せや。ウチはシルフの名前を継いだ者。手配書に名前があったで? あんたら、サラマンダーにウンディーネやろ? これから、よろしゅうな」
 妙に人なつこい笑顔を浮かべて少女……シルフが言った。


 昼下がり、いろんな人からのお悔やみの対応をしていたゴットフリートさんが、すっかり疲れた様子で執務室に入ってきた。
「父上」
 ヴィンフリート(真)がソファから立ち上がる。
「お疲れ様でした」
「ああ、本当に、心底疲れたよ。だが、ひと段落ついた」
 と、苦笑いを浮かべてデスクに行く。イルザが立ち上がって言った。
「領主様、昼食をお持ち致します」
「いや、イルザ、必要はない。みな、集まっているか?」
 今、この部屋にいるのは、あたし、イルザ、ヴィンフリート(真)、ガブリエラ、シェラ、トラウトマンさん、テオバルトさん、ハインリヒだ。正直、ちょっと狭い。イルザ、ガブリエラやシェラは立ってるし。でも応接室って訳にはいかない。あそこでは今、マクダレーナさんがゴットフリートさんとバトンタッチする形で、お悔やみの挨拶を受けてるし。
 あたしたちを見渡してから、ゴットフリートさんは言った。
「フム、ディーターは、まだ戻っていないか」
 今、ここにあたしたちが集まっているのは、ディーターさんがブロックマイアー公爵の事情を探ってくるんで、それを元に対策を立てようってこと。
 肝心のディータさんが戻ってないんじゃ、会議の始めようが……。
 と、そのとき、ドアがノックされた。ゴットフリートさんの許可をもらって室内に入ってきたのは、ヘルミーナさんだ。
「旦那様、ディーターが戻って参りました」
「そうか」
 ゴットフリートさんが頷くと、ヘルミーナさんと入れ替わりにディーターさんが入ってきた。ヘルミーナさんが部屋を出ると、ディーターさんが一礼した。
「ディーター、ただ今、戻りました」
「うむ。では、報告を聞こう」
「かしこまりました」と一礼し、ディーターさんが上着のポケットから手帳を出し、開いた。


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