午前九時半を少し過ぎた頃だったかな、アストリットのライフマスク着色もすんで、死体の替え玉が出来上がった。絵師の人の技術が高いお陰で、本当に死に顔に見える。体の方は時々、誰か(主に情状酌量で国外へ“逃がす”犯罪者)の死体の替え玉のときに使うっていう、人形の体を使い回したそうだ。花で埋め尽くすそうだから、十分に誤魔化せるっていうことだった。 大広間に行くと、ゴットフリートさんが一人の執事さんと、もう一人、トラウトマンさんとお話をしているところだった。その執事さん……確かフランクさんっていう、最年少の執事さんだったっけ?……たちがあたしに会釈をして部屋を出て行くと、ちょうどガブリエラとイルザも大広間に来た。 ゴットフリートさんがあたしたちを見て言った。 「そうか、アストリットの、その……遺体の替え玉が出来たか」 あたしの報告を聞き、ゴットフリートさんが微妙な表情になる。まあ、そりゃそうだわな、偽物とはいえ、自分の愛する娘の遺体が出来ましたっていうのを想像すると、いい気持ちはしないだろう。 「今、フランクに、アストリットの死亡を伝えるべく王都へ行くよう、命じたところだ。死因についてだが、アナフィラキシーショックというのは、こちらの世界では一般的なものではないのでな、牡蠣のシチューを食べ終わったら急に苦しみだして死んだ、ということにしておいた」 「ああ、どうもです」 まあ、確かに、こっちにない理屈とか出してもわけがわかんないだけだし。 「それから、先ほどヒューゲルベルクから報告があった。サラマンダーは逃げおおせたそうだ」 そうか、逃げやがったか、あの野郎。確かにすんなり倒せないだろうとは思ってたけど。 あたしが苦い表情をしたからだろう、ゴットフリートさんも眉間にしわを寄せて言う。 「もしサラマンダーとウンディーネが連携を取っているとしたら、ウンディーネはここへの襲撃を断念しているやも知れんな」 あたしの脳内に地図は浮かばない。サラマンダーが出現してから結構、時間が経ってるけど。 「そうですね、ウンディーネがやってきたっていう感じはないですね」 あたしはそう答える。多分、また街の中に潜伏したんだ。あいつら、やっぱりあたしが死んだとは思ってないんだな。これは予定通り、騎士の振りをして巡回しながら捜索するしかないか。 「よろしいでしょうか?」と、不意にイルザが言った。さっき大広間の前で合流したのよね。 「ん? なんだね、イルザ?」 「明日(みょうにち)の告別式におきまして、私の“位置”はどういうことになっておりますか?」 あ、そうか、ヴィンフリートが二人いたら、おかしなことになるわね。 「うむ、トラウトマンとも相談したのだが、君にも騎士の一人として列席してもらいたい。もし万が一、サラマンダーたちが侵入したときに、奴の顔を知っている者が一人でも多い方がいい、君は実際にその顔を見ているからな」 「かしこまりました」 イルザが一礼すると、ガブリエラがあたしに言った。 「ミカさん、そろそろ身支度を」 「え? あ、そうか、アンゲリカがこっちを“のぞき見”するかも知れないんだったわ。……そういえば、あたしは告別式のときはどうなるんですか?」 「ミカにはこの屋敷で待機しておいてほしい。下手に告別式に列席して、誰かにアストリットに似ていると思われると、ややこしいことになりかねんからな」 「わかりました」 そう答えて、あたしはガブリエラと一緒に大広間を出た。
「ねえ、ガブリエラ、告別式、って、どこでやるの?」 「教区教会……この領内で一番大きい教会です」 「ああ、あそこね」 ここのお屋敷からでも見ることが出来る、あの大きい教会かぁ。まあ、確かに領主の娘のお葬式だもんね。 廊下の角を曲がったところで、シェラと合流。 「ミカさん、少しでも騎士に見えるよう、お化粧いたしましょう。なんなら変装のレベルまで……」 「ああ、適当でいいわよ、適当で」 シェラの笑顔を見た瞬間、マジで変装のレベルになるんじゃないかって閃いたの。きっと眉を太くするだけじゃなくて、つけヒゲとか下手すると髭を描くとか、いろいろされそうな気がしたのよ。
シェラによるメイクが終わった頃……十時を過ぎた辺りから、お屋敷の辺りが慌ただしくなった。メイドさんたちだけじゃなく、事務の人、騎士さん、そして料理人さんたちもバタバタと、ときに廊下を走ったりしてる。 あたしの部屋に来ていたイルザが言った。 「この領内で、本当はミカさん……アストリットお嬢さまがお亡くなりになってはいないことを知っているのは、十五人もいませんから。他の騎士や使用人、議会議員さんは本当にお嬢さまが亡くなったと思っています」 「なるほどぉ。じゃあ、あたしも気をつけないとならないわね」 「その点はご安心ください」 と、ガブリエラが笑顔になる。 「私と行動をともにすれば。まさかお嬢さまが、私のような下級騎士と一緒に行動しているとは、誰も思わないでしょうし」 「……そうかい?」 あたしは幾分、疑念を乗せてガブリエラを見た。 「え、ええ、た、多分……」 やっぱり自信がなかったんだな、こいつ? 「ミカさん、多分、ガブリエラの言うことに間違いはないと思いますよ?」 「なんで、イルザ?」 「この慌ただしい状況、それにみんなには『お嬢さまが亡くなった』っていう思い込みがあります、シェラのメイクもうまくいっていますし。不安なら、シェラに何らかの魔術をかけてもらったら?」 イルザの言葉に、シェラが頷いた。 「若干、性質は異なりますが、似たような術はありますので」
……うん、ダイジョブそうね、あたしもメイクしてるし、眉毛、太いし、髪型もいつもと変えてるし、口元にホクロも描いてるし。 「カラコンがあったら、もっとよかったのにな」 この、あたしの呟きに、三人の視線が集まった。 なのでカラコンについて説明。 「へえ、面白いですねえ」とはガブリエラ。 「変装も、かなり巧妙なものが出来そうですね」とはイルザ。 「そちらの世界へ行く魔術のないのが、残念です」 と、シェラは本当に残念そうに、シュンとなってた。 うう、あたしの世界のメイク道具とか持ってこられたらなあ。今さらだけど、切実かも。
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