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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第5回   グレートヒェンとヘルモーズ・V
 少しおいて、グレートヒェンは言った。
「わからぬようじゃのう? よかろう、教えてやる。本来はあの術の正しき式法を知る者は、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンから繋がった血筋の者以外にはいないはずだった。そしてその血筋の者の内、その術を記した写本を受け継ぐ者は、フォン・フォルバッハとフォン・シーレンベックにおる。じゃがのう?」
 と、グレートヒェンは妖しい笑みを浮かべる。ヘルモーズが感じたのは、本能的な恐怖だ。
 グレートヒェンは口の端を歪めて嗤う。
「そもそもあの術を解読したのは、妾じゃ。正確には、前世の妾、アンゲリカ・フォン・マイスナーなのじゃ」
 様々な状況、そして知識が頭の中で繋がる。
「昨日も、勅書で、その名を見たが……。マイスナー家は、ずっと昔に、断絶したはずでは?」
「言ったろう、前世である、と。アンゲリカは、グレートヒェンとして転生を果たした。故に、妾も『イグドラシルの秘法』を知っておるし、そもそもあの魔術書群のすべてを暗記しておる。じゃから、今世で新しい術を生み出すことも出来る。じゃから、いきなり『時』が巻き戻った時に悟ったのじゃ。何者かが『イグドラシルの秘法』」を行使したとな?」
 もはや驚きを通り越して、恐怖しかない。
 どうにか、ヘルモーズは喉から言葉を絞り出した。
「で、では、俺が実行した、『イグドラシルの秘法』とは、なんだったのだ……?」
「さあのう? いつの時期かは分からぬが、件(くだん)の写本を書き写した者が外におって、研究家を自称する知ったかぶり辺りが、解読ミスをやらかしたものであろうよ」
 そう言って、また小さく嗤ってグレートヒェン、否アンゲリカは続けた。
「何者が『イグドラシルの秘法』を使ったのか、それを探知する魔術を編み出し、探査した。てっきりシーレンベックの『あの娘』じゃと思うたら、もう一人おったので、驚いたぞ? で、いろいろと精査したら」
 椅子から、やや身を乗り出し、アンゲリカは言った。
「貴公であると知れた。しかも、不完全どころか、間違ったものを実行したのだとな」
「ま、間違……い……?」
「そうじゃ。貴公のものは不完全ゆえ、術を施した者施された者たちとの間に、巻き戻った時間、及び記憶の繋がりはない。じゃから、なんらかの連携を取ることは出来ぬ。それに本来の『イグドラシルの秘法』は、己の命、その時間を削り取るもの。じゃが、貴公のものは回数制限。死んでも一定の時間を戻るその代わりに、その回数が限られておる。そしてその残り回数は……」
 そう言ってグレートヒェンが目を細める。
 この挙動で、ヘルモーズは残り回数を知った。
 ヘルモーズはまぶたを閉じ、心の中で呟いた。

“すまない、世界の者たち、俺はラグナロクを止められなかった。それに、遙か遠い世界の友……我が父と同じ名を持つ、奇(く)しき縁(えにし)の友ローラント。俺は君の願いを果たせなかった。すまない”

 銃声が轟いた。

「いかがなされましたか、陛下!?」
 衛兵たちが飛び込んできた。ノームはすでに身を隠している。
 一発目は聞こえないように、部屋の壁に魔法障壁を作っておいたが、二発目の音までは防げなかったようだ。この魔法、まだまだ改良の余地がある。
「すまぬ。アイヒェンドルフ公が乱心した故(ゆえ)、独断で処断した」
「はあ……。ですが……」
 最前列の衛兵が、ヘルモーズの死骸を見た後、言った。
「アイヒェンドルフ公には二つの銃創。ですが、銃声は一つ。それに、この様子では一発目はアイヒェンドルフ公よりも、おそらく高い位置から……」
「速(すみ)やかに、そのゴミを処分せよ!」
 一喝とまではいかないまでも、妙な詮索を断ち切るため、ピシャリと言ってやる。
「ご、ゴミ……ですか?」
「ゴミ」という単語に、衛兵たちが少なからず、動揺する。中には明らかに怒りの表情を見せた者もいた。
 ある衛兵が言った。
「畏(おそ)れながら、アイヒェンドルフ家は国王陛下の遠祖から繋がる尊い家柄で……」
「今の国王陛下は誰(たれ)ぞ?」
「…………」
「御名(おんな)を言うてみよ」
 一呼吸の後、衛兵は一礼し、一同でヘルモーズの死骸を片付けるよう、専任の者を呼びに動いた。
 その様子を見ながら、グレートヒェンは心中(しんちゅう)で呟く。

“これで私とお父様の邪魔をする者は、いなくなった。後は、ユミルを甦らせ、その力を使うこと。そうすれば、世界は思うがままに……いや、私たちはまさしく、神になることが出来る……!”

 グレートヒェンは、くぐもった笑いを立てる。
 その笑いは、あまりに小さくて。
 しかし、あまりに巨大な野望を確信するものであった。


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