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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第49回   待ち伏せ
 現当主サー・ゴットフリートの邸宅の方から、空砲が二発、轟いた。ややおいてまた二発。これは「大シーレンベックの邸宅」に「サラマンダー」が来た、という合図だ。
 ここに待機している騎士の数は、自分を除いて、急きょ、領地警備の騎士・警備員も召集した混成の十人だ。正直なところ、連携が取れるかどうか不安でならない。
 この場所を任されている、壮年の騎士ヒューゲルベルクはそう思いながら、それでも一同に号令を出した。
「陣形C(ツェー)!」
 刺客どもは邸宅がある敷地からの、脱出用の隠し扉から侵入するという。なぜそんなことがわかったのか、その辺りは聞かされていないが、確かな情報らしいからそれを信じるほかない。それ以前に、早朝に突然、このような緊急ミッションを指令されたことなど、シーレンベック邸警護の勤めに入ってから初めてのことだ。つくづく、異常事態であることが感じられる。
 幸い、大シーレンベック邸がある敷地からの秘密の脱出扉は一つ。なので“そこ”にだけ注意を払っていればいい。
 ヒューゲルベルクの号令に従い、騎士たちはカイトシールドを構え、横一列に並ぶ。カイトシールドは縦二.五エル(約一メートル)、横幅一.五エル(約六十センチ)の、下部が長い縦長の菱形をしている。金属製で重いが、その分、防御力は高い。この陣形により、横幅十五エル(約六メートル)程の鉄の“壁”が出来上がった。
 陣形を整えてしばらくすると、十本ほど植えて「壁」にした、十エル(約四メートル)ほどの樹高に剪定されたゴールドクレストの、その向こう側から音が響いてきた。重く硬質な、まるで石造りの扉を開けるかのような音だ。
「まさか、本当に来るとは、な。しかし、どうやって堀を越えたんだ?」
 ヒューゲルベルクの呟きに、一同に緊張の走るのが分かる。
 次に、鎖がリールを滑る金属音、少し置いて、小さく気合いを入れるような声、そして石畳の上に何者かが着地する音。
 それを確認し、ヒューゲルは小さく号令を掛けた。
「一同、移動、陣形D(デー)……五名、塞げ!」
 号令に答え、鉄の壁が移動を始める。そして敷地から脱出路への出入り口……ゴールドクレストと防壁との間を、五人ほどが塞いだ。この幅は二頭立ての馬車が余裕で走れるだけの横幅に相当する。その五人の背後に立ったヒューゲルは侵入者を見る。
「貴様、サラマンダーだな!?」
 やや内側に湾曲し、緩やかな左カーブを描いた先にある脱出路の石扉の前に、似顔絵の通りの少年がそこにいた。領主サー・ゴットフリートの令嬢アストリットの証言によって作成された似顔絵だが、かように似ているということはアストリット嬢の記憶力や表現力、さらには絵師の技量などが優れていたということ。
 まさか騎士たちが待ち伏せしていたとは思わなかったのだろう、サラマンダーが明らかに狼狽している。
「かかれ!」
 出入り口を塞いでいた五人の騎士が、サラマンダー目がけて突進する。この先の防壁はさらに内側に向かって湾曲し、二本のゴールドクレストが立ちはだかって行き止まりになっている。この“壁”でサラマンダーを押さえ、動きを封じるのだ。
 サラマンダーは難敵、そう聞いていたヒューゲルは剣を抜く。もしサラマンダーが五人の壁を飛び越えても、対応できるようにするためだ。だが次の瞬間、何かが風を切る音がしたかと思った、その刹那!
 金属音が響いて、右手にいた騎士がよろめき、尻餅をついた!
「どうした!?」
「こ、これ、を……」
 騎士が己の胸元を指さす。そこにはダーツの矢が刺さっていた。一体、どういうことか、と思っていると、騎士がカイトシールドを軽く上げてみせる。
「なんだと!?」
「ヤツが投げてきたんです……」
 盾の、ほぼ中央に穴が空き、その部分の金属の板が内側にめくれていた。一目で分かる、このダーツは盾を突き抜けたのだ!
「そんな馬鹿な!」
 驚いている間に、続け様に二回、同じような金属音がした。そして前にいる二人の騎士がよろけて尻餅をつく。
「殺れなかったか」
 そんなことを言って、サラマンダーは脱出用の石扉に左手を当てる。
「フンッ!」
 そしてそんな気合いを入れて、扉を押す。扉の上方と扉を接続している人の手首ほどもある太い鎖が、ギリギリと引っ張られ、扉が倒れていく。その動きがいったん止まった。外の様子を確認するために、ひと一人が出入り出来る程度の隙間は開くようになっている。だが、それでも大人の男二人がかりだが。
 そしてその先は、リールを止めている鉄棒を外し、一気に扉が下りてしまわないようにクランクを調節しながら回さないとならない。今、止まったのは、鉄棒がストッパーになったためだ。
 この機に攻撃を仕掛けるべきか? 五人の騎士は体制を立て直して立ち上がる。だが、投げつけたダーツで金属製の盾を貫くなど、人間業とはいえない。うかつなことは出来ない。
 そう躊躇していると、サラマンダーがこちらを見て、ニヤリとした。そしてそのまま左腕を伸ばし、歩を進める。直後、小気味のいい金属音とともに二本の鎖が引きちぎられた!
 驚愕していると、轟音とともに石扉が向こう側に倒れていく。そればかりか鎖による支えを失った厚さ一.五エル(約六十センチ)ほどの扉は、下部を保持している回転軸の鉄柱を埋め込んだ石のブロックを破壊し、堀の中へ落ちていった。この扉は、ただセメントで石のブロックを貼り付けただけではなく、力学的にも重い物を支えるような組み合わせ方がしてある。そのために、水面に衝突した瞬間、ある種、幾何学的なラインに沿って、石扉が崩れた。
 この扉の本来の使い方は、向こう岸へと倒した後、石扉の上部に畳んでいる木製の板を倒して向こう岸へ渡し、渡り終えたら、追っ手がこの石橋を渡れないように木製の板を堀へと叩き落とす。さらに普段は目立たないが、向こう側の地面には上端に先端を尖らせた杭を何本も仕込んだ板が隠してあり、それを立てることで跳び移ってくることも出来ないようになっているのだ。
「あー……。橋が落ちたか。仕方ねえ」
 困ったような表情でそう言うと、サラマンダーはジャンプして器用に一本のゴールドクレストに飛びつき、そこから跳んで、さらに上方の防壁の上に乗った。
「サルか、ヤツは……?」
「誰がサルだゴルァ!」
 ヒューゲルベルクの呟きが聞こえたらしい、サラマンダーが抗議の声を上げる。そして左手を壁の上に置くと、またニヤリとした。
「じゃあな!」
 そう捨て台詞を残し、サラマンダーは左腕一本で高く跳躍し、壁の向こうへと消えていった。
「ヒューゲルベルク殿」
 騎士の一人が指示を求めるように、ヒューゲルベルクを見る。
「この状態で、何が出来ると?」
 そう答えると、二、三人の騎士が脱出口を覗きに行った。そしてすぐさま首を横に振る。
「だろうな」
 十五エル(約六メートル)の幅がある堀を、橋もなしに渡れる技量など、ここにいる誰も持ち合わせていない。
 決断は早かった。ヒューゲルベルクは一同に言う。
「追撃不要。卿らはここで待機。私は今から報告に行く」
 騎士たちが敬礼する。
 ヒューゲルベルクは敬礼を返し、サー・ゴットフリートの邸宅に向かいながら思った。

 ウンディーネのときの作戦にも参加したが、あのジャンプ力は人間業とは思えなかった。サラマンダーは「左腕に注意」と聞いてはいたが、あそこまでとは思わなかった、というのが偽らざる感想。
 あのような“化け物”どもが襲撃してくるなど、今、この領地で何が起きているのか?
「ゾッとしないな」
 プロムナードを歩きながら、ヒューゲルベルクは呟いた。


 堀を越え、アチコチを適当に歩きながら、サラマンダーは呟いた。
「こりゃあ、ウンディーネにも言っといた方がいいな、待ち伏せがあるぜって」
 そしてウンディーネが侵入するであろう、ゴットフリート邸の方へ歩き始めた。


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