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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第48回   ライフマスク、作ってたんだ
 朝早く、領内を馬が駆け回り、中央の大広場に集まるよう触れ回った。何事だろうかと、それぞれの家の家長が朝食も摂らず、一人暮らしの者はとりあえず戸締まりをし、大広場へと向かった。
 触れに来た騎士は宣布用の高い台の上に立ち、広場を見渡して、ある程度の人数が集まったと判断したのだろう、おもむろに一枚の巻紙を広げ、妙に格式張った調子で言葉を紡ぎ出した。
「シーレンベック侯ゴットフリート卿が一女、フロイライン・アストリットが昨夜遅く、夜の眠りの双子の兄弟によりて、お眠り遊ばされた。本日から数えること三日間、フロイラインの魂の良き眠りのため、領内の者に朝と夕の時間を、教会での祈りへの参加に費やすよう、ここに命ずるものである!」
 広場にいた者たちが一斉にざわめき始めた。襲撃直後の現場を見ていた者たちは、口々にあのときのことが原因で死んだ、と騒いでいる。

 集団を遠くに見ながら、サラマンダーはウンディーネに言った。
「俺は胡散臭いと思うね」
「へえ。あなたが言った『毒は即効性』っていうやつが引っかかってんのね?」
「ああ。今頃、死亡宣布なんて遅すぎる」
「でも」と、薄い笑みを浮かべてサラマンダーを見ながら、ウンディーネは言う。
「他の死因かも知れないわよ? 例えば階段から転げ落ちたとか。あるいは、どうにも“替え玉”が見つからなかったんで、死亡を発表したってことも考えられるわ」
 サラマンダーは今一つ、納得できないところがあったが、ウンディーネの言うことももっともだと思い、頷いた。
「そうかもな。じゃ、どうする?」
 フフン、と鼻でわらってウンディーネは応えた。
「することは変わらない。本当に死んだかどうか、確かめる。今ならまだ、死体は屋敷にあるはず。教会に運び込まれてから確かめる手もあるけど、私もあんたも向こうの騎士連中には面が割れてるから、厄介な騒ぎになりかねない。あるいは私たちが確認に行くことを見越して、罠が仕掛けられるかも」
「確かにな。罠っていうのは、考えられるか」
「じゃあ、予定通りに……」
「あのさ」
「? 何?」
「……もしかして、生きてるって思ってるか、シーレンベックの“あの”娘が?」
「……さあね?」
 また薄い笑みで応えると、ウンディーネは屋敷への道を歩き始めた。
 ため息をつき、サラマンダーは思う。

 あの毒は即効性、まず即死するはず。死ななかったとしても、体に麻痺が残るさ。ウンディーネ、あんたはアストリットは死んだ振りをしてるって思いたいんだろ?

 そしてその続きの言葉を、口に出した。
「あんたは“生きてる”あの娘にとどめを刺したいんだよな?」
 サラマンダーも屋敷への道を歩き始めた。ウンディーネは侯爵邸の方を、サラマンダーは大シーレンベックの邸宅がある方へ。


 え、と。
 王都へ“(あたしが)死んじゃった”っていう連絡が行ったら、アンゲリカは間違いなく「ユミルの眼」を使って様子を見るはずだから。
「ゴットフリートさん、あたし、これからどうしたらいいですか? 騎士の服を着てからこういうことを言うのも、アレですけど」
 朝食を終え、食後の紅茶を飲んでるときに、あたしは聞いた。
「うむ。それについては、用意が出来ている。皮肉、としか言いようがないんだが」
 ゴットフリートさんがそう言うと、マクダレーナさんが困ったような表情になった。
 ? ん? なんだろ、「皮肉としか言いようがない用意」って?
「父上、それは一体……?」
 疑問符が頭の中に浮かんだあたしの代わりに、ヴィンフリート(真)が聞いた。こいつも知らないことなんだ。
「うむ。当時、私は何度か『イグドラシルの秘法』発動を確認したが、万が一、何らかの魔法的な障害でも起きて発動しなかったら、という懸念もあったのでな。お前が『スルトの剣』探索に出た後で、アストリットのデスマスク……いや、ライフマスクを作ったのだ」
「ライフマスク?」と、あたしが聞くとヴィンフリート(真)が答えた。
「いくらあなたでも、デスマスクは知っていますよね? 死後に作るからデスマスク、生前に作るからライフマスク、そういうことです」
 言い終わり、ヴィンフリート(真)は心底呆れたかのような表情で、鼻から息を漏らした。
 ああああ〜、こいつマジでブン殴りたいわあ〜!
 ……おっと、平常心平常心、……コホン。
 デスマスクっていうのは、昔、主に故人を偲ぶ目的で作られたって聞いたことがある。今は写真があるけど、この世界のこの当時には、まだないみたいだし。
「じゃあ、そのライフマスクを使って、あたしの死体の偽物を作るんですか?」
「ああ。なので、大急ぎでライフマスクに着色しなければ」
 ゴットフリートさんがそう言ったところで、ヘルミーナさんが食堂に入ってきて一礼してから言った。
「失礼致します。絵師の方がお見えになりました」
「おお、来たか」
「絵師?」
「ああ。今のままでは色のついていない、あからさまに作り物のマスクなのでな、まるで本物の人間に見えるように着色しなければならない。だから、ミカ、しばらくつき合ってくれ」
「わかりました。でも、いつウンディーネたちが来るか分からないので、誰か騎士の人に、そばについてて欲しいんですけど」
「わかった。手配する」


 というわけで、あたしはライフマスクに塗る“色”を作るため、モデルになって椅子に座ってた。なんか、死んだ後の顔の色って、人によって違うんだって。だから今、生きてるあたしの顔の色を参考に、ライフマスクに塗る色を作るそうだ。
 場所は応接室、その窓際。
 で、あたしの近くに来てもらったのはガブリエラともう一人、若い男の騎士さん。すでに領内の人には“アストリット”の死亡を報せたそうだから、ウンディーネたちは何らかの動きを見せるはず。早ければ、今、この瞬間にも侵入してくるかも知れないんだ。だから、その連絡用に、あたしの近くに来てもらったわけ。
「何か、持病とか、ございましたか〜?」
 ちょっとダルそうな感じで、絵師の人が聞く。
「いえ、特には」
「お酒は? 浴びるほどお飲みになってましたか〜? 酒で体壊した人は、肌が黄色っぽくなるんで〜」
「いいえ、あたし、未成年……ていうか、飲まないんで」
「どこか変なところへ通ってましたか〜? 例えばアヘン窟とか? 常用者の顔は青白かったり肌がカッサカサだったりしますので〜」
「アヘン……! いえ、ないですけど?」
「病気持ちと夜をともにしたことは? お貴族様って、アッチの方、乱れてるそうですし〜、顔に“できもの”が出来て……」
「いや、ないってば! 見りゃわかんでしょ! つか、アンタの貴族への偏見、ハンパないな!」
「ミカさ……お嬢さま、落ち着いてください!」
 興奮しかかったあたしを、ガブリエラがたしなめる。
「ん、ごめん……」
 ふう、と息をついて、椅子に座り直した。


 邸宅のある敷地を囲う塀を見ていたサラマンダーは、探すべき場所を見つけ出した。
「なるほど。あそこが隠し扉の一つ、か」
 石組みの模様を揃えて巧みに偽装してあるが、違和感がある。サラマンダーの背後は高い木が複数、壁を為すように立っていて人の目からも隠しやすい。サラマンダーが立っている場所、その幅は二十エル(約八メートル)ほどは、あるだろうか。
 堀の幅は十五エル(約六メートル)ほど。越せない距離ではない。塀の高さは十エル(約四メートル)前後。
「ま、楽勝だな」
 口に笑みを浮かべて呟くと、サラマンダーはしゃがんで左手を地面に着く。そして左腕の“力”を意識する。
「よっ!」
 軽く気合いを入れ、一気に伸ばした左腕の力で宙へ跳び上がり、たやすく堀を越えると、身をひねって右手を塀の上に置く。そして、違和感のある塀の一部、その上端に左手の指を滑り込ませた。
「へへっ、あったり〜」
 読み通り、その壁が上部の鎖に支えられ、下端を支点にして動き出した。


 突然、あたしの脳裏に例の図面が浮かび上がった。そして一箇所に黒い人の形をしたマーク(ピクトグラムっていうんだっけ?)が現れて点滅を始めた。
「! ガブリエラ、侵入者! 思ってた以上に早かったわね、あいつら……」
 瞬間、ガブリエラともう一人の騎士の表情に緊張の走ったのが分かった。
「場所は?」
 ガブリエラの問いにあたしはイメージを引き出しながら答える。
「えっと、ゴットフリートさんのお父さんのお屋敷があるところの、こっち側に近いところ」
「どちらが来たか、分かりますか?」
「ちょっと待って……。多分、サラマンダーだと思う」
 ピクトグラムの左腕が素早く点滅してる。これって、左腕にユミルの力があるって、そんな風に感じる
 頷いてガブリエラがもう一人に指示を出す。もう一人が頷いて、応接室を飛び出す。
 この先は、ここの騎士さんたちを信じるしかない。
 誰も死なないでね!


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