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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第46回   今、なんつった!?
 夜。
 ウンディーネたちは、数人のハンターをあしらい、街の中にある適当な空き家で、パンにワイン、果実のジュースという夕食を摂っていた。なお、その費用はハンターたちから巻き上げた金銭から出した。
「やっぱ、夕方になるとジュースは、まずくなるな。俺もワインにする」
 そう言ってサラマンダーは、朽ちかけの丸テーブルの上にあるワインボトルに手を伸ばす。
 天井から吊したランタンの明かりは、細いロウソク一本によるもので、辺りをかすかに照らしている程度だ。だが、潜伏中の身としては、このぐらいでちょうどよい。
 ウンディーネが口の中のパンを嚥下して言う。
「あれだけ動けば、おそらく明日……いえ、早ければ今夜、何らかの動きがあるはず」
「そうだな。で? 侯爵の家来どもが動き出してからのこっちの対応は? 具体的にどうする?」
 サラマンダーが聞くと、少し置いてウンディーネは言った。
「定石通りにやるなら、私たちはこの領内から逃げ出したと見せて、警備が手薄になった侯爵の邸宅に忍び込むか、あるいは大シーレンベックの邸宅に忍び込む、ってところだけど。ほかに何かある?」
 と、ウンディーネが話を振ってきた。なので、サラマンダーは頷き、応える。
「いや。俺も、それを考えてた。だから、今日、あちこち動き回りながら、領内のマッピングをしといたぜ」
 そして、ズボンのポケットから八ツ折りに畳んだ紙を出す。それをテーブルの上に広げた。手配書数枚を剥がして、糊で一枚に組み合わせ、その裏にペンで記したものだ。
 少々、雑だが、侯爵の邸宅などがある北部を除いて、通常の街区、貧民街、及び棄民街への門(ゲート)など、要所要所は、把握してある。
「へえ、なかなかやるじゃない」
 と、照明のせいか蠱惑的にも見える笑みを浮かべて、ウンディーネは言った。それに少しばかり、胸の高鳴りにも似たものを感じながら、サラマンダーは言う。
「侯爵の邸宅に行く道は、この一本だけだ。大シーレンベックの邸宅も、このエリアにあるようだから、どのみちこの道を使わないとならない」
「ちょっと、それじゃ、意味ないじゃない。ここには門衛とか、護衛とか、いろいろいるんでしょ?」
 不満げに言ったウンディーネにサラマンダーは、やや誇らしげに応えた。
「ところが、この道はあくまでも公式なもので、馬車がすれ違えるほど広い道は、この一本ってこと。実は他にも道はあるんだ。今日、見た感じ、騎馬が通れそうな幅の、不自然な石組みが領地を囲む壁にあったぜ? 多分、堀を通るための橋がどこかに隠してある」
「なるほど。そこなら、外回りの警戒も手薄で、簡単に近づけるってことね?」
「ああ。中に入ってからは、それなりの警備があるだろうが、俺たちは」
「みなまで言わなくていいわよ」と、ウンディーネが微笑む。
「私たちは殺し屋。潜入行動はお手のもの」
「じゃあ、方針は決まったな」
 頷いて、ウンディーネは言った。
「潜入は個人の責任でやりましょう? 私は侯爵邸を見るわ。だから、あなたは大シーレンベックの方をお願い」
「ああ、わかった」
 侯爵邸の方をチェックする辺り、やはりウンディーネはあの「アストリット」に対して、こだわりを持っているのは間違いないようだ。
 サラマンダーの返答に満足したように微笑むと、ウンディーネはワイングラスを口元に運ぶ。その横顔を見ていて、ふと。
「なあ、ウンディーネ。あんた、昔……」
「なに?」
 ウンディーネが怪訝な表情でこちらを見る。
「いや、なんでもない」
 そう言って、サラマンダーはグラスにワインを注ぎ、口に運ぶ。まずくなったジュースの残りとワインが混ざって、微妙な味になっていた。


 気がつくと、あたしは例の草原に来ていた。真っ昼間らしく、太陽が空の中天で輝いてる。椅子に座って、大きめの丸いテーブルを挟んで、ヒルダさんとアストリットがいた。今夜の……いやお昼だから、今日? なんかややこしいな。とにかく、今回のミーティングってことね。
「こんにちは、ミカさん」
 笑顔でヒルダさんがそう言うと、アストリットも「こ、こんにちは」と、おずおずと会釈した。
「こんにちは」
 あたしも挨拶すると、ヒルダさんが少し厳しめの表情になった。
「明日、動きがあるわ」
「動き?」
「ええ。あくまで『ダァト』の情報を読んだ限りだから、『マルクト』ではどういう形になるか正確じゃないけど。あなたたち、明日、アストリットの『死亡』の触れと伝達を出すのよね?」
「ええ。それでお芝居の葬儀を執り行って、相手の油断を誘う。そういうことになってるけど?」
 頷き、少し考えてからヒルダさんが言った。
「アストリット……いえ、あなたをつけ狙っている殺し屋がいるでしょ?」
「殺し屋? ええ、ウンディーネとサラマンダーってヤツ。特にウンディーネっていうのが粘着質のイヤな女でさ」
「その二人だと思うけど、明日、侯爵の邸宅の領内に侵入するわ。というより、その計画を立てている」
「え?」
「アストリットの死亡が本当かどうか、確かめるため。あなた、毒で攻撃されたのよね?」
「ええ。なんか、即効性の毒だから、即死するって、イルザが」
「このあたりの情報が一部、錯綜してるから正確に読み取れないけど、殺し屋どもは替え玉を殺したと思ってるみたい。それで、本物の居所を探すために、邸宅に侵入するつもりのようね」
 うわ。ウンディーネかサラマンダーか、どっちが「替え玉」って思ったのか知らないけど、あながち的外れでもないわ。
 なら、どこから侵入するか、先回りできたら……。
「ねえ、ヒルダさん、連中はどこから侵入するつもりなの?」
 眉間にしわを寄せて、ヒルダさんは言った。
「わからない。多分、正門ではない、ということぐらいしか」
「それなら」と、アストリットが口を開いた。あたしとヒルダさんが同時に見たせいか、ちょっとだけアストリットがひるむ。
 でも、侯爵家の大事っていうことがわかってるみたいで、自分に活を入れるように頷いてからアストリットは言った。
「邸宅の敷地を囲む壁に、秘密の出入り口がいくつか作ってあります」
 それを聞くと、ヒルダさんがテーブルの上に右手をかざす。直後、何か紙のようなものが現れた。急速に実体化していって、一、二秒後、一枚の図面になった。それが邸宅がある敷地のものだっていうのが、あたしにもわかる。
 次にペンを出現させると、ヒルダさんはそれをアストリットに渡す。
「どこにあるか、記入してくれる?」
 頷いてペンを受け取ると、アストリットは壁のところに記入を始めた。
「ここは、馬車が通れるぐらいの幅があります。万が一の逃走用です。こことここは……」

 記入が終わった頃、ヒルダさんがあたしの額の中央に自分の右手人差し指の先端を当てた。
「あ……」
 地図の情報があたしの頭に入ってくる。あたしの額に人差し指を当てたまま、ヒルダさんが言う。
「今、あなたの“中”に地図の情報を流し入れたわ。殺し屋どもがその出入り口に近づいたら、あなたの頭の中でどの出入り口か“閃く”ようにしておいた」
「そう。便利ねえ」
 あたしの額から指を放し、ヒルダさんが言った。
「明日の夜、連れてきて欲しい人がいるの」
「? 誰を?」
「ハインリヒ・フォン・フォルバッハ。彼の魔術の知識と技量を見込んで、教えておきたいことがあるの」
 アストリットの表情が、パァと明るくなった。やっぱり、長いことハインリヒに会えてないもんね。久しぶりに会えるとなると、嬉しいだろうなあ。あ〜、うらやましいわぁ、そういう恋人(カレシ)がいるってさぁ〜。
「でもね、普通、ここに誰かを連れてくるのは、まず不可能なの。アストリットの場合は、『イグドラシルの秘法』をキーにして、ミカの場合は『魂寄せの秘法』をキーにして呼ぶことが出来たけれど、ハインリヒの場合はそのキーがない。だから、ミカ、あなたをキーにしたいんだけど」
「え? うん、いいわよ。どうするの?」
 あたしの言葉にヒルダさんはニコーッって感じの笑みを浮かべ、あっさりと言った。
「ハインリヒと口づけをして欲しいの。出来れば唾液が混じり合うぐらいの、ディープなものを」









 は?

 今、なんて言いやがった、このあばずれ!?


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