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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第45回   「アストリット」が死んだ理由とは……
 ゴットフリートさんが「では、その方向で、進めよう」と言ったとき。
「あ」と、イルザが声を上げた。当然ながら、みんながイルザを見る。イルザは、眉間にしわを寄せて、なんだか深刻そうな表情になってた。
「……すみません、うっかりしていました。サラマンダーが使っている毒はヘレボルス・ニゲル、即効性の毒です。おそらくかなり濃度の濃いもの、それこそ一撃で心停止を起こすほどのものです。即死を免れたとして体に麻痺が残りはしても、時間をおいて死ぬということはありません」
 少しおいて、その意味を悟ったみんながそれぞれ、ため息をついたり小さく唸ったりしてる。
 なるほど、生死の境をさまよってて、その後で死んじゃったっていうのは不自然か……。
 あたしは腕を組んで、のけぞり、天井を見た。ヴィンフリート(真)が見たら「姉上は、そんな、はしたない格好はしません!」とかって、目を剥いて怒るんだろうけど、関係ない。
 うーん、偽装お葬式作戦、いいと思ったんだけどなあ。
 ほかに、なにか。例えば、ベッドから下りて、ふらふら歩いてて、階段踏み外して死んじゃう、とか。
 ……それはないなあ、こういう状況だもん、必ず誰かが介助につくはずって、考えるだろうし。
 じゃあ、ほかには? 例えば、食中毒、とか。……いや、それもないな、毒味役とかいるし、食中毒だったらお屋敷の人、みんながブッ倒れるはずだし…………。
 と、いろいろ考えてるうち、ふと中学時代、家庭科部で聞いたことを思いだした。
「ああ、そうだ、アレがあった!」
 天井に向いてた頭を戻したら、みんなの視線が集まってるのに気がついた。ちょっと恥ずかしかったけど、それを押し込めて、咳払いをしたあと、あたしは話し始めた。
「あたしの世界では、食物アレルギーっていうものがあるの。簡単にいうと、特定の食べ物を食べると、じんましんが出たり、咳が出たり。ときには気管が炎症を起こして腫れ上がって、呼吸困難になっちゃって、最悪、死んじゃうっていう症状。アナフィラキシーショック、っていうんだけどね」
 イルザが頷く。
「なるほど。人によって食べられないものがあるというのは、聞いたことがありますが、ミカさんの世界ではそんな風に研究が進んでるんですね」
 ハインリヒが聞いてきた。
「そのアレルギーを起こす食べ物には、どういうものがあるんだ?」
「んーと、卵とか魚介類とか牛乳とか。ピーナッツもアレルゲンだったりするわよ。ああ、アレルゲンっていうのは、アレルギーを起こす物質のことね」
 ゴットフリートさんが頷いた。
「よし。ではミカの偽装死亡の理由はそのアナ、アナ……」
「アナフィラキシーショック」ってあたしが言うと、ゴットフリートさんが続きを言った。
「……そのショックということにする。食べ物の種類については、ミカと相談の上、エックハルトに食事のメニューを用意させる」
 今度こそ、「アストリット」が死んだ理由が決まった。
 次は、死んだ後の行動について、だわ。

 陽が西に傾き始めた頃。
 シーレンベック領内にある騎士用の“家”の一つ、その木製のドアがノックされた。
 中の住人・・・アメリアは読んでいた本を丸机の上に置き、立ち上がってドアを開ける。そこに立っていたのは、男装のイルザ。
「ああ、対策会議、だっけ? 終わったんだ?」
 頷いたイルザが言った。
「まず、“アストリット様”が今日の夜、“お亡くなり”になります」
「………………ゴメン、今、なんて言ったの? 私の聞き間違いじゃなかったら、アストリットが今夜、死ぬ、って。……ああ、遂に殺すのね? 私の手間が省けて助かるわ」
 元“アストリットの命を狙っていた殺し屋”として、皮肉を込めた笑みとともに言う。


 あの日、アメリアはアストリットを蔭から護衛するため、少し離れて追尾していた。そして、アストリットはどこから飛んできた、ダーツの矢よりも少し長い凶器によって倒れた。とっさに周囲を見たが、誰もいない。アストリットと一緒に歩いていた者たちが上空を見ていたことから、おそらく建物の屋根から狙ったものと思われた。
 仕事に失敗して少々むかついたアメリアだったが、どうもアストリットは瀕死ではあるものの、まだ生きているらしい、と聞き、待機していたのだ。
 その後、息を吹き返した、ということ、そして今後の対策について協議するという話を聞いた。その対策会議には、アメリアは参加するなとゴットフリートの執事の一人から言われた。一瞬、ないがしろにされたのかと文句を言いかけたが、アメリアはある種の「隠し技」なので、表に出るな、ということらしい。

「まあ、会議なんて、かったるいだけだし。結果だけ報せてくれたらいいわ」

 執事の一人である、その青年(父子共々、執事として使えている家の息子だという)にそう言ったのは、強がりではなく、本心だ。


 イルザはアメリアの皮肉にも、まったく表情を変えずに言った。
「亡くなったことにして王都に伝令を出し、葬儀を行います」
「前から思ってたけど、アンタ、真面目よね。さっきのジョークに、少しは反応しなさいよ」
「ジョークだったんですか? 品の無さがにじんでたので、本音かと」
「……………………」
「話、続けていいですか?」
「雇われの身じゃなかったら、あんたのこと、殺してるかもね」
 ボソリと呟いたが、今の言葉、おそらくイルザの耳は捉えているだろう。


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