笑顔であたしに賛同してくれたイルザが、ハインリヒやシェラを見ながら言った。 「ミカさんの話だと、王妃は特殊な“耳”を持っているとか」 「ああ、それ、ヒルダさんが言ってたことだから、『アンゲリカはユミルの右腕以外のパーツを手に入れちゃった』って。……ていうか、あたしの推測だったかな?」 頷いて、イルザが続ける。 「いえ、おそらくそうだと思います。眼や右腕に特殊な力が宿っているのは、ミカさんの話からも明らか。すると、耳にも特殊な力があると考えるべきでしょう」 ハンナがイルザに聞いた。 「その特殊な力、というのは?」 「これは推測ですが、もしかしたら遠くの音を聞く、というものではないでしょうか?」 みんな、なにも……反論も言わない。あたしも、イルザの言うとおりだと思う。 「だとすると」とガブリエラが、ちょっと強ばった表情で言った。 「この会議の様子も聞かれている、ということでしょうか?」 一瞬、冷たい空気が無音で天井から落ちてきたような、そんな錯覚に襲われた。少なくとも、あたしは。 ハインリヒが、それに応える。 「いささか希望的観測だが、それはないだろう。王妃……いや、アンゲリカは眼は自分のものになったのに、右腕は手に入らなかったことで、一度はこちらの様子に“聞き耳”を立てたはず。そこで死んだ、あるいは瀕死で意識不明ということを知ったはず。二度も聞いてくるということはないと思う。 だが、念のため、何らかの措置はとった方がいいだろう。その意味でも、さっきミカが言った偽装葬儀は有効だと思う」 ゴットフリートさんが頷いて言う。 「ならば、ここの敷地内での情報は完全に統制せねばならんな。現時点でミカが息を吹き返したことを知っているのは、ここにいる者を除けば、数人程度。その数人は皆、信頼できる者だが、念のためになにか手を打っておくべきだろうか?」 手を打つ……て。要するに口止めってことよね? 口止めかあ……。他の人たちの忠誠心なんかを疑うわけじゃないけど、できんのかな、それって? そう思っていたら、ハンナが言った。 「それならば、うかつなことを話したら、お給金を減らすとか?」 あ、いけない、頭痛がしてきたわ……。一応、言っておこう。 「あのね、ハンナ。みんながみんな、お金で動くわけじゃないのよ?」 「………………。失礼致しました」 ハンナがバツが悪そうに、小さな声で言いながら頭を下げる。 イルザがちょっと笑みを漏らす。イルザだけじゃない、ゴットフリートさん、テオバルトさんも、苦笑いっぽかったけど笑みを浮かべてた。 さっきまで硬かった“場”の空気が少し柔らかいものになる。 なんか、かえってよかった?
シェラが発言した。 「皆様もご存じの通り、私も魔術が使えます。その中に、『言葉を封じる』というものがあります。簡単にいうと、『言ってはならない』と指定された言葉を言おうとすると、喉に痞(つか)えを覚えて、声が出なくなる、というものです。 もっとも複雑な言葉や、長い言葉は無理ですが」 ゴットフリートさんがあたしたちを見渡し、頷いた。誰も首を横に振らなかったもんね。 「では、そのようにやってもらえるか?」 ゴットフリートさんの言葉に、シェラが「かしこまりました」と頷いた。
晴天のもと、サラマンダーはウンディーネとともに、やや大きめの通りを歩きながら周囲を見る。 「誰も俺たちに反応しねえな」 「まあ、そうでしょうね。私たちの似顔絵に注意を払っているのって、そんなにいないんじゃない? 賞金らしいものが書いてあったから、それ目当てのハンターみたいなヤツはいると思うけど」 その言葉に首肯しつつ、サラマンダーはある屋敷を取り巻く塀に目を留める。 「ウンディーネ、これ、何かを剥がした後じゃねえか?」 その言葉に、ウンディーネもその壁を見る。 「……そうね。剥がした後がまだ新しい。ひょっとしたら、私たちの似顔絵を剥がしたヤツがいるのかも?」 「さっき言った“ハンター”って奴か?」 そう言いながら、サラマンダーは辺りに注意を払う。そして。 「ウンディーネ、次の角を右だ」 「あなたも気づいたのね?」 黙ってサラマンダーは頷く。 そして二人は、角を右に曲がる。 次に左に曲がり、右に曲がり、また右に曲がり、長い真っ直ぐな道を歩いた後、また右に曲がる。 結果、元の道に戻ってきた。 ウンディーネがニヤリとする。 「なるほど、間違いないわね。あなた、どっちへ行く?」 サラマンダーもニヤリとする。 「俺は右だ」 「じゃあ、私は左」 そしてどちらともなく、左右に分かれて走り出した。駆けるサラマンダーの背後から、石畳を蹴って追いかけてくる足音がする。 色々と角を曲がり、元の道に戻ってもなお、ついてくる足音と気配。尾行者以外には有り得なかった。そして事実、尾行者で、サラマンダーを追いかけてくる足音は二人分だ。
さて、どうしてやろうか。
命を奪うのは、たやすい。だが、今の目的はシーレンベックへの揺さぶりだ。死なない程度にいたぶり、自分たちがここにいることを示す必要がある。 走るサラマンダーを追いかける者たちは「待て!」などと叫びながら、何かにぶつかったり人を突き飛ばしたりしているらしい。混乱、とまではいかないが、それなりに喧噪が聞こえてくる。 どこか適当な場所を見繕って、こいつらの相手をしてやろう。 そう思いながら辺りを見たとき、ちょうどいい場所を見つけた。サラマンダーは、またニヤリとして、その場所……道の外れにある石造りの空き家へと飛び込む。 果たして、二人の男(三十代初めといった感じだ)が入ってくる。 「わざわざ自分からこんなところに入るなんて、バカな奴だ」 ニタリとして言った男の息は弾んでいない。それなりに鍛えているのがわかる。 もう一人の方は、やや息を切らしながら言った。 「その命、も、もらうぜ、賞金首さん、よ……」 「そうか、俺、賞金首なんだ? じゃあ、自分から領主様に名乗り出て、賞金をもらおっかな〜?」 わざとおどけた調子で応えると、サラマンダーはベルトと一緒に腰に巻いている、縄鏢(ジョンピャオ)の紐を素早く抜き取り、空中でしならせた! その挙動に、少しだけひるんだ様子を見せたハンターたちだが、それぞれダガーやハンティングナイフを抜き、サラマンダーに躍りかかってきた!
ほんの数刻の後。 空き家から出てきたサラマンダーは、来た方を見る。 「あっちもとっくに片付いただろうから、いったん、合流するか」 そう呟き、二人のハンターが床に倒れて伸びている空き家の中を見てから、サラマンダーは元来た道を歩き始めた。
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