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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第44回   口止めかあ……
 笑顔であたしに賛同してくれたイルザが、ハインリヒやシェラを見ながら言った。
「ミカさんの話だと、王妃は特殊な“耳”を持っているとか」
「ああ、それ、ヒルダさんが言ってたことだから、『アンゲリカはユミルの右腕以外のパーツを手に入れちゃった』って。……ていうか、あたしの推測だったかな?」
 頷いて、イルザが続ける。
「いえ、おそらくそうだと思います。眼や右腕に特殊な力が宿っているのは、ミカさんの話からも明らか。すると、耳にも特殊な力があると考えるべきでしょう」
 ハンナがイルザに聞いた。
「その特殊な力、というのは?」
「これは推測ですが、もしかしたら遠くの音を聞く、というものではないでしょうか?」
 みんな、なにも……反論も言わない。あたしも、イルザの言うとおりだと思う。
「だとすると」とガブリエラが、ちょっと強ばった表情で言った。
「この会議の様子も聞かれている、ということでしょうか?」
 一瞬、冷たい空気が無音で天井から落ちてきたような、そんな錯覚に襲われた。少なくとも、あたしは。
 ハインリヒが、それに応える。
「いささか希望的観測だが、それはないだろう。王妃……いや、アンゲリカは眼は自分のものになったのに、右腕は手に入らなかったことで、一度はこちらの様子に“聞き耳”を立てたはず。そこで死んだ、あるいは瀕死で意識不明ということを知ったはず。二度も聞いてくるということはないと思う。
 だが、念のため、何らかの措置はとった方がいいだろう。その意味でも、さっきミカが言った偽装葬儀は有効だと思う」
 ゴットフリートさんが頷いて言う。
「ならば、ここの敷地内での情報は完全に統制せねばならんな。現時点でミカが息を吹き返したことを知っているのは、ここにいる者を除けば、数人程度。その数人は皆、信頼できる者だが、念のためになにか手を打っておくべきだろうか?」
 手を打つ……て。要するに口止めってことよね? 口止めかあ……。他の人たちの忠誠心なんかを疑うわけじゃないけど、できんのかな、それって?
 そう思っていたら、ハンナが言った。
「それならば、うかつなことを話したら、お給金を減らすとか?」
 あ、いけない、頭痛がしてきたわ……。一応、言っておこう。
「あのね、ハンナ。みんながみんな、お金で動くわけじゃないのよ?」
「………………。失礼致しました」
 ハンナがバツが悪そうに、小さな声で言いながら頭を下げる。
 イルザがちょっと笑みを漏らす。イルザだけじゃない、ゴットフリートさん、テオバルトさんも、苦笑いっぽかったけど笑みを浮かべてた。
 さっきまで硬かった“場”の空気が少し柔らかいものになる。
 なんか、かえってよかった?

 シェラが発言した。
「皆様もご存じの通り、私も魔術が使えます。その中に、『言葉を封じる』というものがあります。簡単にいうと、『言ってはならない』と指定された言葉を言おうとすると、喉に痞(つか)えを覚えて、声が出なくなる、というものです。
 もっとも複雑な言葉や、長い言葉は無理ですが」
 ゴットフリートさんがあたしたちを見渡し、頷いた。誰も首を横に振らなかったもんね。
「では、そのようにやってもらえるか?」
 ゴットフリートさんの言葉に、シェラが「かしこまりました」と頷いた。


 晴天のもと、サラマンダーはウンディーネとともに、やや大きめの通りを歩きながら周囲を見る。
「誰も俺たちに反応しねえな」
「まあ、そうでしょうね。私たちの似顔絵に注意を払っているのって、そんなにいないんじゃない? 賞金らしいものが書いてあったから、それ目当てのハンターみたいなヤツはいると思うけど」
 その言葉に首肯しつつ、サラマンダーはある屋敷を取り巻く塀に目を留める。
「ウンディーネ、これ、何かを剥がした後じゃねえか?」
 その言葉に、ウンディーネもその壁を見る。
「……そうね。剥がした後がまだ新しい。ひょっとしたら、私たちの似顔絵を剥がしたヤツがいるのかも?」
「さっき言った“ハンター”って奴か?」
 そう言いながら、サラマンダーは辺りに注意を払う。そして。
「ウンディーネ、次の角を右だ」
「あなたも気づいたのね?」
 黙ってサラマンダーは頷く。
 そして二人は、角を右に曲がる。
 次に左に曲がり、右に曲がり、また右に曲がり、長い真っ直ぐな道を歩いた後、また右に曲がる。
 結果、元の道に戻ってきた。
 ウンディーネがニヤリとする。
「なるほど、間違いないわね。あなた、どっちへ行く?」
 サラマンダーもニヤリとする。
「俺は右だ」
「じゃあ、私は左」
 そしてどちらともなく、左右に分かれて走り出した。駆けるサラマンダーの背後から、石畳を蹴って追いかけてくる足音がする。
 色々と角を曲がり、元の道に戻ってもなお、ついてくる足音と気配。尾行者以外には有り得なかった。そして事実、尾行者で、サラマンダーを追いかけてくる足音は二人分だ。

 さて、どうしてやろうか。

 命を奪うのは、たやすい。だが、今の目的はシーレンベックへの揺さぶりだ。死なない程度にいたぶり、自分たちがここにいることを示す必要がある。
 走るサラマンダーを追いかける者たちは「待て!」などと叫びながら、何かにぶつかったり人を突き飛ばしたりしているらしい。混乱、とまではいかないが、それなりに喧噪が聞こえてくる。
 どこか適当な場所を見繕って、こいつらの相手をしてやろう。
 そう思いながら辺りを見たとき、ちょうどいい場所を見つけた。サラマンダーは、またニヤリとして、その場所……道の外れにある石造りの空き家へと飛び込む。
 果たして、二人の男(三十代初めといった感じだ)が入ってくる。
「わざわざ自分からこんなところに入るなんて、バカな奴だ」
 ニタリとして言った男の息は弾んでいない。それなりに鍛えているのがわかる。
 もう一人の方は、やや息を切らしながら言った。
「その命、も、もらうぜ、賞金首さん、よ……」
「そうか、俺、賞金首なんだ? じゃあ、自分から領主様に名乗り出て、賞金をもらおっかな〜?」
 わざとおどけた調子で応えると、サラマンダーはベルトと一緒に腰に巻いている、縄鏢(ジョンピャオ)の紐を素早く抜き取り、空中でしならせた!
 その挙動に、少しだけひるんだ様子を見せたハンターたちだが、それぞれダガーやハンティングナイフを抜き、サラマンダーに躍りかかってきた!


 ほんの数刻の後。
 空き家から出てきたサラマンダーは、来た方を見る。
「あっちもとっくに片付いただろうから、いったん、合流するか」
 そう呟き、二人のハンターが床に倒れて伸びている空き家の中を見てから、サラマンダーは元来た道を歩き始めた。


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